異世界でも馬とともに

ひろうま

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第6章 最後の神獣

60-エラスへ

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いよいよ、エラスへ出発する日が来た。
と言っても、エラスまで普通4日掛かるらしいから、僕たちにとっての本番はまだ先だ。
ワーテンからエラスは、魔物対策がメインになるらしい。
行き交う商人も少なく、魔物が多い地帯なので、盗賊はまずいないと考えて良いようだ。
ということで、今回のメンバーは、エルミナのほか、クレア、ステラ、セルリアとした。
クレアやステラが居れば、魔物が近付いてくることはないが、念には念を入れてセルリアに低めに飛んでもらうことにした。
実際には、前回ヴァミリオに譲ったから、今回はセルリアが行きたいと言ったのが大きいんだけど……。

家で待機していると、トリートさんの遣いの人が迎えに来て、馬車の所まで連れて行ってくれた。
「ユウマさん、おはようございます。今日からよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
トリートさんは普通にしているが、他の人は、クレアたちに警戒している感じだ。
ジョーンズさんの所の人たちと違って慣れてないから、この反応が当然かも知れない。
「今回は、ドラゴンさんの、えーと……。」
「セルリアです。」
「失礼しました。セルリアさんも一緒なんですね。心強いです。」
「はい。多少強い魔物がいても、近付いて来ない様に、少し大きくなって飛んでもらおうと思っています。」
「おぉ。それは、良いですね。」
「では、セルリアに少し大きくなってもらいますね。セルリア、お願い。」
「うむ。」
一気に大きくなるセルリア。
大き過ぎて、皆が怖がっているんだけど……。
いや、トリートさんは怖がっていないな。
「セルリア、もう少し小さくて良いよ。低めに飛んでもらうんだし。」
「う、うむ。わかった。こんなもんか。」
「うん。そんなもんでお願い。」
これでも、まだトリートさん以外怖がっているけど、そのうち慣れるだろう。
「いやー、ドラゴンをこんな近くで見たのは初めてですよ!感動しました!」
「そ、そうですか。」
トリートさんが、こんなには興奮するとは意外だ。
実は、ドラゴン好きだったのかな?
皆も、トリートさんの様子に若干引き気味な気がする。
トリートさんは、小さいセルリアは近くで見てるんだけど、矢張りあの状態だとドラゴンらしくないんだろうな。

その日は何事も無く、1日目の目的地である宿場町に到着した。
「いやぁ、こんなに順調なのは初めてですよ。」
「そうなんですか?」
1日目でも、大抵魔物が現れるらしい。
苦戦するような強い魔物が現れることはまずないが、ペースを乱されるので、馬たちも疲れて途中休憩を多く取らないといけなくなるということだった。

そこへ、セルリアが降りて来た。
馬たちがセルリアを怖がるので、馬たちが離れるのを待ってくれたみたいだ。
「セルリア、気を遣ってくれてありがとうね。」
「うむ。馬たちに怖がられるのは、少々辛いからな。」
人間の多くも怖がっているんだけど、そこは気にしないんだな。
「セルリアさん、ありがとうございました!」
「い、いや。我は、特に何もしてない。」
トリートさんが、セルリアに近付いてお礼を言うが、セルリアは戸惑っている感じだ。
「あのー。ちょっと触らせてもらって良いですか?」
「む?あー、ちょっとなら構わぬ。」
「ありがとうございます!」
「あ、こら!ちょっとだと言ったではないか!」
トリートさんは、全身でセルリアにくっついた。
僕もちょっとびっくりしたが、他の人はドン引きしていた。
「セルリアさんにとっては、ちょっとですよね?」
「うぬぅ。」
心なしか、皆さんがトリートさんに向ける視線が冷たくなっている様な……。
今後に支障を来さないか、少し心配になるな。

