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第二章 新しい生活
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しおりを挟む大学の監督が、自チームに帰ると、みんなが近くに来てくれて、ついでに先生も来た。
「みんな、さっきはごめんなさい。一人で暴走して……」
「いや、大丈夫だ。寧ろ、あんなレシーブの返し方があるとは思わなかった」
「確かに、あの時ちょっと俺は笑っちゃってたし。しかも凛くんは、ちゃんと得点にしてくれたんだよね??」
トシさんと向井さんはそう言って、俺のレシーブを褒めてくれるが、チーム戦であれは良くない。
「凛の凄さが分かるよね~。俺が苦戦してるスパイクを、あんな綺麗に相手コートに返しちゃうんだから~」
「俺は凛に攻撃でも負けるのか……」
「凛くんは良くない思っとるみたいやけど、あれは別に悪い事でもないやろ。点に繋がればええんや。それにしてもあれどうやったん??」
「確かにどうやったんかは気になるわ」
「え……多分普通に誰でも出来るよ。スピンかければいいだけだ」
「いや……それやり方が気になるんやけど……まあ今はええか。それよりセンセは俺と凛に用があったんやろ??」
珍しく会話に割り込んでこなかった先生は、自分のスマホを俺に渡してきて、画面を見ると母さんに電話がつながっていた。
「もしもし、母さん??」
「あら、今は熱が下がってるのね。それなら安心だわ。熱のせいで大学決めたのかと思ったから」
母さんなんで知ってるんだ?? 今話し終わったばっかりなのに。
「白雷虎の監督は、相当嬉しかったようね。もの凄いテンションで、口説き落とせましたって連絡してきたのよ。それで高卒認定試験、あれ受けるのに手続きが必要みたいだから、今度願書書きに来なさいね。それと正面写真も撮らないといけないから、撮っとくように。あとの詳しい事はゼンに話しておくわ」
俺がいろいろ話そうと思ったのに、なんか一方的に切られちゃったな。今忙しいのかな。
「あの監督は相当凛とゼルが欲しかったらしい。高卒認定試験の準備は時間がかかるが、佐良さんが申し込みしてなかったら、間に合わなかっただろうな。もう書類が届いてるだろうが、9月までだから早めに行ってこいよ。それとゼンとゼルに勉強教えてもらえ。学校では別授業になるから、陣と一緒に別教室に行けよ」
「なんで陣が??」
「ほんと、白雷虎はいい選手の確保が早いんだよ。凛と一緒に陣もだとさ。凛も陣も他の大学に目はつけられてたからな。ここで飛び入学制度があるのは、選手の確保に有利だよな」
「陣も行くの!? 俺にあわせたとかじゃないよね!?」
「いや、陣はインハイ終わってすぐくらいには決めてたな」
そう……なのか。陣も自分で決めて、俺と同じ大学になったのか。やっぱり俺等は双子だな。考える事は一緒なのか。陣も早く世界を見たいって思ったんだろ。
「ほんなら、二人いっぺんに教えたるから、陣くんも、まめにうち来てええよ。監督サン、その試験って難しいんか??」
「そこまで難しいわけではないんだが、とにかく範囲が広い。記憶力の良い陣と凛なら大丈夫だとは思うが、一応過去問は配る予定だ」
「ゼル、お前も教えたってな。俺10月からシーズン入りするし。まあ、言うて毎週試合あるわけやないし、今とあんま変わらんけど、疲れていつの間にか寝とる時あるしな」
ちょうど俺の試験と時期が被るのか。俺もゼンの試合見たい……けど試験に集中して、その後は春高に集中しないとだよな。
「言われんでも教える。兄貴はシーズンに、集中しとってええよ」
「まっ、それだけ言いに来ただけだから、白雷虎の奴等に謝りたいなら、さっさと行ってお前は早く帰れ。ここでイチャイチャされても困るからな」
うぐっ……それは本当に申し訳ないと思ってるから、ほじくり返さないでほしい。
その後、俺は二人を連れて白雷虎のところへ行き、申し訳なさ過ぎて土下座しようとしたら、ゼンとゼルの他に、白雷虎の人達にも止められた。
「な、なんで止めるの」
「そこまでせんでも、凛くんの選択は間違っとらん。監督も感謝しとったくらいなんやから、こいつが悪いんや」
「そうやで。凛が謝らんでもええくらいやのに」
「でも……顔面狙ったのわざとだし……不破さんでいいんですよね?? すみませんでした。あと、スパイク打った後、後ろに下がるの直した方がいいですよ。大体そのままボールが返ってくるからか、ダイレクト打つ癖がついてるんだろうと思うけど、その分俺が拾った時にブロックに遅れてました。言うつもりなかったんですけど、俺も頭冷えたんでお詫びです」
それを伝えると、いきなり白雷虎の人達が笑いだし、ビクッとする。
この人達の笑いのツボが分からない。
「あっはっは!! お前いつも監督に言われとる事、凛くんに言われてやんの!! よう分かったなあ。凛くんそこ狙ったんか!! あん時のかっこよかったで!! スカッとしたわ。俺、椎名季壱な。大学一緒なんやろ? よろしくなあ!!」
ズイッと寄ってくる椎名さんに、ビックリしてゼンの後ろに隠れると、ゼンは嬉しそうに俺を抱きしめてきた。
「季壱、お前あんま凛のとこ驚かすな」
「今は凛くん薬飲んだばっかやからなあ。うちの子にストレスあんま与えんで。凛くん、もう帰ろか。謝ったんやし、もうええやろ?? 明日来れんくなってまうし、無理せんで今日は帰ろなあ」
そう言ってゼンは俺を担いで帰ろうとするが、不破さんとお兄ちゃんに呼び止められる。
「凛、体調悪いなら……明日絶対ね」
どんだけ欲しいんだ、この人は。もう大学陣と一緒んとこ行けよ。
「わ、分かったよ」
「凛くん!! ありがとう。明日は期待しとって!! 絶対俺に釘付けにしたるから!!」
そう言った不破さんは、俺のダランと垂れた手の甲にキスをしてきた。
「てめぇ!! 不破!! 何しとんのや!! 兄貴、見えとらんかったやろ。こいつ凛の手にキスしよったで。はよ連れてって消毒してや!!」
「は? 何してくれとんのや。凛くん、手ぇ大丈夫??」
ゼンにすぐ横抱きされると、頭が追いつかない俺に、ゼンがみんなの前で深いキスして、あの取材の時みたいな無表情になっていた。
「凛くん……家帰ったら休ませてあげられん。すまんな」
「ゼン??」
「大丈夫やで、凛くん。ほんじゃゼル。そいつの処理頼んだで」
「任せときや。季壱、ボール貸せ」
俺は後ろでボールの音と悲鳴が聞こえたが、何が起こってるのかは見えず、混乱状態で家に帰る事になった。
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