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第一章 出会い

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 俺とゼルさんは、母さんに車へ乗せられた。


「柏木も今頃、あっちの子達に説明してると思うけど、貴方達インハイ出場と、春高ベスト4目指しなさいね。それと二人はプロを目指す気はある?」


 突然母さんの口から、プロを目指すのか聞かれて、初めての事でドキッとした。でも俺が口を開く前にゼルさんが、即答する。


「目指します。正直目指す気ぃ無かったんやけど、凛くんと会うてからバレーが楽しなったし、もっと上手うまなって凛くんと、少しでも多く一緒にコートに立ちたい思ったんです。今凛くんが俺の後衛で入ってくれとるから、余計にそう思うんやろうけど」


「そうねぇ。貴方がレシーブも上手くなったら、私はゼルをゼンの対角におくわね。貴方打つ時MBミドルだと窮屈でしょう。本当はもう少し助走が欲しいんじゃないの? それとセンター位置は、打つコースがどこも短いし、本当はもっと思いっきり打てるんじゃない?」


 母さん凄いな。俺もゼルさんのサーブからして、もう少し打ち込めると思ってたけど、そっか……助走と距離が足りないのか。そう思うと、いっそ後衛でバックアタック打った方が、ゼルさんは決まりそうだなあ。


「凛はどうなの?」


「うぇっ!? えっと……俺はバレーをまた始めた時に、陣とプロを目指そうって話したんだ。それに風狼でやらせてもらえて、もっといろんな人と対戦したいし、拾いたいし、チームの支えになれるのが嬉しいって思ったんだ。だからプロになりたい」


「そう……陣と決めたなら本気って事よね。正直言って、プロ契約をもぎ取るのは、本当に難しいの。だからって無理はダメよ。凛は無理しすぎ。もっと周りを頼りなさい。コートに居るのは貴方一人じゃないの。チームの支えは貴方一人じゃないわ。指示出し……まだ怖いの?」


 そりゃ怖いよ。俺が間違った事でチームが負けたらどうする? 俺の突っ掛かりも、違和感も、気のせいだったらどうする? そんな不確かなもの教えて、混乱させるわけにはいかないじゃないか。


「指示として考えるんじゃなく、相談って思えばいいじゃない。上に行けば行くほど、少しの遅れで取り返しがつかない時があるわ。それなら自分の思った事を、伝えちゃえばいいじゃない。それでどうするかは、さっきも話した通り本人達次第なんだから」


 相談か。確かに相談ならいいかもしれない。そもそも俺は指示できるような性格じゃない。相談とかアドバイスとか、お願いなら出来るけど、指示は違う気がしてた。


「そうだね。これからはちょっと甘えてみる。俺一人じゃないもんな」


「凛くん、ちょっとやなくてもええんやで!! それと大会終わったら、俺にレシーブ教えてくれへん??」


 確かに、俺がゼルさんの後衛で入らなくなれば、先生に相談する時間もあるし、ゼルさんが後衛でも点数を稼げれば、攻撃もだいぶ楽になる筈。


「俺が教えられる範囲なら教えますけど、俺多分教えるの下手です」


「ゼル……凛の教え方は本当に壊滅的なのよ。何が見えてて動いてるのか分からないし、感覚的に教えるものだから、なんの事を言ってるのか分からないの。レシーブ以外でアドバイスするなら、ちゃんと教えられるんだけどね……レシーブにかんしてはどちらかと言うと、凛を見ながら自分で練習した方が上達するわ」


「そうなん!? なんや方向音痴ん時も思っとったけど、凛くんのギャップ凄ない!?」


「私達家族にはギャップは感じないけど……凛は変に人見知りするからかしら。まあそのうち慣れるわよ。それより家に着いたから、ゼルも上がっていきなさい。凛は何か観たいものがあるんでしょ?」


