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28. 『家族』
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爽希さんの提案した取引は、あっけなく成立した。
結局、正嗣くんについてのことが、芙蓉さんを説き伏せる決定打になったみたい。
なんのことはない、愛人だのなんだの言って難癖つけてた張本人が、不倫の子を産んでたというわけだ。
そこを追及されたら、今の立場すら怪しくなりかねないことは、自身が一番よくわかっていたんだろう。
(しかしまあ、そんな環境で、よく正嗣くんがあんなにまともに育ったものだ)
かえって感心してしまった。
たしか大基さんばっかりにかまけて、あまり愛情を注いでくれなかったと言ってた。
そして、それがよかったのかもしれない。
(すっごい皮肉な話だけど)
そして、あたしはと言えば。
大胆にも、申し出てしまった。
「あたしも雲雀さんに協力します。させてください。小さな町工場だったとはいえ、経理関係の仕事の経験もあるので、お手伝いできることもあると思います」
「しかし……」
爽希さんは迷う表情になった。
なんでなのかは、あたしだってわかる。
「堀田さんたちとは、これっきり、縁を切ります。今さら信用してくれ、と言うのも図々しいかもしれませんが」
「いや、そっちじゃなくて……。あ、ああ、でも、そっちもですけど」
爽希さんが言いよどむ。ちょっと、らしくない。
一見冷静に見えるけど、実はそれくらい、混乱しているみたいだ。
「いいんですか。犯罪者の出る家に関わるなんて」
(そんなこと、どうだっていい)
さすがに口には出せなかったが、それが、実はあたしの本音だった。
だって……。
(もう、嫌だ)
思い出したのは、町工場の経営者一家とのこと。
(もう、『家族』を失うのは、嫌だ)
そうだ。
あたしは今、自分が一番欲しかったものがなんなのか、はっきりとわかった。
疑似でもいい。
血をわけあってなくてもいい。
ただ、『家族』と呼べるもの。
それがずっと、欲しかったんだ。
それを手に入れたかもしれない、と思ったのに、あっというまに指のあいだ零れ落ちていった、あの感覚。
あれをもう二度と、味わいたくなかった。
(それぐらいなら、いくらでもしがみついてやる)
そう。
善意、じゃない。
あたしはあたしの身勝手で、この家に関わろうとしているだけだった。
「気にしません。爽希さんが償いを終えるまで、雲雀さんたちと一緒に、待っていられます」
この家の人たちが好きなのも、たしかではある。
でもそれにはいつしか、執着のようなものが混じってきていたんだろう。
それを、今、感じている。
(ああ、あたしって、こんなに欲深かったのか)
あたしの異常な熱量が、伝わったのだろうか。
爽希さんは何度も目を瞬かせ、どう答えていいのか、ためらっているようだった。
「兄さん」
雲雀さんが、横に立つ志麻さんの手を握りながら言った。
「あたしは、棗さんを信用したい。……それに結局、うちの秘密を知られた以上、このまま放り出すわけにもいかないでしょ」
あたしはこの時ほど、雲雀さんたちが『正義の人』じゃなかったことに、胸をなでおろしたことはない。
あたしの罪も、だから、見逃してもらえる。
やり直す機会を、与えてもらえる。
そう。
螺旋邸に、清廉潔白な善人はいない。
そのことに、感謝する。
結局、正嗣くんについてのことが、芙蓉さんを説き伏せる決定打になったみたい。
なんのことはない、愛人だのなんだの言って難癖つけてた張本人が、不倫の子を産んでたというわけだ。
そこを追及されたら、今の立場すら怪しくなりかねないことは、自身が一番よくわかっていたんだろう。
(しかしまあ、そんな環境で、よく正嗣くんがあんなにまともに育ったものだ)
かえって感心してしまった。
たしか大基さんばっかりにかまけて、あまり愛情を注いでくれなかったと言ってた。
そして、それがよかったのかもしれない。
(すっごい皮肉な話だけど)
そして、あたしはと言えば。
大胆にも、申し出てしまった。
「あたしも雲雀さんに協力します。させてください。小さな町工場だったとはいえ、経理関係の仕事の経験もあるので、お手伝いできることもあると思います」
「しかし……」
爽希さんは迷う表情になった。
なんでなのかは、あたしだってわかる。
「堀田さんたちとは、これっきり、縁を切ります。今さら信用してくれ、と言うのも図々しいかもしれませんが」
「いや、そっちじゃなくて……。あ、ああ、でも、そっちもですけど」
爽希さんが言いよどむ。ちょっと、らしくない。
一見冷静に見えるけど、実はそれくらい、混乱しているみたいだ。
「いいんですか。犯罪者の出る家に関わるなんて」
(そんなこと、どうだっていい)
さすがに口には出せなかったが、それが、実はあたしの本音だった。
だって……。
(もう、嫌だ)
思い出したのは、町工場の経営者一家とのこと。
(もう、『家族』を失うのは、嫌だ)
そうだ。
あたしは今、自分が一番欲しかったものがなんなのか、はっきりとわかった。
疑似でもいい。
血をわけあってなくてもいい。
ただ、『家族』と呼べるもの。
それがずっと、欲しかったんだ。
それを手に入れたかもしれない、と思ったのに、あっというまに指のあいだ零れ落ちていった、あの感覚。
あれをもう二度と、味わいたくなかった。
(それぐらいなら、いくらでもしがみついてやる)
そう。
善意、じゃない。
あたしはあたしの身勝手で、この家に関わろうとしているだけだった。
「気にしません。爽希さんが償いを終えるまで、雲雀さんたちと一緒に、待っていられます」
この家の人たちが好きなのも、たしかではある。
でもそれにはいつしか、執着のようなものが混じってきていたんだろう。
それを、今、感じている。
(ああ、あたしって、こんなに欲深かったのか)
あたしの異常な熱量が、伝わったのだろうか。
爽希さんは何度も目を瞬かせ、どう答えていいのか、ためらっているようだった。
「兄さん」
雲雀さんが、横に立つ志麻さんの手を握りながら言った。
「あたしは、棗さんを信用したい。……それに結局、うちの秘密を知られた以上、このまま放り出すわけにもいかないでしょ」
あたしはこの時ほど、雲雀さんたちが『正義の人』じゃなかったことに、胸をなでおろしたことはない。
あたしの罪も、だから、見逃してもらえる。
やり直す機会を、与えてもらえる。
そう。
螺旋邸に、清廉潔白な善人はいない。
そのことに、感謝する。
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