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夏
夏の嵐
しおりを挟む人から返信がくるのがこんなに待ち遠しく感じたのはいつ以来だろう。
前に感じた不安の胸騒ぎが、初恋の高鳴りみたいになっていた。何を期待しているだと自問しても自答はでてこない、思春期時代に戻ったかのようだった。
授業と授業の合間に、メッセージを開いては閉じてをしていた。
直接会うタイミングがまたあればと思ったが、そもそも所属している学科が真逆の位置にあるためあんまり出会える機会も接点もない。
この前のように偶然あのベンチで会えたらと思っていた。
その日の昼のことだった。
いつも通り東食堂へ向かっている最中、メッセージの通知が鳴った。
ついにその時が来たか。と、メッセージを開いた。
送信者は佳祐だ。
なんだよこいつ。とつい小声で言ってしまったが、悪気はない。
どうやら課題の提出やらコピーやらで忙しいらしく、先に東食堂で席取って飯食っててくれとのことだ。
今日は焼肉定食が出ていた。なんだかそういうのにがっつきたい気持ちになってしまった。
頼んだ定食をのせたおぼんをもち、いつもの席に行こうとしたら先客がいた。
あそこは冷水機が近くて、窓に近く、そしてなにより風の流れがいいお気に入りの場所だったから、すこし残念な気がした。
仕方なく奥の方の扉に近い席に座って、荷物と定食を置き、少し遠い冷水機へ水をくみに行こうとした時だった。
席に近い扉が急に開いたと思ったら、誰かが出てきた。
あまりにも不意のことだったから、避けようとして体を後ろにひくと、食堂の椅子に足を引っ掛けて倒れた。
と、思った。転んで地面に着く寸前で、誰かが俺の手を掴んで助けてくれた。
転んだことに驚いて閉じていた目をゆっくり開くと、そこにはひんやりとした白く細長い手。
とてもじゃないが、男の俺が倒れてるところを助けたのとは思えなかった。
「ありがとうございます…」と言いながら、その手の引いた先を見た。
どこかで見たことあるような、でも会ったことのない女の子だった。
その女の子は俺の顔を見るなり、少し驚いた顔をして、そのまま何度も頭を下げたかと思うと、入ってきた扉から出て行った。
一緒についてきていた同級生らしい女の子たちも、
「ちょっと!どこ行くのよ!!」
「おひるどーすんのー?!」
と言いながら後を追って走っていった。
まるで一瞬のことで、嵐が過ぎ去ったあとみたいになっていた。
その様子を見ていた他の学生たちがざわつきだし、恥ずかしい思いをしたと気づいたときには、無我夢中で焼肉定食にがっついていた。
今日は最悪な日だ。
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