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第一章 ゲハルトの大森林
第一話
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呼吸をするごとに、ゴボゴボと音がする。
体内で出血し、肺に入り込んでいるのだ。早く処置をしないと、このままではあと数分で『溺死』してしまうだろう――亜麻色の髪をした十五歳の少年、エリオット・ラングレーは今、そんな絶体絶命の危機にあった。
(……マズいな……内臓までイッテしまっている)
冷静に判断するのだが、この状況を打破する方法までは思い付かない。
王立学校の生徒である彼が、なぜこのような悲惨な目に遭ってしまったのか? それを説明するためには、今から三時間前の出来事までさかのぼる必要がある――
普段通り午前中の授業を終えて、学生食堂に向かうと、同じクラスの女子生徒から言伝をもらった。
「セシルが呼んでる?」
セシルとは伯爵家の娘でエリオットの幼馴染。透き通るような金髪に大きな青い瞳が印象的のカワイイ少女だ。いったいなんだろう……そう思ったのだが、言われたとおりの場所へ向かう。いまさらながら、軽率な行動だった。
校舎裏の倉庫。人気は全くない。なぜこんなところに呼び出した? 何か荷物でも運び出すつもりなのだろうか?
その程度にしか思っていなかった。
(これがギャルゲーとかなら、告白イベントなんだろうなあ……)
まあ、セシルに限ってそんなカワイイことをするはずはないと断言できる。だいいち、ここは異世界。そういう風習もない。などと、くだらないことを考えていると……
突然、現れた黒ローブの集団――あっという間に囲まれた!
「誰だ!? おま……」
いきなり口をふさがれ、殴る蹴るの暴行を受ける。
気を失うことはなかったが、全身の痛みでチカラが抜け、抵抗できない。体を縛られ、袋に詰められた――
そのまま馬車に乗せられ、三時間ほど移動する。乱暴に馬車から下ろされると、そこに腹違いの兄がいた。自分を拉致した黒ローブの集団も一緒だ。
「気分はどうだ、エリオット?」
ジークフリード・ラングレー――王立学校の制服から腹がはみ出し、二重あごは首の肉にめり込んでいる。いわゆる『ブタ御曹司』の外見。中肉中背、中性的なカワイイ顔の弟とは全く似ていない。
「兄さん……これは……どういうこと?」
兄弟の仲ははっきり言って悪かった。
ジークフリードの母親は没落ぎみとはいえ、王家の血を引くコーネリア公爵の娘。二人の父、ラインハルト・ラングレー子爵の正妻である。つまり、ジークフリードは嫡男の地位にある。
それに対しエリオットは、ラインハルトが町娘に手を出し産ませた子供。五歳までは母親と一緒に平民として暮らしていた。母親が亡くなると、子爵家に引き取られる。
そう聞くと息子想いの父親――のように聞こえるが、実際は五歳にして魔術の才があったエリオットを将来何か役に立つだろうという目算で引き取ったのだ。
なので、息子として可愛がられた記憶はエリオットにない――ただ、それは嫡男のジークフリードも同じであったのだが……
「シラを切るな! オマエがボクを蹴落とし、家督を継ぐ算段をしていたことは知っているんだ!」
何を言っているのかわからなかった。自分にとってラングレー家の存在は、学校に通わせてもらうため、仕方なく世話になっていた――という程度。学校を卒業すれば家を出ていくつもりだった。
なのに、ジークフリードはどうして嫡男の座を狙われていると勘違いしたのか?
