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7.疑い
しおりを挟む部屋から出た日をきっかけに、ククは漸く表情が柔らかくなってきた。
ツガイとなってどれだけ経ったのか、本人達も把握していないが、ククは着実にシシのオメガとして心が育っていき、シシの愛だけは疑う事なく受け入れるようになった。
なぜ好きなのかと、シシに確認していたククは、ある意味シシの愛を疑っていて、シシが安易に一目惚れだと言おうものなら、ククはシシを受け入れる事はなかっただろう。
恋の始まりが一目惚れだとしても、シシはククの全てを愛している。
ククは意外にもナルシストなのだが、繊細な部分が多く、陸での出来事で自信がなくなっていた。
そんなククが一目惚れだと聞けば、自分には容姿しか取り柄がないのだと思っていただろう。
だが、ナルシストである事に変わりはないククは、シシが自分をどれだけ愛してるかに気づき、それを知っていたシシも、ククを愛で続けたのだ。
そうして、ククがシシから離れないようになり、笑顔はいまだに見せないものの、昔の明るいククが戻ってきた頃、急な客が宮殿にやって来た。
「クク、部屋に戻ってほしい。客が来たんだ」
シシの目が届く範囲で水浴びをしていたククは、シシに近づいて思いっきり水をかけ、頬を膨らませる。
「シシ、今日は僕と宮殿内を散歩する約束だったのに!」
「その予定だったんだけど、ごめんね」
頬を膨らませるククは、シシの服を掴んで俯く。
ククにとって、シシとの宮殿内の散歩は幸せな時間で、次の散歩の日を約束する日でもあった。
要は、シシとのデートを楽しみにしていたのだ。
「ついて行ったら駄目なの?」
「駄目だよ。分かるでしょ?俺はククを隠したいし、見せびらかす趣味もないんだよ。ククは俺だけのオメガで、俺だけのツガイ」
(シシは僕のことを好きすぎる。いくらなんでも、みんなが僕を好きなる事なんてないのに。匂いの壁を越えられるのはシシくらいだよ)
ククは諦めずにシシの服を引っ張り、シシを水の中へ引きずり込む。
シシはなんの抵抗もなく水の中へ入り、ククを抱き寄せる。
「水の中のククは格別だね。綺麗だよ」
「あ……うっ、うぅ……そうやって言えば、僕が諦めると思ってる?」
ククは頬を赤く染め、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「本当のことを言っただけだよ。ほら、綺麗なククを見られるわけにはいかないから、部屋に行こう」
「連れて行ってくれるの?」
(僕をここに置いて行って、お客さんを優先するのかと思った)
ククが今いる場所は中庭にある深い池で、シシの部屋からのみ監視できる場所でもあった。
その中庭とククの部屋の行き来には、必ずシシが付き添っていたのだ。
ククは一人でも行き来くらいはできると、シシに訴えていたものの、シシがそれを許すわけもなく、ククが一人で行動した事はなかった。
だが、初めての一人行動が、まさかこんな形で実現するとは思わず、デートの予定がなくなった事よりも、客人がきっかけで一人行動を許されたという事が、一番寂しかったのだ。
「あぁ、なるほど。そういう事か……ごめんね、クク。俺の言い方が悪かった。部屋まで送るから、戻って隠れてて。白狼もつけておくから、誰にも見られたら駄目だよ。カーテンは閉めて、部屋の扉は開けずに、姿は見られないようベッドで俺を待ってて」
その言葉に、ククは頬を膨らませながらも赤く染めて頷き、池から出て濡れたまま歩き始めようとした。
しかし、そんなククを白い羽織りで隠すように覆うと、シシはククを抱き上げて部屋まで向かった。
普通であれば、これだけ隠されれば愛されてるどころか、見せるのが恥ずかしい存在なのだと疑ってもおかしくないが、ククはシシを疑わない。
ククにとって、シシの愛は疑う方が馬鹿らしくなるほど、自分が異常に愛されている事は知っているし、疑った瞬間にどうなるかは、身をもって知っていたため、これだけ隠されてもシシの自分への愛を疑おうとは思えなかった。
部屋に着くと、ククはベッドに下ろされて、口づけをされる。
シシの口づけを受け入れるククは、頭の中では別な事を考えていた。
(お客さんって、どんな人なんだろう。ここに来るって事は神様かな。それともモノノケ?どっちにしても、シシとは親しい仲なのかも。シシもお客さんを優先するくらいには、仲良しなんだろうな。まあ、こんなにかっこいいんだし、誘われたり誘ったり……誘う事はないか。誘われたら誘われたで相手してたかもしれないけど。とにかく、これはチャンスだ)
ククは間違いなく愛されていて、ツガイは自分である自覚はあるものの、遊びや付き合い程度の事は、シシならあるだろうと思っていた。
だが、そこには愛がなく、ククに対しては愛がある。
愛のない行為と愛のある行為の違いについて分からないククは、自分はシシを愛していない行為だと思っている。
そしてシシを愛していないと思っているククは、シシの付き合いに文句を言わない。
シシが定期的にどこかへ泊まりに行っても、ククは無表情でシシについた知らない匂いを吸い、シシを受け入れて匂いを覚える。
そんなククが、散歩の約束を破られた事をきっかけに匂いの主を確認して、それを理由に自由を得る事を密かに狙っていた。
この考えが、ククにとっての矛盾であり、無意識に自分を守っていた事をクク自身は知らない。
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