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第一章 ゲハルトの大森林
第六話
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「パパ! どうだった?」
ギルバート・ロードスターは帰宅するや否や、娘のセシルから挨拶もなしに質問を受けた。十五歳にしてはまだ幼さが残る容姿。サラサラの金髪に大きな瞳の彼女は、学校の制服を着替えるのも忘れて父親の帰りを待っていたのだ。
「ダメだ。今日も情報はない――昨日の昼以降、足取りが完全に途絶えている」
多少疲れた声で、ギルバートがそう説明する。
「そう……」
セシルはうつむく。そんな娘の顔を見るのがギルバートには最もつらかった。
情報――というのは、エリオットの消息のことである。今日一日、衛兵が王都やその周辺を駆けずり回って探したが、手掛かりはなかった。
「――セシル、大丈夫だ。この世界で最も優秀なブリド衛兵団の名にかけて、必ずエリオット君を見つけ出してみせるよ」
セシルの頭をポンポンと優しくたたく。
「――やっぱり、ジークフリードよ」
セシルは最初っから、エリオットの兄であるジークフリードを疑っていた。
「アイツは絶対何かやらかすと思っていたのよ。もっと、用心するべきだったわ……」
そう言いながら、セシルは悔しそうな顔を見せる。
「――しかし、彼にはアリバイがある。マグダガナル先生の個人指導を受けていたという、アリバイが……」
「それが変だというのよ!」
セシルは語気を強くする。
「アイツが勉強なんかするわけないわ! 何かトリックがあるはずよ!」
「セシル……相手を思い込みで疑うのは良くないと言っているだろ?」
ギルバートがそう窘めるのだが――
「あら? これは思い込みじゃないわよ」
自信ありげにムネを張るので、ギルバートが「では何だね?」とたずねる。
「女のカンよ!」
ドッと疲れが出るギルバート。
実のところ、彼もジークフリードをマークしていた――と言うのも、別の事件を追っていたとき、その事件とジークフリードの母親、イザベル・ラングレーに接点が見えてきたからだ。事件というのは、半月ほど前、ここブリダリア王国の王都ブリドで起きた魔法省長官の暗殺未遂のことである。
ことの発端は近年、『プレセルタ』と自称するオカルト集団が大陸各地で起こしている魔人騒ぎ。人間は魔人化することで、強力な『スキル』を手に入れられる――というのがプレセルタの思想である。しかし、彼らの主張は全くのデタラメで、禁忌とされる『闇属性』のスキルを使い人間兵器の開発を行っているのだとブリダリア王国政府は断言し、それを隠蔽するため、虚偽のウワサを流しているのだと各国に警告した。
王国は『プレセルタ』をテロリストと認定し、その幹部の捜索と逮捕を呼びかけた。未遂に終わったが、魔法省長官暗殺はその報復だとみている。
王国情報局とギルバート率いる衛兵の活躍により、暗殺は間一髪防げたが、首謀者を取り逃がしてしまった。そして、その首謀者がジークフリードの母親、イザベルの愛人ではないかという可能性が浮上する。
実は、その男を疑う発端になったのがエリオットからもらった情報からだった。屋敷で出会ったその男から漂わす「魔法臭」にエリオットは気づいたのだ。強力な魔力を使用したとき、魔力に反応した酸素がオゾン化する。魔法臭とは、そのオゾン臭である。
とはいっても、この世界の化学知識レベルでは、そこまでの化学変化は解き明かされていない。転生前の知識からエリオットだけが気づけたのだ。
そもそもエリオットが勝手に「魔法臭」と言っているだけで、そんな言葉もないのだが――強力な魔法を常に発動している人間でないと、そんな臭いはしない。何か理由があり、常に魔法を使用しているのでは? そう、彼はギルバートに話した。もちろん、エリオットは魔法省長官の暗殺未遂事件のことを知らない。その話を聞いたギルバートが、事件との関連を調べ始めたのだ。
その矢先、エリオットの消息が途絶えた。そして、その男も姿を見せていない――と、本日、エリオットの自宅を張り込んでいた衛兵から連絡を受けている。
おそらく、この人物がエリオットの消息について知っていると思われた。そのため、イザベルはもちろん、息子のジークフリード、そして、屋敷の使用人もマークしていた。しかし、今のところ、主だった動きはない。
イザベルの愛人の件は、娘のセシルに話していない。捜査の重要な情報を部外者に話せないのはもちろんのことだが、下手に話して、セシル自身で情報を集めようと動き回り、危険な目に合ってほしくないという親心でもある。
「用心深いエリオット君のことだ。あのお兄さんにハメられるようなマヌケなことはしないよ」
そう言って、わざとラングレー家から娘の興味を逸らせようと考える。