「そのためにロードスター伯へ取り入っていたんだろ!」
ロードスター伯爵はセシルの父親。王都警備の要、衛兵隊総司令官という重職を担っている。確かに、伯爵には毎週剣術の指南を受けていたが……
「伯爵から陛下へ口添えしてもらっていたんだろ!? 自分が家を継げるように――って」
「ば……バカなことを……」
「いったい、どんな取引をしたんだ!? さあ、吐け!」
それから何度も腹を蹴られた。口から鮮血が吹き出でても、相手は暴行を続けた。
暴力をやめてもらうため、ウソを吐くという手もあった。エリオットはそれでも「取引なんてしていない――」と答えてしまう。伯爵は正義感の強い人である。私利私欲の取引には決して応じない。伯爵を良く知っている者なら当然のことだ。そんな彼を――伯爵家の人たちを巻き込みたくなかった。
しかし、自分を屋敷から追い出すために伯爵を利用しようとしていた――そう信じるジークフリードは、何とか吐かせようとエリオットを必死に蹴る。それを見ていた黒ローブの輩たちでさえ、気分が悪くなり顔を背けた。
「そのくらいにしたらどうだ? 伯爵のことはもうイイ。コイツが死ねば済むことだ」
男の声だった。(聞き覚えのある声だな……確か……)
エリオットが考える前に、ジークフリードが話しかけてくる。
「おい、ここがどこかわかるか?」
目だけ動かし、辺りを見まわす。
「――も……り?」
「そうだ、ここは王都の西、ゲハルトの大森林だ」
「――!?」
ゲハルトの大森林といえば、凶悪な魔物が大量に出没する地域。冒険者が一攫千金を狙って、この森に入る。魔物から入手可能な素材を集めるためだ。ウマくいけば、一度の狩りで半年暮らせるほどの大金が手に入る。それと同時に、命を落とすリスクがともなう――そんな場所だ。
「これでさようならだ。ここに放置すれば死体も残らない――オマエは行方不明者として、そのうち誰からも忘れられるんだ」
充分な装備で臨む冒険者でも危険な場所である。丸腰の、しかもケガで動けない者が置いていかれたら――結果は火を見るより明らかだった。
「や……めろ……」
何とか声にするが、ジークフリードは狂気の目を向ける。
「オ、オマエが悪いんだ! 次男は次男らしく、ボクに従っていれば!」
兄の行動は普段から横暴でワガママだ。そのうち自分は屋敷から追い出されるのだろう――とまでは想像していたが、腹違いとはいえ、弟を殺しにくるとまではさすがに思ってもいなかった。考えが甘かった――そうエリオットは後悔する。
「オマエがいなくなれば、セシルが寂しがるだろうから、ボクが慰めておくよ。ボクの彼女にしてやってもイイ。そもそも、オマエに女の子と仲良くする権利などなかったんだ! 次男のくせに! 平民の子供のくせに!」
次男も平民も関係ないと思うが……
まあ確かに、セシルはカワイイ。恋人にできたら――なんて考えたこともなくはない。でも、自分にはもったいない。彼女にはもっと相応しい相手がいるはずだ。そう思っていたのも事実である。
ただ、セシルがジークフリードになびくこともないとも確信する……彼女はひどくジークフリードのことを嫌っていたからだ。
(そうだな……僕が死んだらセシルは悲しんでくれるかな……)せめてそう思いたい。
ジークフリードたちが馬車に乗り、この場を離れて行くのが見えた。
(これは――正真正銘、ヤバいぞ……)
ラノベの主人公なら、チート能力が目覚め、ココから大逆転が始まる――そんなストーリーを期待するところだが……生憎そのような変化は起こりそうもない。
(死ぬのは二度目か――せめて前世よりは長生きしたかったな……)そんなことを考える。
そう、彼は転生者だった――
前世では彼の才能を妬んだ大学教授に殺された。今度は堅実に、目立たないように生きよう――そう決めていたのだが、結局は同じ結果になってしまう。
(この世界、結構気に入っていたんだけどなぁ……また転生だろうか? いや、そんな都合のイイ話、そう何回もあるわけないか……)
諦めかけたその時、何か動くモノが見えた。かろうじて顔をそちらへ向ける――
「――!?」
薄緑の体毛がない肌。下顎からは牙が生えている、体長一メートルほどの生き物――
(ゴブリンか――)
今日はとことんツイていない――と思う。いきなり魔物に見つかるなんて……それも一匹ではない。四、五匹見える。
(悪いな……生きている間は悪あがきさせてもらうよ……)
激痛に耐えながらも手を動かし、上空に向けて指を立てる。
「――フレイム」
火属性の中級魔法。それをほぼ無詠唱で発動させた。一瞬で辺りが炎に包まれる――いや、焼かれているのは魔物だけだ! ものすごい魔法制御力である。
「ギャーッ!」
悲鳴をあげて崩れ落ちるゴブリンたち。それを、わずかに開いた目で確認する。
(どうやら、生きたまま食われる屈辱だけは受けずに済みそう……だ……)
薄れていく意識の中で、エリオットは自分を拘束した黒ローブの集団が何者だったのかと考える。なぜ、ジークフリードに協力していた?
そもそも、兄はどうしてこのような暴挙に出たのか?
