螺旋邸の咎者たち

センリリリ

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25. 螺旋邸ふたたび 2

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 それで、あたしは志麻さんの困惑に気づかないふりをして、玄関を入った。
 最初に目に入るのはやっぱり、例の大きな螺旋階段なんだけど、あたしはそれも見ないふりをして、奥のリビングにまっすぐ向かった。
 部屋の中央には、雲雀さんがいた。
 車いすの背もたれには触れず背筋をしゃんと伸ばし、鋭い眼光でこちらを見ている。
 でも、不思議だった。
 目つきは今まで見たことないほど厳しいものではあったけど、そこに、拒絶の色はないように見える。
 少なくとも、あたしに対してきちんと対しようとしてくれてる意志は感じる。
 だからあたしも、背筋に力を入れ、まっすぐに雲雀さんを見つめ返した。

「ご無沙汰してます」

「そうね」

 雲雀さんは重々しく頷いた。

「あれから新しい人も雇ってないから、不便でしかたないのよね」

「それは素直にすみません」

 あたしは頭を下げる。

「兄さんも自分の人を見る目に自信がなくなっちゃったみたいだし、あたしも、また新しい人を迎え入れて気を遣うのもなんだか億劫で。志麻さんが色々手伝ってはくれるけど、負担が増えてるわけだから、そろそろ考えなきゃいけないんだけどね……」

(ああ、トラウマみたいになっちゃったのか)

「私のせいですね。本当に申し訳なかったです」

「……ただねえ」

 雲雀さんは、小首をかしげる。

「あなた、本当にうちのこと、スクープにするつもりだったの」

 たしかに、疑問に思われてもしかたない。
 実際、今でもあんまりそれに関してはやる気が起きない。

「どうして、そう思うんですか」

「だって、別に根掘り葉掘り訊かれたりしなかったし、この家のことを調べてる感じ、なかったから……」

「この家のことって、これのことですか」

 あたしは思い出して、例のポラロイドをバッグから出した。
 手渡されても、それがなんなのかわからないうちは、雲雀さんも淡々とした表情だ。
 でも、写っているものを理解した瞬間、顔色が変わった。

「これ、どこで手に入れたの」

「知り合いから」

 一瞬にして、場の空気が変わったのを感じた。
 あたしが一方的に責められる側から抜け出し、対等な立場になったからだと思う。
 つまり、雲雀さんたち側だって、責められる要因があったでしょう、ということだ。
 別に、今のところ、糾弾するつもりはない。
 でも、これで、話を聞いてもらえるだろう。
 そう思うと、持ってきてよかったと思えて、申し訳ないといえば申し訳ない。

「私の言動なんかも、この集音管とやらで、聞くことができたんですか」

 雲雀さんは固い表情のまま、おし黙っている。
 あたしはこれについて、そこまで追及するつもりはないことを伝える必要があると考えた。

「それがあったから、私を信用してくださっていた、と、そう解釈していいんでしょうか」

「えっ」

 あたしの言ったことがあまりにも意外だったのだろう。
 いつも冷静な雲雀さんらしくなく、とっさに声をあげた。
 まあ我ながら、能天気な解釈だと思う。
 でも、落ち着いて考えてみると、そうとしか思えない。
 離れで偶然会った爽希さんと会話した後から、軟化した態度。
 そのときは不思議な偶然だと思ったけど、今考えたら、いくらなんでもタイミングがよすぎる。
 
「でもそもそも、なんでこの家はこんな構造になってるんですか」

 あたしは螺旋階段でのことについて触れるまえに、まずはそこから訊いてみることにした。

「この家は、もともとはあたしたちの母が、父にもらったものだった」

 雲雀さんは説明を始めた。

「本当は、二人の新居になるはずだったんだって。でも、父は地方の名家の出で、故郷には親が勝手に決めた許嫁いいなずけがいた。まあ、芙蓉さんのことだけど。だから、結婚を先に済まして既成事実を作るまでは実家にバレないように、母の名義にしたそうなの」

(うわあ、どこかで聞いた主婦向け実録ものみたい。あるんだなあ、そういうの)

 あたしの頭のなかが見えたみたいに、雲雀さんは皮肉な笑みを浮かべる。

「で、結婚間近に、妊娠してることがわかった。……兄さん、ね。それで、急いで実家に報告に行くことにしたらしいの」

「ケジメをつけようとしたんですね」

「ところが、なのよね」

 雲雀さんの笑みの苦みが、さらに深くなる。

「拉致られちゃったらしいのよね、そのタイミングで」

「はあ!?」

「まあ、実家だから、拉致って言葉はおかしいのかもしれないけど。一年間、座敷牢に軟禁されたとかなんとか」

「えええ……」

 ちょっと信じがたい話だった。
 でも雲雀さんはしごく真面目な様子だし、やっぱり、現実にあったことのようだ。

「そのあいだに、薬を盛られたとかなんとかで、芙蓉さんとのあいだに子供を作らされて、役場に婚姻届けも勝手に出されて……。戻ってきたときには、既婚者になってたってわけ。母はそのあいだに、しかたないから自分ひとりで出産を済ませたらしいけど」

「じゃあ……、雲雀さんたちのお母さまって……。芙蓉さん、あんな言い方してるけど……」

「そう。愛人だったわけじゃないの。割り込んできたのは、むしろ、あっち」

「そんな……」

(そんなの、むしろ、被害者なんじゃないの)