「まあ、確かにそれはそうなんだけど……」
やはり、納得できないという顔をするセシルだった。
ギルバート・ロードスターは帰宅するや否や、娘のセシルから挨拶もなしに質問を受けた。十五歳にしてはまだ幼さが残る容姿。サラサラの金髪に大きな瞳の彼女は、学校の制服を着替えるのも忘れて父親の帰りを待っていたのだ。
「ダメだ。今日も情報はない――昨日の昼以降、足取りが完全に途絶えている」
多少疲れた声で、ギルバートがそう説明する。
「そう……」
セシルはうつむく。そんな娘の顔を見るのがギルバートには最もつらかった。
情報――というのは、エリオットの消息のことである。今日一日、衛兵が王都やその周辺を駆けずり回って探したが、手掛かりはなかった。
「――セシル、大丈夫だ。この世界で最も優秀なブリド衛兵団の名にかけて、必ずエリオット君を見つけ出してみせるよ」
セシルの頭をポンポンと優しくたたく。
「――やっぱり、ジークフリードよ」
セシルは最初っから、エリオットの兄であるジークフリードを疑っていた。
「アイツは絶対何かやらかすと思っていたのよ。もっと、用心するべきだったわ……」
そう言いながら、セシルは悔しそうな顔を見せる。
「――しかし、彼にはアリバイがある。マグダガナル先生の個人指導を受けていたという、アリバイが……」
「それが変だというのよ!」
セシルは語気を強くする。
「アイツが勉強なんかするわけないわ! 何かトリックがあるはずよ!」
「セシル……相手を思い込みで疑うのは良くないと言っているだろ?」
ギルバートがそう窘めるのだが――
「あら? これは思い込みじゃないわよ」
自信ありげにムネを張るので、ギルバートが「では何だね?」とたずねる。
「女のカンよ!」
ドッと疲れが出るギルバート。
実のところ、彼もジークフリードをマークしていた――と言うのも、別の事件を追っていたとき、その事件とジークフリードの母親、イザベル・ラングレーに接点が見えてきたからだ。事件というのは、半月ほど前、ここブリダリア王国の王都ブリドで起きた魔法省長官の暗殺未遂のことである。
ことの発端は近年、『プレセルタ』と自称するオカルト集団が大陸各地で起こしている魔人騒ぎ。人間は魔人化することで、強力な『スキル』を手に入れられる――というのがプレセルタの思想である。しかし、彼らの主張は全くのデタラメで、禁忌とされる『闇属性』のスキルを使い人間兵器の開発を行っているのだとブリダリア王国政府は断言し、それを隠蔽するため、虚偽のウワサを流しているのだと各国に警告した。
王国は『プレセルタ』をテロリストと認定し、その幹部の捜索と逮捕を呼びかけた。未遂に終わったが、魔法省長官暗殺はその報復だとみている。
王国情報局とギルバート率いる衛兵の活躍により、暗殺は間一髪防げたが、首謀者を取り逃がしてしまった。そして、その首謀者がジークフリードの母親、イザベルの愛人ではないかという可能性が浮上する。
実は、その男を疑う発端になったのがエリオットからもらった情報からだった。屋敷で出会ったその男から漂わす「魔法臭」にエリオットは気づいたのだ。強力な魔力を使用したとき、魔力に反応した酸素がオゾン化する。魔法臭とは、そのオゾン臭である。
とはいっても、この世界の化学知識レベルでは、そこまでの化学変化は解き明かされていない。転生前の知識からエリオットだけが気づけたのだ。
そもそもエリオットが勝手に「魔法臭」と言っているだけで、そんな言葉もないのだが――強力な魔法を常に発動している人間でないと、そんな臭いはしない。何か理由があり、常に魔法を使用しているのでは? そう、彼はギルバートに話した。もちろん、エリオットは魔法省長官の暗殺未遂事件のことを知らない。その話を聞いたギルバートが、事件との関連を調べ始めたのだ。
その矢先、エリオットの消息が途絶えた。そして、その男も姿を見せていない――と、本日、エリオットの自宅を張り込んでいた衛兵から連絡を受けている。
おそらく、この人物がエリオットの消息について知っていると思われた。そのため、イザベルはもちろん、息子のジークフリード、そして、屋敷の使用人もマークしていた。しかし、今のところ、主だった動きはない。
イザベルの愛人の件は、娘のセシルに話していない。捜査の重要な情報を部外者に話せないのはもちろんのことだが、下手に話して、セシル自身で情報を集めようと動き回り、危険な目に合ってほしくないという親心でもある。
「用心深いエリオット君のことだ。あのお兄さんにハメられるようなマヌケなことはしないよ」
そう言って、わざとラングレー家から娘の興味を逸らせようと考える。
「まあ、確かにそれはそうなんだけど……」
やはり、納得できないという顔をするセシルだった。
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