「いやぁ、お恥ずかしい所をお見せしました。」
「トリートさん、ドラゴン好きだったんですか?」
「子供の頃は、憧れてたんですよ。もう、すっかり忘れてましたが、セルリアさんの勇壮な姿を見て、それが蘇ってしまった様です。」
「うむ。」
隣で、小さくなったセルリアが胸を張っているが、僕はちょっと納得がいかなかった。
「セルリアは、女の子なんだから、可愛いというべきでは?」
「可愛い……ですか?」
「主は、出会った時にもうそう言ってたが、我を可愛いというのは、主位なもんだぞ。」
「えー、こんなに可愛いのに?」
そう言いながら、セルリアの頭を撫でた。
「むー。」
「仲がよろしいですね。羨ましいです。」
「はっ!」
トリートさんがニヤニヤしているのに気付き、慌てて手を引っ込めるのだった。

~~~
予定通りいけば、今日が移動最終日だ。
何事も無く進んでるとはいえ、馬たちも疲れが見える。
「今日で移動は終わる予定だから、もう一頑張りしてね。」
馬たちに声を掛けていくが、皆何も言わない。
反応はしているので、言ってることは通じていると思う。
普通の馬はあまり話をしないのかも知らないけど、これまで会った馬は結構話をしてたので、逆に新鮮に感じる。
今日も順調に進み、エラスの門が見える所までやって来た。
太陽の位置からすると、多分ちょうどお昼位だ。あまり自信はないけど……。
「ここからは、セルリアさんには小さくなって歩いてもらった方が良いでしょうね。もう、強い魔物は現れないでしょうし、今のままだと脅威とみなされてしまうかも知れません。」
「そうですね。あれ?セルリアがエラスの近くまで行くのは、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。護衛に従魔を連れた冒険者もそこそこいるので、街の中に入ろうとしない限り問題有りません。」
「そうなんですね。わかりました。」
セルリアに伝えて、降りて来てもらう。
セルリアが小さくなると、トリートさんは残念そうにしてたが、ここは見ない振りをしておこう。

門の前には、馬車が並んでいて、トリートさんの馬車もその後に並んだ。
前に並んでいた馬車は5台なので、恐らく2つの商隊だろう。

街に入る前のチェックでは、ちょっと緊張したが、僕も護衛ということで、問題なく入れた。
セルリアたちはちょっと注目を浴びたが、登録された従魔ということで特に問われず、拘束されることもなかった。
知能が高い従魔は、街の外で自由に待機しても良いということだった。
なぜか、こういうところは、寛容なんだな。
エルミナは、普通の馬として、一時的に門の側にある厩舎に入ってもらった。
『エルミナ、こんな所に入ってもらってごめんね。すぐ来るからね。』
『私は気にしないです。』
少しの時間とは言え、エルミナを厩舎に入れるのは心苦しいが、仕方ないな。

「それでは、そろそろ行きましょうか。」
「わかりました。」
僕もトリートさんたちの荷下ろしを手伝って、依頼達成のサインをもらった。
これから、エルミナの元飼い主の所に行くらしい。
「ところで、セルリアさんにも来てもらって良いですか?」
「構いませんが、なぜですか?」
「力を示すためと、もう一つ。」
「もう一つ?」
「セルリアさんの鱗を交渉に使えないかと……。」
「えっ?」
「相手が渋った時に、協力したらセルリアさんの鱗を譲るという条件を付けるのです。あ、もちろん、譲るのは自然に剥がれた時ですよ。」
「なるほどです。セルリアに聞いてみる必要が有りますね。」
「もちろんです。ユニコーンの角も良いですが、今まだ再生し切ってないみたいですので。」
「……。」
クレアの角を僅かに削ったのを気付かれていたとは。
さすが、商人というべきか……。

~~~
そうこうしているうちに、元飼い主の家に着いた。
街の中なので、エルミナやセルリアは連れて来てない。
それにしても、大商人の家だけあって、豪邸だ。
トリートさんが呼び鈴を鳴らすと、使用人らしき人が出て来た。
「どちら様でしょうか?」
「ワーテンで商人をしているトリートと申します。ご主人様に、息子さんの件でお話に参ったと伝えてもらえれば、わかると思います。」
「……少々、お待ち下さい。」
あれで大丈夫なのか不安だが、ここはトリートさんに任せるしかない。
少しして、年輩の人が出て来た。
スタイルが良く、身なりもしっかりしている。
雰囲気からしても、この人がここの主人だろう。
勝手に、太っている人を想像してたから、意外だ。
「トリートさん、あの話は信じないと言ったはずですが。」
「はい。ですので、本日は当人を連れて来ております。」
「当人?」
「馬なので、当人というのは微妙ですけどね。」
「そんな事信じられる訳が……。」
「ルフレが来てるのですか!?」
ん?誰か割り込んで来た。これが、エルミナの元飼い主か?
「ルフレというのは、馬の名前ですか?今はエルミナさんと言って、このユウマさんの奥さんですけど。」
「奥さん……?」
僕を羨ましそうな目で見ないで!
「ここは街の中なので連れて来れませんが、別宅なら連れて行けますよ。」
「是非、お願いします。」
「お前、何を言ってるんだ!嘘に決まってるだろう!」
「父さん。嘘だったら、この人たちを懲らしめてやれば良いでしょう。もしかしたら、本当かも知れないじゃないですか。」
「う、お前がそう言うなら……。」
この人頑固そうだけど、息子には甘いみたいだな。
あと、息子さん、エルミナのことを本当に好きだった様だ。
エルミナから聞いてた印象と違うな。

その後、エルミナの元飼い主とその父親と一緒に、エルミナの所に行った。
そういえば、この人たちのまだ名前も聞いてないけど、まあどうでも良いか。
「ルフレ!」
「あなたは!?」
「しゃべった!?」
エルミナを見た途端、元飼い主は慌てて近寄って名前を呼んだ。
エルミナがしゃべったのに驚いているけど、当たり前だろうな。
「やはり、息子さんの馬で間違いない様ですね。」
「う、うぬ……。」
満足した様子のトリートさんに対し、渋い顔をする元飼い主の父親。
この場面を見たら、言い逃れはできないよね。
「ここでは何ですから、別宅で話をさせて下さい。」
「わかりました。」

街の外で、セルリアと合流して、エルミナの元飼い主(の父親)の別宅に向かった。
どうでも良いと言ったけど、名前わからないと不便だ。やっぱり、名前は大事だな。
セルリアを見た親子は驚いていたが、さらにトリートさんに言われてセルリアを元の大きさに戻した時は、さらに驚いていた。
驚いているだけでなく、確実に怯えも見えたが、それが普通かも知れない。
トリートさんが(僕もだけど)普通ではないのだと思う。
まあ、親子の反応を見ると、トリートさんの思惑通りという感じかな。
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