異世界でも馬とともに

ひろうま

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第1章 異世界転移

1-プロローグ

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『……に住む○○さんが、一昨日の朝から行方がわからなくなっています。警察によりますと……。』
「ん?クラブの近くだな。」
朝のニュースを見ていると、ふと僕が勤める乗馬クラブのある地名が聞こえた。

~~~
僕の名前は、五十嵐いがらし悠馬ゆうま。 35歳で独身。

独身なのは出会いがないというのもあるが、あまり女の人に興味ないというのが大きい。 
学生時代、友達は道行く女性などを見て、『あの娘可愛いな。』とか『すげぇ美人だ。』とか言ってたりするが、僕にはその感覚がわからなかった。

僕はまだ小さいうちに両親に先立たれ、子供がいなかった親戚の家に引き取られた。
その親戚は夫婦で事業をやっており、常に忙しくしていて、僕はほとんど独りで過ごした。
そのため、その夫婦とは話をすることもあまりなく、距離を感じていた。
学校ではいじめられたりしたが、それも相談できず、人間不信に陥っていった。

親戚の事業はそこそこ成功していて、お金はあったのだと思う。
僕が寂しくないように、犬や猫を買ってくれた。
元々動物好きだった僕には、犬や猫と一緒にいる時間だけが楽しく感じた。
その状態が思春期まで続いたせいで、恋愛の対象が人間ではなく動物になったのではないかと思う。

あれは、確か高校2年生のときだった。初めて馬を近くで見る機会があり、衝撃を受けた。
「馬って、なんて魅力的な動物なんだろう。」と。
その後、親戚の人にお願いして乗馬クラブに通わせてもらい、高校卒業後はそのまま乗馬クラブに就職した。
現在では、馬4頭のトレーニングを担当している。

大会などで、他の乗馬クラブの馬を見る機会が結構あるが、たまに牝馬を見て『あの馬可愛い。』とか『すごく綺麗な馬だな。』とか思うことがあった。
そして、ある日ふと気づいた。普通の男性はを女の人に対してこういうことを感じるのだということに。

僕のメインは馬のトレーニングと厩舎作業であるが、人手が足りないときはレッスンも見るので、苦手ではあるが会員さんとの日常会話もする必要がある。
僕はほとんどテレビは観ないが、ある程度会員さんと話しを合わせるために、朝のニュースは観ている。
観ているというより、出かける準備をしながら聞き流しているという感じに近い。
そのため、最近、全国で行方不明者が急増していることが話題になっていたのは知っていた。

ニュースの続きを見ていると、今回の件もそれと関係がある可能性があると伝えていた。
その理由は、「行方不明者に共通する謎の書き置きがあった」かららしい。
どんな書き置きなのか気になるが、その内容はニュースで取り上げられたことはない。
なお、今回行方不明になった人の写真も公開されていたが、僕は見たことがない人だった。

~~~
その日の夕方、今日のトレーニングが終わって、少し時間が空いたので、ルナと散歩に行くことにした。

ルナというのは、僕の所有馬で、小柄なサラブレッドだ。
担当している馬たちとは別に、乗馬クラブに置かせてもらっており、普段は仕事の合間に時間を見つけて乗ったり一緒に散歩したりしている。

乗馬クラブの馬の大半がそうであるように、ルナも元競走馬だ(競走馬時代はもちろん別の名前だった)。
引退した競走馬は、ほとんどが処分されてしまう。
特に牡馬は、種牡馬になるのは相当の成績を残す必要がある。
種牝馬はまだ多いが、それでも繋養できる頭数には限りがある。
種牡馬や種牝馬になれなかった馬の次の候補は、乗馬用の馬になることだ。
日本においては、最初から乗馬用の馬として育てられる馬は少ないため、大抵は競走馬からの転用か海外からの購入ということになる。
しかし、日本は乗馬人口が少ないため、必要な馬もそう多くはない。

僕は何頭もの引退競走馬を乗馬用に再調教してきたが、競馬でそこそこの成績を残した馬の方が調教しやすい傾向にある。
そういう馬は、大抵頭が良く、人が求めていることをよく理解できるからだ。
また、当然身体能力も高いので、馬術競技でも力を発揮する。
もちろん、例外もある。
気性が荒く扱いが難しい馬や、頭が良いために指導者が乗っている時は良くてもお客さんが乗ると勝手なことばかりする馬などである。
一方、競馬では全然勝てなかった馬でも、乗馬には向いている馬もいる。
「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」という言葉があるが、本当に乗ってみないとわからないことも多い。
とは言え、手当たり次第引退競走馬を引き取る余裕もないし、引き取ったにも関わらず乗馬に向いていなかったからと出してしまうのも心苦しい。
僕は過去引退競走馬を何頭も引き取っているために、引き取りを打診されることも多いが、そういうことで断らざるを得ない場合もある。

