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第二章 王都ブリド

第十六話

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 勇者アーサーがブリダリア王国を建国し、ここを都としたのは千年前。それから幾度となく災難に見舞われた王都ブリドは、その度に荒廃と復興を繰り返してきた。

 現在は新市街、旧市街、旧々市街と三つの区域に分かれ、古い街ほど治安が悪い。

 しかし、市民でさえ知られていない、もう一つの街が存在する。それは、新市街の地下にある旧々市街より古い遺跡。新市街は大昔の都の上に建てられていたのだ。

 今でもいくつかの出入り口から、その『忘れられた街』へ入ることができる。もちろん、そこに市民の生活はない。暮らすのは無数の齧歯げっし類と犯罪者くらいだ。

 ひと月前、ここに新たな集団が居ついた。それまで窃盗団のアジトとして使われていたのだが、前の『住人』を殺害し奪ったのである。
 おかげで、水や最低限の生活物資も手に入った。

 鼻につく悪臭は厄介だが、それさえ我慢すればなんとか生活できる。もちろん、今の状況を彼らが満足しているわけでない。

 彼らが何者かというと――今、この世界を騒がしているオカルト集団、『プレセルタ』のメンバーである。

 王国とウェルスマン帝国双方に接する宗教国家、ロネスカ聖教国。五年前、その国の辺境都市に突如として現れた魔導士『選ばれし者』は、さまざまな超魔術的な現象を起こした。
 その一つが人の「魔人化」である。ある施術を行い、人間に秘められたスキルを引き出す、あるいは、既に持っているスキルを強化するというものだ。

 スキルは万人に宿すものであり、われこそが『人類進化』のため、降臨した救世主である――そう『選ばれし者』は主張した。
 その思想は瞬く間に大陸全土に広がった。スキル偏重の世の中に息苦しさを感じる若者は、自分の「覚醒」を信じてこの盟主の下に集まったのだ。

 当初は順調に組織を拡大していった。だが、各国でプレセルタによる脅迫や暴力事件が起こるようになると、一般市民は彼らを恐れるようになる。
 そして、王国の魔法省長官であり王立学校校長でもあるヘルマイヤ・アレストが、彼らの危険性を訴え、大陸全土へ彼らの取り締まりを呼び掛けた。今から半年前のことである――以来、彼らは文字通り「地下」へと身を潜めたのだ。

 もちろん、彼らは活動を止めたわけではない。かえって、裏の世界で勢力を伸ばし、再び表舞台に出るタイミングを虎視眈々と狙っていた。

 最初に彼らが企てたのがアレストの暗殺――自分たちに刃向かった者への見せしめにするつもりだったのだろう。しかし、それが失敗に終わると、すぐさま、別の行動に移る。商売で成功を収めたラングレー家に潜り込み、そこを王国の拠点に行動を起こそうと考えたのだ――しかし……


『アイザック――またもやの失敗、もはや弁明の余地はないな?』

 地下最深部の個室、男が水晶の前でひざまずき、頭を垂れていた。

「――盟主、その名前はもう捨てました。『マスケラ』とお呼びください」

 冷静に応える男。切れ長の目に、シャープなあごのラインは美形に属するが、白髪混じりのため、灰色に見える長い髪を前に垂らした容姿はいささか猟奇的に見える。

『――そうだったな、マスケラ。しかし、さすがにこのまま見逃すことはできない。オマエには本部へ戻ってもらう』

 男は黙ったままだ。しかし、唇を強く噛み締め、体を震わしていた。

『王都での作戦は一度棚上げにする――お前も頭を冷やすことだな』

 しばらくの沈黙のあと、マスケラと名乗った男は「――わかりました」と応える。

「ですが、王都支部のリーダーが不在になってしまいますが――」
『それは、ベルガドに頼んである』
「ベルガドですか!?」
 切れ長の目を見開く。

「お言葉ですが、彼にはまだ荷が重いと思います」
『オマエがヤツへの評価を厳しく見ているのは知っている。しかし、ヤツはなかなかのモノだ。支部を充分任せられる』
「いや、ですが――」
『もう、決定事項だ。意見なら本部に戻ってから聞くとしよう』

 水晶の淡い輝きが消え、部屋が真っ暗になった。
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