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35.乗り越えた先
しおりを挟む酷く長い時間、ククはひとりで耐え抜き、試練を乗り越えたのだ。
正確に言えば、シシもククを支えていたのだが、ククの時間はシシとは違ってものすごく長い時間であり、ただひたすら寂しさと孤独の恐怖に向き合い、心が壊れそうになるとシシと繋がれた手を思い出す。
時空が歪んでいく中でも、繋がれた手はククの支えになっていて、それによって何度も救われていたのだ。
「……シシ」
「クク、良かった。目が覚めたんだね。おめでとう、クク。よく頑張ったね」
目が覚めた時、久しぶりにシシの笑顔を見たククは、溢れる気持ちが制御できず、シシに抱きついて涙を流した。
(シシ、会いたかった。シシ、大好き。僕もシシを愛してる。僕にはシシだけだ。だから、離れないで。これからも僕のそばにいて。僕だけを愛して)
「クク、寂しかったね。俺も寂しかった」
「僕はシシが好き。もう、独りは嫌だ。シシの手だけが僕の支えで……シシ、シシ」
言いたい事が纏まらず、ククは自分が感じた事を全て口にしていく。
だが、最後にはシシの名前と『愛してる』だけしか出てこなくなり、その言葉に全ての想いを詰め込んだ。
これは、シシが今までククにしてきた事であり、長い間孤独であったシシだけが理解できる気持ちだ。
だからこそ、シシは運命のツガイでなくてもククの想いを理解する事ができ、シシも静かに涙を流してククを強く抱きしめた。
(やっとだ……やっとシシと同じか、シシに近づいた。僕もシシを愛してるんだ。シシの愛には負けるかもしれないけど、僕だってシシをたくさん愛してる)
「クク、愛してる」
「僕もシシを愛してる」
他の言葉を続けるよりも、この一言に全てをのせて伝える方が、自分の愛が伝わるのだと、今のククは知っている。
言葉にできないほどの、強い想いがあるからこその、この一言。
それがククにはとても大事な言葉であり、その言葉を発するシシがキラキラと輝いて見えてしまうのは、きっとシシに恋をした証であると、ククは感じていた。
そしてそれを、ククはどうしてもシシに伝えたくて、尻尾をブンブンと振りながらシシに顔を近づける。
「ねぇ、シシ……僕の恋を知りたい?知りたいよね?」
「そうだね。ククのことはなんでも知りたいな。ククはどんな恋をしてるの?」
「ふふん!僕の恋はね、キラキラして見える恋なんだ!シシが愛してるって言うと、雨上がりの世界みたいにキラキラして見える。水浴びした時みたいにキラキラしてるんだ!いいでしょ」
「あぁ、それなら俺は花だよ。ククが笑うと、いろんな花が咲く。凄く綺麗で儚くて、俺だけが知る恋だよ。羨ましい?」
互いにツガイの自慢話をしているようにしか思えないが、これは運命を決めるかどうかの攻防であった。
ククはシシを運命にしたいが、あともう一歩がなかなか踏み込めず、シシから切り出されるか、項を噛まれるのを待っている。
そしてシシは、ククの口から運命を聞きたいのだ。
(うぅ……シシに桜の花が咲いたら、絶対にもっとキラキラしてる。シシの桜、見てみたい)
そんな事を思いながら、ククは尻尾を揺らしてシシの首に噛みつく。
だが、オメガがアルファに噛みついても意味がないため、シシはククの行動に微笑み、ククの項に口づけした。
「いい匂い。誘えばいいのに」
(誘う……そうだ、発情期で誘ったらいいんだ!僕の発情期、早くこないかな)
「ねぇ、シシ……僕の発情期がどうやってくるか分かる?」
「オメガは基本的に、成人すると発情期がくるんだよ。けど、稀に精神的な面が原因で発情期がこなかったりするかな。ククの場合は運命のオメガだから、俺のツガイとして心が育てば発情期がくると思うよ」
ククは既に、ツガイとして愛が育っている。
時神となり、シシが自分にとってどんな存在なのか知る事ができたククは、いつ発情期がきてもおかしくはないのだ。
だが、いまだに精神が幼いククに発情期がくるのかは、シシでも分からない。
というより、シシがククに甘えてもらえるよう育てているため、ククは自然と幼くなっていくのだ。
「なるほど……それなら、僕がもっとたくさん、シシを好きになったら発情期がくるのかな」
(そしたら自然に誘えるし、噛んでもらえる!よし、この作戦でいこう!)
「俺のツガイが可愛いッ!」
ククがひとり、運命のツガイになる為の作戦を練っているなか、シシは悶えて苦しそうにしている。
そんなシシをそのままに、ククは白狼を部屋に呼んで、久しぶりに白狼の毛に埋もれた。
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