異世界でも馬とともに

ひろうま

文字の大きさ
上 下
13 / 94
第1章 異世界転移

閑話1~ルナの想い~(ルナ視点)

しおりを挟む
元の世界にいたとき、私は普通の馬だった。
私は、物心付いたときから人間に育てらていたため、自分の本当の親のことをほとんど覚えていない。
だからと言って、自分の親だと思える人間もいなかった。
なぜなら、私の世話をする人は何人かいて、その人たちは私以外の多くの馬の世話もしていたからだ。

ある程度成長すると、私たちはとにかく速く走るようにトレーニングされるようになった。
他のことも覚えさせられたが、速く走ることが最優先という感じだった。
私は、同い年の他の馬たちと比べると、速く走ることは得意ではないし、好きでもないことがわかった。
中には、競争心が強い馬もいたが、私はそういう気持ちもなかったのだと思う。

しばらく、走ってばかりの生活だったが、ある時から生活が一変した。
それは、決まった男の人が世話をしてくれるようになってからだ。
私は、すぐに、彼がわたしの親代わりの人なのだと理解し、これまで感じたことがない安らぎを感じた。
彼は優しくて、私に速く走ることを要求しないし、普段は甘えても受け入れてくれた。
トレーニングの時はちょっと厳しくて、大変なこともあったけど、頑張ったら褒めてくれるし、何より彼が喜んでくれるのでやりがいがあった。
あと、彼の言葉はほとんどわからないが、乗せている時は彼の求めることが直接伝わってくるのも嬉しかった。

いつからだろうか、私は彼のことは親ではないと思うようになった。恐らく、私がより成長したからだと思う。
親ではないなら何なのかと言われると、説明し辛いが、一緒に歩んでいく相手という感じだった。
この頃には、もう彼のいない生活は考えられなくなっていた。

~~~
彼は、私を時々散歩に連れて行ってくれた。
散歩中は、彼と二人きりでいられるのでとても嬉しい。ただ、どうしても草を食べるのに夢中になってしまうのは、馬のさがなのでどうしようもなかった。

あの日も、彼が散歩に連れて行ってくれたのだが、彼の様子が突然変わった。
そして、いつもは行かないような所へ向かった。もちろん、私を引いたままで。
そこは薄暗くて不安を感じる場所だったが、彼が一緒だということで、落ち着いていられた。

しばらくすると、辺りが明るくなった。
彼を見ると、一段と明るい場所をじっと見つめていた。
次の瞬間、ものすごい光とともに衝撃が襲って来て、私はくらっとした。
私が覚えているのは、彼が私の頭を包むように抱いてくれたところまでである。

どうやら、あの後意識を失ったらしい。
気づいたら、別の場所にいて、彼――今なら、ご主人様というべき人だとわかる――が誰かと話しをしていた。不思議なことに、話している内容が理解できる。これまで、人間同士が何を話しているのわわからなかったのに……。
話を聞いていると、どうやら私たちは元の世界で死んで、別の世界に行くらしい。

「……ルナといったか、お主は彼女に着いていって、望みを告げるが良い。」
急に名前を呼ばれたので驚いた。彼女というのは、馬女神という神様(?)のことらしい。
彼女に連れられて、少し離れた所にいくと、彼女が話し掛けてきた。
「聞いていたと思うが、私がお前の望みを聞こう。望むことを言うが良い。」
「え?望みですか?」
これまで、そんなことは考えたことがなかったので、戸惑った。
美味しい草を思う存分食べたいという願いはあるが、今はそういうことを聞かれているのではないはわかる。
困ってしまったが、ふと思い付いたことがあった。
「私は、ご主人様とずっと一緒にいられるのを望みます。そして、ご主人様の期待に応えられる力が欲しいと思います。」
「忠犬か!……失礼、なんと健気な……。お前は、彼のことを愛しているのだな。」
「えっ?」
元の世界でもご主人様に好意を持っていたが、今はそれとは違う好意、すなわち恋愛感情と呼ばれるものであることがわかった。
「はい。愛しています。」
「よろしい。お前に私の加護を与えよう。」
「ありがとうございます。」
加護の意味がわからなかったが、きっと私のためになることなのだろう。
「お前には、既に人間と同等の知能とそれなりの知識を与えてある。それと、獣神様からも加護を与えるように委任されている。この加護により、お前は他の種族とも会話ができる。だから、向こうに行ったら彼と主人と夫婦のように振る舞え。お互いの思いが同じであれば、本当の夫婦になれるはずだ。」
「わかりました!」
夫婦という概念も、元の世界の私にはなかったものだが、不思議と意味がわかった。

「ユウマ、お前は幸せ者だねぇ。」
「はい?」
彼女と一緒にご主人様のところに戻った時、彼女はご主人様ににそう言った。
ご主人様には、何のことかわからなかったようだ。いきなりそんなことを言われたら、当然そうなるだろう。
そう言えば、ご主人様は『ユウマ』という名前らしい。これまで、名前なんて意識したことはなかった。
『ルナ』というのも、「私のことをそう呼んでいるのだろうな。」と何となく思っていた程度だったし……。
「まあいいさ。そうだ、お前にも私の加護を与えよう。」
「え?ありがとうございます。」
「準備ができたようじゃな。それでは、転移を行う。」
男の人がそう行った途端、ご主人様と私の周りに何やら模様が描かれ、直後に強い光に包まれた。

~~~
気づくと、銀色の髪に黒い目をした男の人が近づいて来ていた。
私は、それがご主人様だとわかった。
「大丈夫?……ルナ。」
「大丈夫よ、ご主人様。」
私は頭をご主人様の胸に擦り付けながら答えると、ご主人様は驚いていた。
『ご主人様』と呼ばれるのは抵抗があったみたいなので、なんとなく恥ずかしかったが『あなた』と呼んでみた。
「『あなた』って、その……夫婦みたいだね。」
「あら、もしかしていや?」
「いやなわけないじゃない。すごく嬉しいよ!!」
≪お互いの意思を確認しました。結婚を承認します。≫
どうやら、馬女神様のいう通りだったらしい。

クレアとステラが従魔になるというハプニングがあったが、クレアの気遣いで、夜は彼と二人きりになれた。
私の前肢の間で幸せそうに寝ている彼を見て、私は彼と夫婦になれたんだと実感した。
「これからもよろしくね、あなた。」
私は、彼に口づけをした後、眠りに就いた。
しおりを挟む

処理中です...