結局、なにもかもわからずじまいだ。悔しい気持ちはある。当然、ジークフリードが憎いとも思う。
しかし、最後に思い浮かんだ顔は金髪の少女だった。
(ああ、やっぱり僕はセシルが好きだったんだなぁ……)
いまさら、それに気づいても遅かったのだが、カワイイ少女のことを思って死ねるのはまだ救いだ……なんて考えてみたりする。
一分後、彼の心臓は停止した――
『ゴメンナサイ……今度も間に合わなかった……』
体内で出血し、肺に入り込んでいるのだ。早く処置をしないと、このままではあと数分で『溺死』してしまうだろう――亜麻色の髪をした十五歳の少年、エリオット・ラングレーは今、そんな絶体絶命の危機にあった。
(……マズいな……内臓までイッテしまっている)
冷静に判断するのだが、この状況を打破する方法までは思い付かない。
王立学校の生徒である彼が、なぜこのような悲惨な目に遭ってしまったのか? それを説明するためには、今から三時間前の出来事までさかのぼる必要がある――
普段通り午前中の授業を終えて、学生食堂に向かうと、同じクラスの女子生徒から言伝をもらった。
「セシルが呼んでる?」
セシルとは伯爵家の娘でエリオットの幼馴染。透き通るような金髪に大きな青い瞳が印象的のカワイイ少女だ。いったいなんだろう……そう思ったのだが、言われたとおりの場所へ向かう。いまさらながら、軽率な行動だった。
校舎裏の倉庫。人気は全くない。なぜこんなところに呼び出した? 何か荷物でも運び出すつもりなのだろうか?
その程度にしか思っていなかった。
(これがギャルゲーとかなら、告白イベントなんだろうなあ……)
まあ、セシルに限ってそんなカワイイことをするはずはないと断言できる。だいいち、ここは異世界。そういう風習もない。などと、くだらないことを考えていると……
突然、現れた黒ローブの集団――あっという間に囲まれた!
「誰だ!? おま……」
いきなり口をふさがれ、殴る蹴るの暴行を受ける。
気を失うことはなかったが、全身の痛みでチカラが抜け、抵抗できない。体を縛られ、袋に詰められた――
そのまま馬車に乗せられ、三時間ほど移動する。乱暴に馬車から下ろされると、そこに腹違いの兄がいた。自分を拉致した黒ローブの集団も一緒だ。
「気分はどうだ、エリオット?」
ジークフリード・ラングレー――王立学校の制服から腹がはみ出し、二重あごは首の肉にめり込んでいる。いわゆる『ブタ御曹司』の外見。中肉中背、中性的なカワイイ顔の弟とは全く似ていない。
「兄さん……これは……どういうこと?」
兄弟の仲ははっきり言って悪かった。
ジークフリードの母親は没落ぎみとはいえ、王家の血を引くコーネリア公爵の娘。二人の父、ラインハルト・ラングレー子爵の正妻である。つまり、ジークフリードは嫡男の地位にある。
それに対しエリオットは、ラインハルトが町娘に手を出し産ませた子供。五歳までは母親と一緒に平民として暮らしていた。母親が亡くなると、子爵家に引き取られる。
そう聞くと息子想いの父親――のように聞こえるが、実際は五歳にして魔術の才があったエリオットを将来何か役に立つだろうという目算で引き取ったのだ。
なので、息子として可愛がられた記憶はエリオットにない――ただ、それは嫡男のジークフリードも同じであったのだが……
「シラを切るな! オマエがボクを蹴落とし、家督を継ぐ算段をしていたことは知っているんだ!」
何を言っているのかわからなかった。自分にとってラングレー家の存在は、学校に通わせてもらうため、仕方なく世話になっていた――という程度。学校を卒業すれば家を出ていくつもりだった。
なのに、ジークフリードはどうして嫡男の座を狙われていると勘違いしたのか?