 あたしは、なんだか腹が立ってきた。
 その後に続く話も、ひどいものだった。
 雲雀さんたちのお母さん、文目あやめさんは、この家を手切れ金代わりにもらい、身を引くことにした。
 けれど、母子で暮らすこの家に、何度も何度も強盗が入るようになった。
 あまりにも不自然だったけど、どうも、芙蓉さんとその実家が手を引いていたらしい。
 それを心配に思った二人のお父さん、福繁定治じょうじさんは、強盗を撃退できるような家へと、強引に建て直すことにしてしまったのだという。
 ただ、その頃から、定治さんもすこしおかしくなってたらしい。
 からくり建築で有名な職人さんを探し出して、あちこちに過剰に仕掛けを設置させてしまった。
 出来上がったら最後には設計図も目の前で燃やさせるほど、徹底して秘密にしたそうだ。
 構造を知っているのは文目さんだけで、後に爽希さんに一子相伝的に受け継がれ、実は雲雀さんも詳しくは知らないのだという。
 螺旋階段については、ポラロイドに写っていなかったせいか、なにも言わなかった。
 それであたしはまず、確証があるものについて、訊いてみることにする。

「じゃあ、集音管のことは……」

「あれは偶然知っただけ。前に雇った人が、あたし達の悪口をスマホで大声で話してるのが聞こえてきて、わかったの。それまでは、物静かな人しかいなかったから」

 そこまで説明してから、雲雀さんはバツの悪い表情をした。

「前の人がひどかったんで、つい、棗さんのことも疑っちゃったの。それで悪いことだと知ってたのに、盗み聞きなんかして……。ごめんなさい」

 ちょっとびっくりした。
 まさか、謝られるとは思っていなかった。

「いえ、私こそ……。最初は下種ゲスな目的で、入り込んだりして……」

「でも結局、記事にはしないでくれた」

「はあ、まあ……。でもやっぱり、はじめの動機は不純でした。すみません」

 なんだかついでというか、お返しというか、そんなタイミングになってしまったけど、とりあえず、謝ることができるこの機会ができてよかった。

(せめて、雲雀さんとだけなら、和解できるかもしれない)

 そんな希望的観測が、あたしの心のなかに生まれたとき。
 誰かが、玄関から入ってきながら、怒鳴りあう声が聞こえてきた。

(ああ……)

 爽希さんと芙蓉さんが、激しく言い争う声だ。
 あたしの希望の灯は、あっというまに消し飛んでしまった。

「雲雀! 雲雀、大丈夫か!?」

 爽希さんの心配する声が聞こえる。
 たぶん、志麻さんが連絡して、慌てて帰ってきたに違いない。

「あの女は追い出したぞ、雲雀……」

 話しながらリビングに入り、一瞬にして身構えた。
 あたしがいるとは、聞いてなかったんだろう。

「なんであんたがここにいる」

 あまりにも冷たい視線に、あたしは首を竦めるしかない。

「あたしが招き入れたの」

 見かねたのか、雲雀さんが庇うように口を出してくれた。
 それでも、気に食わないことは気に食わないのだろう。
 硬い表情は変わらなかった。

「いくら雲雀がそう言ったからって、図々しい……」

 そこまで言っている途中だった。

「ちょっと、逃げるんじゃないわよ!」

 怒鳴りながら、芙蓉さんまで飛び込んできた。

「あなたもいい加減にしてください。そちらの家とは、一切関わりを持つつもりはないと、繰り返し言っているでしょう。大基くんはお気の毒でしたけど、とにかくお引き取りください」

 爽希さんは苛立つ。

「お気の毒だなんて、言える立場なの!」

 その態度に、芙蓉さんはかえってヒートアップする。

「まったく。僕のいない隙を狙って、妹にわけのわからない因縁をつけに来るなんて、汚い手を使うのはもうやめたらどうですか」

 そして、あたしを見た。

「あんたもいい加減にして、この女連れて帰れ。今すぐ」

 とりつく島がない。
 でも、しかたない。
 あたしは雲雀さんにとりあえず謝れただけでもよかったと、あきらめて芙蓉さんの傍に行った。
 この家の秘密の片鱗が写っているポラロイドは、雲雀さんに渡したままにすることにした。
 あたしが失くしたってことにして、堀田さんに謝ればいい。
 牧園家に対する、あたしからのせめてものお詫びだ。

「行きましょう」

 あたしは、芙蓉さんの腕を握る。
 爽希さんは、あたしたちを見たくないのだろう。
 用事は済んだとばかり、さっさと背を向け、螺旋階段を登り始めた。
 その冷たい態度が、余計に刺激したのかもしれない。

「なによ、ちょっと、離してよ」

 芙蓉さんの声が、いちオクターヴ高くなった。

「爽希さんも、関わりは持たないと言ってるじゃないですか。もうあきらめたほうが、お互いのためじゃないんですか」

「あんたになにがわかるのよ!」

 そう叫ぶと、芙蓉さんはあたしの手を振り払い、螺旋階段に走り寄った。

「ちょ、ちょっと、待って……!」

 あたしは慌ててついていくしかない。
 でも追いついたときには、芙蓉さんはとっくに階段を駆け上がっていた。
 あまりの勢いに、爽希さんは足を止め、振り返る。
 そして、そこを逃す芙蓉さんじゃなかった。
 両手を伸ばし、爽希さんの胴にしがみつき、金切り声を上げる。

「返せ、大基を返せ!」

 そう叫びながら、爽希さんの身体を這い上るように腕を動かし、気がつくと両手で首を絞めるような状態になっていた。

「あぶっ、危ないですよっ……!」

 あたしはその芙蓉さんに抱きつき、引きはがそうとする。
 三人でもみ合っているうちに、視界の端にふと、階段の下に来ている雲雀さんが見えた。

「雲雀さん、どいていたほうが……」

 注意を呼びかけるが、雲雀さんは反応せず、ただただ目を見開くだけだ。
 あたしはそれに気を取られ、一瞬、揉み合うふたりから離れた。
 そのときだ。

----カチッ。

 そんな音が、聞こえた気がした。
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