話が逸れてしまったが、ルナの話に戻そう。
ルナは、サラブレッドには珍しい月毛だった。
ちなみに、月毛というのはサラブレッドの毛色としては認められていないため、登録上は栗毛になる。
彼女は被毛が珍しい色というだけでなく、非常に美しかったため、デビューした時はかなり注目された。
競馬にあまり詳しくない僕でも、知っていたほどだ。
僕は彼女を初めて見た時、彼女に一目惚れしてしまった。
被毛の美しさはもちろんのこと、顔は可愛さとともに品を感じたからだ。

しかし、彼女は競走馬には向いておらず、結局未勝利で引退した。
運良く、彼女の所属する厩舎とは僕もお付き合いがあったため、彼女が引退するのを知ってすぐにその厩舎に彼女を引き取らせてもらえるようお願いしに行った。
オーナーさんも、厩舎の口利きに加え、僕の思いも感じてくださったのだろう、快く引き取りを許可してくれた。
乗馬クラブにも、彼女を自分の馬として受け入れたい旨を伝え、了承してもらった。
これまで、僕は自分の馬は持っていなかったが、そろそろ自分の馬を持っても良いのではという話が出ていたところだったので、すごくタイミングが良かったと思う。
こうして、彼女は僕の所に来ることになったのである。

実際彼女に出会ってみると、競走馬として見た時よりかなり幼い印象を受けた。
考えてみると、年齢からしてまだ子供である。
そんな彼女に一目惚れした僕は、ロリコンということになってしまうが……。いや、馬だからセーフだろう。

彼女はすぐに僕に懐いた。
僕を親のように思っているのか、必死で僕に着いてこようとするのがすごく可愛かった。
僕は、彼女のことを一生大事にしようと心に誓ったのだった。

~~~
「散歩行こうかルナ。」
「ブルル!」
厩舎から連れ出そうとすると、ルナが嬉しそうに僕に頭を擦りつけて来た。可愛い!
言葉が通じている訳ではないだろうが、僕の声や仕草から、これから散歩に行くのがわかるのだろう。本当に、ルナは頭が良い。

乗馬クラブの外へ出て、いつもの散歩コースを、草を食べさせながら歩いて行く。今は初夏なので、草も豊富にある。 僕は、こののんびりした時間を大事にしている。ルナは草を食べるのに夢中だけど(笑)。

「あれ?」
散歩コースも終わりに近づき、厩舎が見え始めた頃、山の中へ入って行こうとする人が見えた。
後ろ姿だけしか見ていないが、服装と髪型からして、恐らく男性だろう。
なお、服装はスーツのような感じで、山に入るには相応しくないように思えた。
あの山は立ち入り禁止になっているし、特に何かあるとは聞いていない。
僕はその山の関係者ではないので、無視しても構わないのだが、なぜかやけに気になり、木の陰に隠れて見ていた。
その人は正に山に踏み入ろうとする瞬間、足を止めて辺りを見回した。
少しだけ見えたその人の顔に、僕は見覚えがあった。
一瞬どこで見たのかわからなかったが、直ぐに思い出した。
朝テレビで見た、行方不明者に似ていたのだ。
同一人物という確証はないが、余計に気になって、無視できなくなってしまった。
ルナを連れて山に入るのは気が引けたが、一度連れて帰っていたら男の人を見失うだろうし、かと言って、その辺りに放しておく訳にもいかない。

そんなに歩かないうちに、前方にうっすらと白く輝いている場所が見えてきた。
山の中は薄暗いのに、そこは不自然な明るさがあった。
どうやら、男の人はそこへ向かっているようだ。

しばらく進むと、目の前が一段と明るくなった。
そして、男の人は光の発生源と思われる場所に入って行った。
木の陰からこっそり中の様子を伺うと、そこは開けた場所で中央に光を纏った大きな木があった。
その木には、しめ縄が張ってあり、白い紙――確か紙垂しでっていうのだったと思う――が垂らしてあった。
乗馬クラブの近くにこんな場所があったなんて知らなかった。
まあ、立ち入り禁止の山の中だから、知らなくて当然なのだが……。
そんなことを思った次の瞬間、ものすごい光とともに衝撃が襲って来た。
僕はとっさにルナを庇おうとしたが、急に視界が歪みだして、僕は意識を失った。
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