 流石母さん……鋭いな。


「アタックモーションからセットアップする人の試合、母さんなら持ってるかなって思ったんだけど。それと左利きセッターのやつも」


「あるわよ。でもちゃんと眼鏡はかけて観なさいね」


 うっ……あれ観づらくて嫌なんだけど。


 母さんはそう言うと、DVDを探しに行ってくれたのか、自室に行ってしまい、俺もゼルさんを連れて自分の部屋へと向かった。


「凛くん目ぇ悪いん?」


「悪くないですよ。ただ花粉症用の眼鏡をかけさせられるんです。これ……囲われてるから、瞬き忘れても乾燥しないんで、充血しないんですよ」


「その眼鏡……そんな使い方する奴居らんよ?」


 そんなの知ってるわ!! でもこれ保湿に丁度いいし、そもそも母さんが言い出し事だから、なんなら母さんに言ってよ!!


コンコン


「凛~、持ってきたわよ。こっちが左利きのセッター、こっちがモーションフェイントする奴等の方ね」


 うわ……これってプロはモーションフェイントいれるのは、当たり前って言われてるようなもんだな。凄い量だ。


「ありがとう。ゼルさんにも観てほしいから、しばらく二人で観てるから」


「はいはい、頑張りなさいよ~」


 扉が閉まった事を確認し、DVDの準備をすると、珍しく俺のスマホが鳴った。


 陣か??


「兄貴やん。俺出てもええ?」


 兄貴って、まさかゼンさんか!? なんでいきなり電話……ゼルさんが報告でもしたのか?


「ほーい兄貴?? どうせビデオ通話したいんやろ? 凛くんの眼鏡姿見る為と見張りの為に」


 いや、いつもみたいに写真送れば良くね? なんでビデオ通話なんだ。


「凛くん、ゼルに何もされとらんか? 凛くんの部屋で二人きり、しかも眼鏡かけた凛くんなんか、弟に先越された気分やわ。凛くん聞いとる? ゼル、お前何もやっとらんよな?」


 あ……この内容は……無視だ。無視しよう。どうせ二人で話進めてくれるだろう。


「やっとらんて。俺が凛くんの同意も無しに、手ぇ出す訳ないやろ。どうせ見張りするんやったら、凛くんの相談のったってや」


「なんや相談て。凛くんやっぱなんかされたん!? こっち全然見ぃひんし」


 ゼンさん、一旦その考えから離れようよ。ゼルさんもニヤニヤしてるだけで、これ以上言う気ないんだろうな。


「これから明日の試合に向けて、もしもの状況に慣れておこうと思っただけです」


 仕方なく振り向いて、スマホにめいいっぱい映っているゼンさんを見た。


「うわぁ。エロ……やなくて!! 俺も手伝てつどうたるわ。これでもプロやからな、いろんな奴等と試合した事あんねんで」


 確かに……コートに立たないと分からない事の方が多いしな。


「じゃあ、お願いします。ゼルさん、そのままスマホ持っててもらってもいいですか??」


「ええで!!」

「アカン!!」


 ほぼ同時に二人の声が重なった。


「ゼルに持たれるんは嫌やわ。どうせなら凛くんに持ってもらいたい」


 ……無視だ。


「じゃあ再生しますね。俺無言になると思うんですけど、二人は喋ってても大丈夫ですよ」


「凛くん無視せんといて~。ゼルと話しとってもなんもおもろないやん」


「俺もそれには同意するわ。ちゅうか、俺は観とかんとアカンやん。兄貴一人で喋っといてや」


「何やねんお前!! 可愛ないわ~。俺かて凛くんに質問された時、すぐ答えられるよう観とかんとアカンし!!」


 それなら二人とも黙って観てろ!! あー、めっちゃ言いたい。言いたいけど、なんか二人に言ったら喜ばれそうだから言わない。多分ギャップがあるって言われる理由も、こうやって俺が普段、陣には言う事でも周りには言わないからなんだろうな。


 そしてその後も、なんだかんだ言って、二人で喋り続ける中、俺は静かに目を慣らす事に専念した。

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