「そのためにロードスター伯へ取り入っていたんだろ!」
ロードスター伯爵はセシルの父親。王都警備の要、衛兵隊総司令官という重職を担っている。確かに、伯爵には毎週剣術の指南を受けていたが……
「伯爵から陛下へ口添えしてもらっていたんだろ!? 自分が家を継げるように――って」
「ば……バカなことを……」
「いったい、どんな取引をしたんだ!? さあ、吐け!」
それから何度も腹を蹴られた。口から鮮血が吹き出でても、相手は暴行を続けた。
暴力をやめてもらうため、ウソを吐くという手もあった。エリオットはそれでも「取引なんてしていない――」と答えてしまう。伯爵は正義感の強い人である。私利私欲の取引には決して応じない。伯爵を良く知っている者なら当然のことだ。そんな彼を――伯爵家の人たちを巻き込みたくなかった。
しかし、自分を屋敷から追い出すために伯爵を利用しようとしていた――そう信じるジークフリードは、何とか吐かせようとエリオットを必死に蹴る。それを見ていた黒ローブの輩たちでさえ、気分が悪くなり顔を背けた。
「そのくらいにしたらどうだ? 伯爵のことはもうイイ。コイツが死ねば済むことだ」
男の声だった。(聞き覚えのある声だな……確か……)
エリオットが考える前に、ジークフリードが話しかけてくる。
「おい、ここがどこかわかるか?」
目だけ動かし、辺りを見まわす。
「――も……り?」
「そうだ、ここは王都の西、ゲハルトの大森林だ」
「――!?」
ゲハルトの大森林といえば、凶悪な魔物が大量に出没する地域。冒険者が一攫千金を狙って、この森に入る。魔物から入手可能な素材を集めるためだ。ウマくいけば、一度の狩りで半年暮らせるほどの大金が手に入る。それと同時に、命を落とすリスクがともなう――そんな場所だ。
「これでさようならだ。ここに放置すれば死体も残らない――オマエは行方不明者として、そのうち誰からも忘れられるんだ」
充分な装備で臨む冒険者でも危険な場所である。丸腰の、しかもケガで動けない者が置いていかれたら――結果は火を見るより明らかだった。
「や……めろ……」
何とか声にするが、ジークフリードは狂気の目を向ける。
「オ、オマエが悪いんだ! 次男は次男らしく、ボクに従っていれば!」
兄の行動は普段から横暴でワガママだ。そのうち自分は屋敷から追い出されるのだろう――とまでは想像していたが、腹違いとはいえ、弟を殺しにくるとまではさすがに思ってもいなかった。考えが甘かった――そうエリオットは後悔する。
「オマエがいなくなれば、セシルが寂しがるだろうから、ボクが慰めておくよ。ボクの彼女にしてやってもイイ。そもそも、オマエに女の子と仲良くする権利などなかったんだ! 次男のくせに! 平民の子供のくせに!」
次男も平民も関係ないと思うが……
まあ確かに、セシルはカワイイ。恋人にできたら――なんて考えたこともなくはない。でも、自分にはもったいない。彼女にはもっと相応しい相手がいるはずだ。そう思っていたのも事実である。
ただ、セシルがジークフリードになびくこともないとも確信する……彼女はひどくジークフリードのことを嫌っていたからだ。
(そうだな……僕が死んだらセシルは悲しんでくれるかな……)せめてそう思いたい。
ジークフリードたちが馬車に乗り、この場を離れて行くのが見えた。
(これは――正真正銘、ヤバいぞ……)
ラノベの主人公なら、チート能力が目覚め、ココから大逆転が始まる――そんなストーリーを期待するところだが……生憎そのような変化は起こりそうもない。
(死ぬのは二度目か――せめて前世よりは長生きしたかったな……)そんなことを考える。
そう、彼は転生者だった――
前世では彼の才能を妬んだ大学教授に殺された。今度は堅実に、目立たないように生きよう――そう決めていたのだが、結局は同じ結果になってしまう。
(この世界、結構気に入っていたんだけどなぁ……また転生だろうか? いや、そんな都合のイイ話、そう何回もあるわけないか……)
諦めかけたその時、何か動くモノが見えた。かろうじて顔をそちらへ向ける――
「――!?」
薄緑の体毛がない肌。下顎からは牙が生えている、体長一メートルほどの生き物――
(ゴブリンか――)
今日はとことんツイていない――と思う。いきなり魔物に見つかるなんて……それも一匹ではない。四、五匹見える。
(悪いな……生きている間は悪あがきさせてもらうよ……)
激痛に耐えながらも手を動かし、上空に向けて指を立てる。
「――フレイム」
火属性の中級魔法。それをほぼ無詠唱で発動させた。一瞬で辺りが炎に包まれる――いや、焼かれているのは魔物だけだ! ものすごい魔法制御力である。
「ギャーッ!」
悲鳴をあげて崩れ落ちるゴブリンたち。それを、わずかに開いた目で確認する。
(どうやら、生きたまま食われる屈辱だけは受けずに済みそう……だ……)
薄れていく意識の中で、エリオットは自分を拘束した黒ローブの集団が何者だったのかと考える。なぜ、ジークフリードに協力していた?
そもそも、兄はどうしてこのような暴挙に出たのか?
結局、なにもかもわからずじまいだ。悔しい気持ちはある。当然、ジークフリードが憎いとも思う。
しかし、最後に思い浮かんだ顔は金髪の少女だった。
(ああ、やっぱり僕はセシルが好きだったんだなぁ……)
いまさら、それに気づいても遅かったのだが、カワイイ少女のことを思って死ねるのはまだ救いだ……なんて考えてみたりする。
一分後、彼の心臓は停止した――
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