螺旋邸の咎者たち

センリリリ

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12. 兄妹の食卓

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 その夜は、あたしも本邸で食事を取るように言われた。
 爽希さんも夕食に間に合う時間に帰ってきていた。

「珍しい」

 そう言う雲雀さんは、あまり嬉しそうでもない。
 朝食のときもそうだったけど、兄妹で食卓を囲むのが、そんなに楽しいことではないみたい。

(血のつながった家族と一緒にご飯を食べるなんて、充分羨ましいんだけどなあ)

 そんなあたしはと言えば、ただ座って給仕してもらうのがどうにも居心地が悪くて、結局、志麻さんの配膳を手伝うことにした。

「いいのに」

「いえ、やらせてください。どうにも落ち着かなくって」

 兄妹には聞こえないようにこそこそと話す。
 こういう行動が、嫌味だと思われたら困る。
 雇ってるのはあっちだから、配膳をやらないことのほうがあたりまえで、これは単にあたしがやりたいだけなんだ。
 そんなわけで、準備が済むと、さすがにあたしもそそくさと自分の席についた。
 でも、食べ始めたはいいけど、会話がない。
 見かねたあたしは、ちょっとやけくそ気味に、爽希さんに話をふってみることにした。

「あの……、お仕事は、どうでした」

 まあ、話題といえばこれくらいしか思いつかなかった。
 しかし。

「すみません。守秘義務が多い業種なので、仕事の話はあまり……」

(ああ、見事に空振り)

 あたしはそれ以上口を開かないほうがいいような気がして、結局黙って箸を進めることにした。
 山菜ごはんにフキの炒り煮、若竹とわかめの煮物、じゃこの入った白和えに、メインは春キャベツと豚肉を層にして蒸したもの。
 胃腸に優しそうなメニューで、スーパーのお惣菜やコンビニ弁当の脂っこい料理に慣れた舌には、もったいないくらいだ。
 気まずかろうがなんだろうが、軽く感激しながら食べていると、雲雀さんが助け船を出そうと思ってくれたのか、口を開いた。

「今日、河川敷まで散歩に行ってきたの。棗さんと」

「そうなのか。珍しいな」

 爽希さんは箸を止めた。
 話を積極的に聞きたいというよりは、それが礼儀、といった雰囲気ではあったけど。

「出かけるのもいいわね。今度は、久しぶりに電車にでも乗って、遠出してみようかな」

「電車か……。まあ、それは……」

 その後の言葉は続けにくかったのだろう。
 ごにょごにょとした音へと変化していき、そのまま消えた。
 雲雀さんはそれをスルーして、言葉を続ける。

「覚えてる? 昔、兄さんがアメリカに行くよりずっと前、母さんと一緒に電車に乗って、遊園地に行ったの」

「ああ、そんなこと、あったっけ」

「兄さん、電車の一番前の窓から、運転手さんの操作、じっと見てて……。遊園地の遊具より、そっちのほうが楽しそうだった」

「だって、遊園地ではおまえがジェットコースターは怖いっていうから、ぬいぐるみパレードとか、お姫様のドールハウスとか、そんなのばっかり付き合わされたからだよ」

 幼少の恨みを真顔で訴えているのがおかしくて、あたしはつい笑ってしまった。

(それに、文句言いながらも妹に合わせてあげたんだから、なんだかんだ言っても優しい)

「沖津さん?」

 不思議そうにあたしを見る。

「ああ、すみません。なんだか、いいなあと思って。ご兄妹の想い出があって」

「そうですかね」

 爽希さんの仏頂面が、さらに笑いを誘う。
 とうとう、雲雀さんまでつられて笑い出した。

「兄さん、よっぽど嫌だったのね。まだそんなに覚えてるなんて」

「まあ、それもそうだけど」

 爽希さんは、ふいと視線を逸らした。

「三人で出かけることができるなんて、珍しかったからな」

(ふうん)

(なんだろう)

(こんなに立派な家に住んでるし、今では爽希さんは何不自由ない境遇にいるように見えるけど、昔は違ったのかな)

 そのあとも取りとめのない話をぽつぽつとしながら食事を終えると、雲雀さんはすぐに部屋に戻った。
 あたしはといえば、片づけを手伝おうと、待機していた志麻さんのワゴンまで、皿を運ぶ。
 そんなふうにばたばたやっていると、ふいに爽希さんが立ちはだかっていた。

(じゃ……邪魔……)

 思わず避けて通ろうとすると、口を開く。

「あの」

「はい」

 怒っているわけではない……と思うんだけど、なにしろ硬い表情のままなので、いまいち自信がない。

「ありがとうございました」

「え」

(なんで急にお礼を言われてるんだろう)

「雲雀が、僕とあんなに喋るなんて、珍しいんです。楽しい食事でした」

(そ、そうなんだ)

 しかしそんなに丁寧にお礼を言われたら、こっちが恐縮してしまう。なんていうのか、狙ってやったことではないし。
 そして、それだけ言うと、爽希さんは螺旋階段のほうへと、さっさと行ってしまった。
 あんな風に言われたのがちょっと意外で、ついつい照れながら持ってきた皿を志麻さんに手渡す。すると、なんだかとっても柔らかい目で見られた。
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