29 / 361
第一章 出会い
29
しおりを挟むあの後の難波の自滅は酷かったなあ。
俺達は2セット目を25-13で勝つ事が出来た。あの6番は自分のサーブの後に、ピンチサーバーとして出した、横山のサーブでボロボロだったし、その後交代させられてたけど、あの雰囲気で交代させられる方が可哀想だ。
「横山、少しスッキリした?」
「はい……俺多分……凛さんに相手してもらうようになってから、上達したんだと思います」
「そう? 横山のサーブは元々良かったと思うけど」
「いえ……前の俺は先輩のサーブに……に、似てたので」
そうかな……最初からちゃんと無回転だったと思うんだけど。というか、横山流暢に話せるようになってきたな。
「凛くん、横山、はよ帰るで~。明日の菱洋戦に向けて、学校でミーティングするんやと」
そっか、明日は菱洋か。去年負けたって言ってたよな。
俺達はバスへ乗り込み、学校へと帰った。バスの中で山田は珍しく速攻で眠っていたが、今日一番疲れていたのは、きっと山田だろう。
「りーん!!」
「げッ、母さんなんで居るんだよ」
学校に着くと、まさかの母さんが仁王立ちして待っていた。
「だって謝った方がいいかと思ったんだもの」
「謝るだけなら家でいいじゃん」
「いやね、母さん今日の試合見てたのよ……この意味分かるわね? 柏木」
名前を呼ばれた先生は、何処かへ行こうと思っていたのか、ビクッとした後に「う……はい」と、言ってテンション低めで母さんの下へ行く。
先生と母さんって、本当にどういう繋がりなのか謎なんだけど……俺は敢えて聞かないぞ。だってなんか面倒そうだもん。
先生が母さんに連行されたため、俺達はビデオだけ預かり、今年の菱洋の試合を数本観た。
「んー、菱洋もきわどいところに打ってくるな~。それに難波との大きな違いは、やっぱり攻撃力も高いところかな~」
シズにしてはまともな感想が出たな。今日の事で一番成長したのは、意外とシズなのかもなあ。
「向井さん、去年スタメンで入ってた人って居るんですか?」
「ん……確か1番、3番はスタメンだった筈。その他の選手も、スタメンではないけど、試合には出てたね。因みに1番は、トシの友達だよ」
友達!? なんだろ……失礼だけどトシさんって友達居ないイメージ。知り合い止まりな気がしてならない。
「友達ではない。ただの中学のチームメイトだ」
「はいはい。中学でエース取られたからって、ずっと引きずるもんじゃないよ。確か名前は河野憂、ストレート打ちが得意だったかな? 3番は将野隆也、去年も確かセッターだった」
「そんでもって、3番は向井の友達やんな?」
「違うよ。ただの元チームメイトだ」
「ブハッ! トシの事言えんやん!! 同じ事言うとるで。どんだけ嫌いやねん、自分等」
嫌いというより仲が悪いのか? それともライバル的な? どっちもポジションかぶってるもんなあ。
「取り敢えず、菱洋はこの二人をどうやって攻略するかが、鍵になってくるんだよ。勿論他も上手いし、油断は出来ないけど、厄介なのはこの二人」
「多分1番のサーブは、守備二人じゃボールが早すぎて、俺は正直追いつきません。三人体制でトシさんにも後衛の時、レシーブに参加して欲しいんですけど、大丈夫ですか?」
トシさんは俺の声が聞こえるみたいだし、俺が声をかければ大丈夫だと思うんだけど。
「トシは凛くんの声は聞こえるんよな? そういえば、なんで凛くんの声は聞こえるんやろな」
俺にも分からない。でも母さんなら知ってるんじゃないか?
「あら、凛は意図的にやってるんだと思ってたわ」
見計らったかのように、ナイスタイミングで来たな。先生は……なんかやつれてるな。
「母さん、それってどういう事?」
「凛が声をかけるタイミングは、基本的にみんなより早いのよ。凛が予測して早く動けるのと一緒で、みんなよりタイミングが違うからこそ、周りは凛の声の情報が1番早く入ってくるの。そのほんの少しの差で、人間は反射的に動けたりするものよ。自分の判断より先に、正確な情報が入ってくるんですもの」
「じゃあ聞こえてるというより、反射的に動いてるって事?」
「そうね。脳で処理する前に身体が動く事によって、後から脳が追いついて、聞こえたと認識するだけ」
なんか怖いな。俺が操ってるみたいじゃないか。もし俺が判断ミスなんかしたら、それで終わりじゃないか。
「あの、佐良さん。それって凛の声が小さければ意味がないんじゃ」
「柏木……そんなだから、あんたはバカなのよ!! 言ったでしょ。タイミングが違うって。音っていうのは、小さくてもタイミングやリズムが違ければ、嫌でも聞こえるものなのよ。他校の吹奏楽部にでも行って、確かめてきたらいいわ。この学校にはないんでしょ」
でもそれって、俺が手元やボールの回転を見て、すぐに判断して動けるのと一緒で、俺の指示次第で周りは俺よりは遅くても、普通より早めに動けるって事だよな。
「母さん……俺の中学……あの状況になったのって、やっぱり俺のせいなのかな」
「あれは認識の違いよ。あいつ等は凛に操られてるようで、ただ気にくわなかっただけ。逆に凛の判断が早いからこそ、あいつ等も凛に手出しできる余裕があったって事よ」
「でも実際操ってるようなもんじゃないか」
俺は声を出さないのが、正解なんじゃないか? むしろ団体競技なんてやらない方が……
「ちゃうで凛くん。佐良さんが言うたやんか。手出し出来る余裕あるて。早いっちゅう事は、余裕が出来るゆう事や。確かに反射的に動いてまうかもしれん。けど動いた後に、最終判断するんは自分等や。今の話聞いて納得いったわ。ネットイン時とか、チャンスボールん時、俺判断早よなっとる~!! 思っとったけど、実際は凛くんのお陰で、余裕が出来てたんやって」
「そうだよ~。俺は凛とレシーブに回る事多いけど、身体が動いた後に、考える余裕が出来るから、前よりあげる位置とか意識出来るようになったし!!」
「確かにシズのレシーブは、前より上げやすくなった気がする。後衛からネット際まで行く時も、迷いなく前に行けるようになったしね」
「俺の時のは凄いんですよ。空中で凛のストレートって声で、咄嗟にストレートの方見ると、ブロックも少し空いてるし、向こうはストレート締めてるつもりだから、レシーブも居ないんです。なんか気持ちよく打てたと同時に、いつ凛に勝てるんだって思うけどな。でもそのおかげで、最近向こう側が見えるようになってきた」
ゼルさん、シズ、向井さん、圭人が、庇うというより、其々が思った事を言ってくれる。その証拠に圭人なんかは、悔しさを一切隠さない。
「操るプレーではなく、味方に余裕をもたせるプレーだと、考えればいいんじゃないか? 実際みんな考えていただろう? 俺は考えてないがな。山田も考えてない筈だから、俺だけ責めるなよ?」
「うっ……バレてた。お、俺のは信頼っす!!」
トシさんも山田も、考えないのはどうかと思うけど……そっか。余裕を持たせるプレーか。そう思うと、気が楽になるかもしれない。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
221
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる