螺旋邸の咎者たち

センリリリ

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29. 咎者たちの家

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 あの日から、ちょうど一か月後、爽希さんは警察に出頭した。
 会社のことを引き継いだり、あれこれの手続きを済ませてからにしたからだ。
 雲雀さんも、あたしも、その短期間に、必死で会社の色々なことを覚えなくちゃならなかった。
 でも家にさえ帰れば、おいしい料理と温かいお風呂、清潔で整えられたベッド、そういった快適な生活を、志麻さんがいつでも準備していてくれて、心に潤いを与えてくれた。
 家庭、という言葉を、これほど身に沁みるように感じたことはない。
 心身ともにクタクタになっても、あたしは幸せだった。

 帰る場所がある。
 笑顔で迎えてくれる人がいる。
 自分が抱えていた罪を知ったうえで、受け入れてくれる人がいる。

 こんな生活を送ることのできる日が来るなんて、今までの人生で、一度も期待できたことなんてなかった。
 会社はそもそも取引先が安定しているので堅調のままだったし、雲雀さんは聡明で、あっと言う間に幹部たちの信頼を得ることもできた。
 爽希さんも、過剰防衛という判断になって、三年六か月というあまり長くはない刑期になった。
 面会にもマメに行き、仕事上の色々なアドバイスももらえる。
 芙蓉さんも、さすがにもう手出しはしてこなくなったようだった。
 つまりはまあ、順調、と言ってもいい生活に落ち着いていた。


 それから、あたしに関していえば、書くことも続けてる。
 堀田さんとは縁を切ったけど、そのあと鏑木さんの紹介で、季刊の小さな地域情報誌の取材コラムを書かせてもらうことになった。
 掲載料なんて雀の涙だし、内容は生活に根ざしたお店やイベントの紹介といったところだけど、今のあたしには、そういうものに関わってる人たちの話を聞くことがとても楽しい。
 こういう記事を書いていると、母が楽しそうに育児日記を綴っていたのが、なんだかわかるような気がする。
 それに結局、今まで評判がよかった記事も、そういう生活に根ざしたものだったから、結局あたしにはそういうのが向いていたんだろう。
 スケジュール的にもなんとかやりくりできる範囲なのがありがたかった。



 そんな頃、あるひさしぶりの休みの日のことだった。
 あたしは重要な契約書をしまいに、螺旋階段の上の部屋へと入った。
 今のところはここへの用事はあたしがやっているけど、もうすこししたら、エレベーターを設置しようという話になっている。
 そうすれば、雲雀さんも出入りできるし、あたしだって楽だ。
 降りる途中、あたしは好奇心にかられて、例のからくりを改めて見てみることにした。
 実は、これをなくす話も一度は出た。
 でも、よくよく考えたら、たしかに防犯上の役に立つことはありそうだという結論になり、そのままにしておくことにした。
 ちなみに集音管は、詰め物をして音が聞こえないように応急処置をしてある。
 仕掛けを作動させるやり方も、前は爽希さんしか知らなかったけど、今はこの家に住む三人全員が教えてもらっている。
 ただ、実際にやってみたことはないので、一度実践してみようと思った。
 自分が落ちたらシャレにならないので立ち位置に気をつけながら、まず、手すりの裏側の板を上方にずらす。
 見た目ではわからないようになってるけど、この部分だけ寄木細工になってるのだ。
 そうすると、露出した部分に、木の筒状になったものの一部が現れる。
 これを回すと、空洞が出てくる。
 そこには、短い縄の端があって、それを思い切り引くと、階段一段ぶんの手すりと支柱が、一気に外れる仕組みになっているのだ。

 ただ……。

 実際にやってみて、あたしは疑問を感じる。

(これ、とっさに駆けつけた人間が、すぐにはずせる作りじゃない気が……)

 あたしは、このあいだと同じように、空いた隙間から下を覗き込んだ。
 そこに、また、雲雀さんがいつの間にかいて、こちらを見上げている。
 正直、ギョッとした。
 だって……。

「わかった、のね」

 雲雀さんの、低い声。

「雲雀さん……」

 あたしは、言葉を続けられなかった。
 だって……。

「そうよ。あの男を落としたのは、あたし。そのからくりのこと、兄さんが帰国して同居するより前に、父に教えられてたの。でも兄さんは、あたしを庇って、刑務所に行った」

 あたしはゆっくりと、螺旋階段を降りていく。
 そのあいだに、雲雀さんの頬には涙が流れていた。

「兄さんは、バカよ。あたしが出頭する、って言ったのに。おまえに刑務所生活は無理だよ、なんて言って……」

(そこまで……)

 爽希さんの深い愛情に、あたしは自分の身体が、震え始めているのに気づいた。

(家族の愛情って、そこまで深いものなのか……。自己犠牲すら、厭わないほどに)

 家族を知らないあたしにとって、これはあまりにも衝撃的だった。
 衝撃的すぎて、自分のなかに膨らんでくる感情が、なんなのかわからない。
 わからないまま、震える腕で、静かに涙を流す雲雀さんを抱きしめた。


 罪を赦しあう、罰すら庇いあう、この家に暮らす人間のひとりであることに、誇りすら感じながら。
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