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第一章 ゲハルトの大森林

第十三話

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『ジル! これはどういうことだ! いったいどうなっている⁉』

 帝国とつながっている鏡の姿をした思念通信の魔道具に、美女が映し出されている。

で呼んでますよ。落ち着いてください、師匠」
 そうはいっても、自分も混乱していた。

 古代龍を彷彿ほうふつさせる「咆哮ほうこう」が駆け抜け、王国と帝国に震撼しんかんと不安を植え付けた。
 そして、今度は突如としてその気配が消えたのだ。
 世界を滅ぼしかねない、あの巨大な気配が——

 これで終わったのか? それとも、何かの始まりなのか?
 国、組織、名だたる識者が固唾かたずを飲んで見守っていた。

「とにかく、情報が足りません。準備が出来しだい森に向かいます」
『森に⁉ ひとりで行くつもりか⁉』

 スレイマンの師匠であり、事実上の上司であるサラ・ビルボードが引き留める。しかし、スレイマンには行かざるを得ない理由があった。

「タバサが帰らないのです——」

『——⁉』

 スレイマンが保護している少女、タバサは悪霊に取りかれやすい体質であった。
 そんな彼女が王都に行ったきり帰ってこない。

 この件が巨大な気配と関係しているとは限らない。むしろ、たまたま重なったと考える方が自然なのだが、スレイマンは嫌な胸騒ぎを感じていた。
(タバサ……無事でいてくれ)

 魔石を埋め込んだ杖。手に触れているだけで、詠唱速度が向上する魔法書。対魔法攻撃に効果があるローブ。そして一時的だが魔力量を増量ブーストさせる魔法薬ポーション
 そして緊急時、その場から避難するため、帝国へ空間移動できる究極の魔道具、『転送石』。

 今、用意可能な装備を全て身に付けた。しかし、あの気配がホンモノなら、この程度では気休めにもならないとも理解していたのだが——

 うまやから愛馬を連れ出し、またがった——その時、遠くにゆらゆらとあかりりが見える。

(あれは……)
 やがて、それが荷馬車を形作った。

「タバサ!」
「あれ、お師匠様? こんな夜にどこかへお出かけですか?」

 それは、こっちのセリフだとばかりに——

「いったい、こんなに遅くまでどこにいたのですか⁉」
「え、えーと……ちょっと、いろいろありましてぇ……どこから話せばイイのでしょう?」
 質問を質問で返す弟子にため息をつく。

 しかし、無事でなにより。安心するとタバサの背後に微かながら気配を感じた。目視レベルでタバサ以外の生物は、ロバのパリカールしかいない……ということは——

「タバサ、また。あれほど、家に連れてきてはいけないと言っているのに——」

 子供が捨て猫を拾ってきたときの母親みたいなセリフを言う。

「除霊しますからじっとしていてください」
 杖をタバサに向けた。

「お、お師匠様! こ、これにはワケが……」
「こら! 動かない!」

 スレイマンは、除霊としても有効な「ホーリー」を唱える。

『うわっ! くすぐったい! やめて!』

(……………………えっ?)

 突然聞こえた『声』。くすぐったい? ホーリーは聖なる光の電撃に近い攻撃魔法——それがくすぐったい?
 そもそも、今の『声』はどこから?

 それはともかく——
 ホーリーをまともに食らったはずなのに、悪霊の気配は健在だ。スレイマンのホーリーで除霊されなかったのは、旧王都の地下に現れ、タバサに取り憑いていたあの悪霊以来である。
 あの時の悪霊をクラスで表せば、間違いなく災害級。もしかしたら、街一つを滅ぼすと言われる天災級だったかもしれない。

 今、前にいる悪霊はそのクラスだというのか?
 いや、あの頃に比べればスレイマンもレベルが上がっている。なのに、手応え的には以上に強いと感じた。

 しかし、おかしい……
 それほどの悪霊ならもっと強い気配を感じ取れるはずだ。
 
(なんなんだ? これは?)
 嫌な予感しかしない。もしスレイマンの推測が正しければ、この悪霊は「気配遮断」のスキルを使っている。

 強力な魔力とスキルを持った悪霊はいくらでもいる。しかし、思考力は乏しい。いずれも、魔力を感情的にぶちまけているだけの存在だ。
 だから、効果的にスキルを使用する悪霊など、聞いたことがない。

「ダバサ! 私から離れないように! コイツはヤバいですよ!」

 真っ先に思い浮かんだのが、数時間前までゲバルトの森からあふれ出ていた「巨大な気配」のことであった。
 もし、あの気配の主が、自らの意志でスキルを操れるほどの知性があるとしたら——

(これは——本当に『世界の危機』です)

 スレイマンは息をむ。想定していた最悪の……いや、それを超越する局面に立たされている。そう、理解した。

(ダバサと一緒に、帝国へ逃げるか——しかし、それだとこの村に迷惑が……)

 転送石を握り締め、判断に悩んでいると——

『あのう……すみません。敵意はないので、杖を下ろしてもらえますか?』

 少年の声が脳内に聞こえた。

「——えっ?」

 そして、彼の前にカワイイ少年の姿が現れた。
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