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第一章 出会い

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 あの後の難波の自滅は酷かったなあ。


 俺達は2セット目を25-13で勝つ事が出来た。あの6番は自分のサーブの後に、ピンチサーバーとして出した、横山のサーブでボロボロだったし、その後交代させられてたけど、あの雰囲気で交代させられる方が可哀想だ。


「横山、少しスッキリした?」


「はい……俺多分……凛さんに相手してもらうようになってから、上達したんだと思います」


「そう? 横山のサーブは元々良かったと思うけど」


「いえ……前の俺は先輩のサーブに……に、似てたので」


 そうかな……最初からちゃんと無回転だったと思うんだけど。というか、横山流暢に話せるようになってきたな。


「凛くん、横山、はよ帰るで~。明日の菱洋戦に向けて、学校でミーティングするんやと」


 そっか、明日は菱洋か。去年負けたって言ってたよな。


 俺達はバスへ乗り込み、学校へと帰った。バスの中で山田は珍しく速攻で眠っていたが、今日一番疲れていたのは、きっと山田だろう。


「りーん!!」


「げッ、母さんなんで居るんだよ」


 学校に着くと、まさかの母さんが仁王立ちして待っていた。


「だって謝った方がいいかと思ったんだもの」


「謝るだけなら家でいいじゃん」


「いやね、母さん今日の試合見てたのよ……この意味分かるわね? 柏木」


 名前を呼ばれた先生は、何処かへ行こうと思っていたのか、ビクッとした後に「う……はい」と、言ってテンション低めで母さんの下へ行く。


 先生と母さんって、本当にどういう繋がりなのか謎なんだけど……俺は敢えて聞かないぞ。だってなんか面倒そうだもん。


 先生が母さんに連行されたため、俺達はビデオだけ預かり、今年の菱洋の試合を数本観た。


「んー、菱洋もきわどいところに打ってくるな~。それに難波との大きな違いは、やっぱり攻撃力も高いところかな~」


 シズにしてはまともな感想が出たな。今日の事で一番成長したのは、意外とシズなのかもなあ。


「向井さん、去年スタメンで入ってた人って居るんですか?」


「ん……確か1番、3番はスタメンだった筈。その他の選手も、スタメンではないけど、試合には出てたね。因みに1番は、トシの友達だよ」


 友達!? なんだろ……失礼だけどトシさんって友達居ないイメージ。知り合い止まりな気がしてならない。


「友達ではない。ただの中学のチームメイトだ」


「はいはい。中学でエース取られたからって、ずっと引きずるもんじゃないよ。確か名前は河野こうのゆう、ストレート打ちが得意だったかな? 3番は将野しょうの隆也たかや、去年も確かセッターだった」


「そんでもって、3番は向井の友達やんな?」


「違うよ。ただの元チームメイトだ」


「ブハッ! トシの事言えんやん!! 同じ事言うとるで。どんだけ嫌いやねん、自分等」


 嫌いというより仲が悪いのか? それともライバル的な? どっちもポジションかぶってるもんなあ。


「取り敢えず、菱洋はこの二人をどうやって攻略するかが、鍵になってくるんだよ。勿論他も上手いし、油断は出来ないけど、厄介なのはこの二人」


「多分1番のサーブは、守備二人じゃボールが早すぎて、俺は正直追いつきません。三人体制でトシさんにも後衛の時、レシーブに参加して欲しいんですけど、大丈夫ですか?」


 トシさんは俺の声が聞こえるみたいだし、俺が声をかければ大丈夫だと思うんだけど。


「トシは凛くんの声は聞こえるんよな? そういえば、なんで凛くんの声は聞こえるんやろな」


 俺にも分からない。でも母さんなら知ってるんじゃないか?


「あら、凛は意図的にやってるんだと思ってたわ」


 見計らったかのように、ナイスタイミングで来たな。先生は……なんかやつれてるな。


「母さん、それってどういう事?」


「凛が声をかけるタイミングは、基本的にみんなより早いのよ。凛が予測して早く動けるのと一緒で、みんなよりタイミングが違うからこそ、周りは凛の声の情報が1番早く入ってくるの。そのほんの少しの差で、人間は反射的に動けたりするものよ。自分の判断より先に、正確な情報が入ってくるんですもの」


「じゃあ聞こえてるというより、反射的に動いてるって事?」


「そうね。脳で処理する前に身体が動く事によって、後から脳が追いついて、聞こえたと認識するだけ」


 なんか怖いな。俺が操ってるみたいじゃないか。もし俺が判断ミスなんかしたら、それで終わりじゃないか。


「あの、佐良さん。それって凛の声が小さければ意味がないんじゃ」


「柏木……そんなだから、あんたはバカなのよ!! 言ったでしょ。タイミングが違うって。音っていうのは、小さくてもタイミングやリズムが違ければ、嫌でも聞こえるものなのよ。他校の吹奏楽部にでも行って、確かめてきたらいいわ。この学校にはないんでしょ」


 でもそれって、俺が手元やボールの回転を見て、すぐに判断して動けるのと一緒で、俺の指示次第で周りは俺よりは遅くても、普通より早めに動けるって事だよな。


「母さん……俺の中学……あの状況になったのって、やっぱり俺のせいなのかな」


「あれは認識の違いよ。あいつ等は凛に操られてるようで、ただ気にくわなかっただけ。逆に凛の判断が早いからこそ、あいつ等も凛に手出しできる余裕があったって事よ」


「でも実際操ってるようなもんじゃないか」


 俺は声を出さないのが、正解なんじゃないか? むしろ団体競技なんてやらない方が……


「ちゃうで凛くん。佐良さんが言うたやんか。手出し出来る余裕あるて。早いっちゅう事は、余裕が出来るゆう事や。確かに反射的に動いてまうかもしれん。けど動いた後に、最終判断するんは自分等や。今の話聞いて納得いったわ。ネットイン時とか、チャンスボールん時、俺判断早よなっとる~!! 思っとったけど、実際は凛くんのお陰で、余裕が出来てたんやって」


「そうだよ~。俺は凛とレシーブに回る事多いけど、身体が動いた後に、考える余裕が出来るから、前よりあげる位置とか意識出来るようになったし!!」


「確かにシズのレシーブは、前より上げやすくなった気がする。後衛からネット際まで行く時も、迷いなく前に行けるようになったしね」


「俺の時のは凄いんですよ。空中で凛のストレートって声で、咄嗟にストレートの方見ると、ブロックも少し空いてるし、向こうはストレート締めてるつもりだから、レシーブも居ないんです。なんか気持ちよく打てたと同時に、いつ凛に勝てるんだって思うけどな。でもそのおかげで、最近向こう側が見えるようになってきた」


 ゼルさん、シズ、向井さん、圭人が、庇うというより、其々が思った事を言ってくれる。その証拠に圭人なんかは、悔しさを一切隠さない。


「操るプレーではなく、味方に余裕をもたせるプレーだと、考えればいいんじゃないか? 実際みんな考えていただろう? 俺は考えてないがな。山田も考えてない筈だから、俺だけ責めるなよ?」


「うっ……バレてた。お、俺のは信頼っす!!」
 

 トシさんも山田も、考えないのはどうかと思うけど……そっか。余裕を持たせるプレーか。そう思うと、気が楽になるかもしれない。


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