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1.追われるオメガ
しおりを挟む酒臭い匂いとアルファやベータの香りが混じる賑やかな街中を、息を切らしながら走る幼い外見の青年は、色白の肌にうっすら汗を浮かばせ、艶のある黒髪を乱しながら街の外にある海を目指す。
オメガ特有の小さな体に、陸では不利でしかないシャチの尻尾を、左右に一生懸命振りながら走る青年は、獣人達に追われていた。
(ヒィイイ!なんで、なんで、なんで!どうして僕が追いかけられてるの!僕がオメガだとしても、追いかけられた事なんてないのに!)
青年、黒白ノククは、真名を黒白と言い、呼び名をククと言う。
ククはシャチの魚人であり、海底にある魚人の国、流底の第三王子として産まれ育ったが、成人を迎えても体が小さく、狩りをできる立派な男性でもなければ、子を宿せる女性でもなかったため、傷つかぬよう大切に守られて生きてきた。
そんなククがある日突然、詳しい理由を告げられる事なく国を追い出されてしまい、非力なククが弱肉強食の海で生きていけるはずもなかったため、ククは海での生活を諦めて陸へ上がり、新たな世界を目の当たりにしたのだ。
陸には女性が存在せず、遥か昔に滅びてしまったという事。
第二の性であるアルファ、ベータ、オメガという三種類の性ができた事で、オメガであれば男性でも子を宿す事ができるようになり、女性の代わりが産まれるようになってからは、女性の出生率も徐々に下がっていった事。
オメガが女性の出生率を下げた事で、オメガの迫害が起こり、オメガ自体も減少していってしまった事。
そして、そのオメガと唯一ツガイになれるアルファも、オメガとともに減っていった事で人口がいっきに減少し、陸はモノノケだけが増加していくという、崩壊の一途を辿る世界が広がっていた。
そんな陸での暮らしは不慣れな事ばかりだったが、ククは自分がオメガである事や、自分の変わった体には理由があるのだと知り、少しずつ陸での生活とオメガとしての生活に慣れていった。
しかし、ククは魚人であるからか、今ではオメガの迫害がなくなっているにも関わらず、オメガ特有のアルファを誘うはずのフェロモンが生臭いのだと噂されており、クク自身も恋をした事がなかったため、発情期すらきていなかった。
そのため、可愛らしい顔立ちをしていても、アルファやベータから誘われる事もなければ、追いかけられた経験など一切なかった。
そんなククが、今はアルファだけでなく、ベータからも追いかけられているのだ。
「クク、待てよ!クソッ、あんなに遅いくせに、生臭くて近寄れねェ」
「誰でもいい!あいつを捕まえろ!アレは運命のオメガだ!」
(あの獣人達、失礼すぎるよ。僕が臭いなら追いかけてこないでほしい)
陸では最速の獣人だが、嗅覚も良すぎるため、ククはいまだに捕まっていないのだが、何度も生臭いと言われればククも気にしてしまい、目には涙がたまって視界がぼやけてくる。
そうして視界がぼやければ、ククは勢いよく転んでしまい、手足は勿論だが、可愛らしい顔にも傷がつき、血が流れる。
そんなククを捕まえようと、獣人達は鼻をつまみながらククを囲い、泣いているククに獣人達が触れようとした。
だがその時、海から恐ろしい音が聞こえ、大きな波となって街の一部を飲み込み、ククを囲っていた獣人達が海に連れて行かれたのだが、その際に泣いていたククも一緒に流されてしまったのだ。
(この波……母様と姉様?父様と兄様達の気配もする)
ククは家族の気配を感じながらも、自分の力では波から抜け出せず、どこに辿り着くかも分からないまま流された。
普段は明るいククだが、オメガとして傷ついた心は酷く痛み、涙も血も止まらずに暫く流されているうちに、意識を手放した。
(僕は男でオメガ……でも、臭いんだって。オメガっていい匂いがするんでしょ?これから先、ずっと独りで生きていかないといけないのかな)
「――やっと捕まえた」
(ん?誰の声だろう。目が開かないけど、声は聞こえる)
「俺の可愛い運命のオメガ――」
またしても『運命のオメガ』と言われたククは、それを最後に深い眠りにつき、それ以上の言葉をククは聞き取れなかった。
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