螺旋邸の咎者たち

センリリリ

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11. 花束のメッセージ

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 雲雀さんは車椅子を、ベンチの隣まで移動した。
 あたしにも、座れ、ということなんだろう。長い話をするつもりなのかもしれない。
 あたしは素直に腰をおろした。
 というか、雲雀さん、いい子だな。こんな気遣いが、さりげなくできるなんて。

「知ってる? あなたみたいな人が、これまで何人来たか」

「私みたいな人、ですか……?」

 どういう意味だろう?

「あたしの世話係……、って名目の、監視役。色々な資格を持ってる人なんかもいた」

 ああ、前任者か。でもこの口ぶりだと、けっこうな人数がいそうだ。

「でもさ、笑っちゃうの。みんな、あたしなんかどうでもよかったのよ。そりゃそうよね、こんな小娘の世話係なんかしたって、キャリアにもなんにもならないもの。ラッキーボーナス狙うくらいしか、得になんないでしょ」

「ラッキーボーナス?」

「兄さんよ」

「爽希さん?」

 あたしは、雲雀さんがなにを言っているのか、本当にわからなかった。
 その、きょとんとした顔が面白かったのか、雲雀さんは急に爆発したように笑い出した。

「わからない? 言うでしょ、玉の輿とかいうやつ」

(ああ、そういうことか)

 言われてみれば、まあ、爽希さんはなかなかのステイタス持ちだ。
 あの若さで製薬関係なんていう手堅い業種の社長やって、あんな立派な邸宅を維持して、妹だけでなく雇い人三人も養えるくらいなんだし。
 加えて、見た目もかなりいい。面食いにはたまんないだろう。
 そしてとどめは、独身。
 そりゃあ、若い女性が近づけたら、『あわよくば』なんて気持ちを持ってもおかしくはないだろう。
 まあ、表情筋は死んでるけど。
 ひとしきり、皮肉な笑いを続けたあと、雲雀さんは急に真顔になった。

「でもあなたは、他の人とちょっと違うみたい」

(うーん……。これは、光栄と考えていいんだろうか?)

 あたしは反応に困ってしまう。
 それを見てどう思ったのか、雲雀さんは今度は素直な笑顔をみせた。

「気に入ったから、追い出さないでおいてあげる」

(いやいや。怖っ……!)

 そういえば、たしか爽希さんも面接で牽制してた。
 『妹が気に入らなければ……』ってやつ。
 なるほど、今までの人たちはそうやってクビになったわけか。
 この美少女、儚げで繊細そうなのに、とんだ暴君だ。

「話は終わったわ。帰りましょ」

 雲雀さんは妙にさっぱりした顔つきでそう言うと、さっさと自分で車椅子を動かし始めた。
 あたしはあわてて後を追う。
 帰り道は雲雀さんが自分でどんどん進んでしまうので、あたしは単なる付き添いどころか、ほぼ追っかけと化して、ただついて行くだけだった。
 なんだか相手のペースに乗せられっぱなしだ。

(あんまりいい傾向じゃないぞ)

 あたしは心の中で汗をかいた。



 家の近くまで来ると、雲雀さんはそのままガレージへと向かおうと、敷地の裏手に続く道に曲がった。
 あたしはそれにかなり遅れて追いついて、同じように曲がろうとしたところで、ふと視線を正面の門のほうへと偶然向けた。

(んん?)

 門柱の前に、なにか、置いてある。
 変なゴミだったりしたら嫌だと思って、あたしは雲雀さんとは別れて、念のため確認しにいった。

 大きな花束が、たてかけてある。
 大輪の白い百合が十本以上、さらに周りに配されている小花類も全部白で統一されている。

(プレゼントかな? でも置きっぱなしにしていくもんかなあ……?)

 あたしはその花束を持ちあげてみた。
 その拍子に、なにかが落ちた。
 拾ってみると、カードだ。
 送り主がわかるようなメッセージでもあるかと、二つ折りになっているそれを開こうとしたときだった。

「それ、あたしの目に入らないところに、捨てておいて」

 背後から急に雲雀さんの声がした。
 急いで振り返ったけど、そのときはもう、こちらに背を向けてガレージのほうへと戻って行っていた。

(じゃあ、これに、心当たりがあるってことか……)

 もしかしたら、雲雀さんあてのプレゼントかな。あんだけ美少女だもん、誰かがファンになっててもおかしくない。
 
(なかなかやるじゃないの)

 そんなことを考えて、ついニヤニヤしながらカードを開く。
 でも、あたしは一気に血の気が引いた。

『人殺し』

 そこには、殴り書きの文字で、それだけが書かれていた。





 あたしは嫌な気分になりながらも花束を持って、勝手口に回った。
 雲雀さんの姿はもうなかった。ガレージから部屋に戻ったのだろう。
 あたしは手にしたものをどこに捨てるか迷った。とにかくかさばるので、部屋に備えつけてあるゴミ箱には、どう考えても入らない。
 それに正直、かなり金のかかっていそうなそれを、雲雀さんがいくらああ言っていたからといって、素直に処分してしまっていいものなのか、判断がつけられなかった。

(こういう時には、『先輩』に相談するに限る)

 あたしはすぐに、キッチンに向かった。どっちにしろ、家のなかの一番大きなゴミ箱はそこにある。

「あら、お帰りなさい。寒くなかった? 雲雀さんに温かい飲み物でも持っていったほうがいいかしら」

 入ってきたあたしにそう声をかけてきた志麻さんは、手にしているものを見て、わずかに眉をひそめた。

「あの、これ……。雲雀さんが、捨てておいて、って……」

 あたしはおずおずと花束を差し出す。それを無言で受け取り、そのままストレートにゴミ箱に突っこんだ。

「あの、これって……?」

 ためしに、ひと言だけ訊いてはみる。

「なんでもないのよ」

 でも、返ってきたのはそんな言葉だけだった。いつもの志麻さんらしくない。あまりにもそっけない。

(なんでもない、ってことはないと思うけどな……)

 態度から推測するに、志麻さんは事情がわかっていそうだったけど、それをあたしに教えてくれるつもりはないようだった。
 ここで下手に食い下がっても、不審に思われるだけだ。
 あたしはお礼だけを言って、そのままキッチンを出た。
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