螺旋邸の咎者たち

センリリリ

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6. 螺旋邸

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 さっきあたしが入ってきた、道路に面したものの反対側にあるドアを開けると、コンクリートの通路が続いていた。簡単な屋根もついている。
 庭との境目には、やっぱりよく手入れされた背が高めの植え込みがあって、多分、本邸や庭からは見えにくいようになっている。
 この家全体の敷地は、高台の斜面になった場所になるので、今あたしがいるのは、使用人住居の二階、ガレージの天井、本邸の一階、になる。
 キッチンが二階、というちょっと変則的な構造をしていたのも、このためだ。できた料理を本邸に運ぶのに、いちいち階段を昇り降りしてたら大変だろうから、こういう造りになっているのだろう。
 その通路の先に、本邸脇の小さなドアがある。
 そこを入るとすぐに、ガラス張りのエレベーターがあった。
 車椅子の雲雀さんのために設置されているのだという。つまり、彼女の部屋は上階にある。勤務時間中、あたしが待機しているための小部屋は、その隣にあるそうだ。
 その脇を抜けると、すぐに開けた場所になっていた。
 フロアのほとんどがひとつのスペースになっていて、庭側の壁はすべてガラス。すごく開放感のある造りだった。

「一応、表玄関から入り直しましょうか」

 土谷さんはそう言って、モデルルームのように片づけ切った部屋を突っ切った。
 そこは、玄関ホールになっていた。
 かなりたっぷりとしたスペースが取られている。
 一応、目隠し用の衝立が立っていて、さっき通ったリビングスペースとは仕切られている。濃い色の木枠に、蔦の透かし彫りの入ったガラスが嵌め込まれていて、向こうは見えないけれど光は透過するようになっていた。
 ただ圧巻なのは、そこから上に伸びている、大きな螺旋階段だった。
 たっぷりと余裕がある造りなので、渦を描くステップはあくまで壁際に沿い、中心には大きな円形の空間があって、天井まで吹き抜けの状態になっている。
 中心に立って見上げると、なんだか、吸い込まれそうだ。

「すごいでしょ。五階の高さまで続いてるの。あんまりこれが目立つんで、ご近所では『螺旋邸』なんてあだ名がついてるとかなんとか」

 土谷さんは、ちょっとだけ自慢そうに言った。

(たしかに、これはすごい)

 なんていうのか、生活する面において、おそらく全く合理的でも機能的でもないものに、かなりの手間暇と金をかけているらしい、という点においても。

「でも……、五階ですか? この家って、二階もしくは三階、ですよね?」

 あたしは素朴な疑問をぶつけた。
 土谷さんはうんうんと頷き、外に出るドアを開ける。貸してくれたサンダルを履き、続いた。
 門を出ると、振り返って指さした。

「ほら。こうなってるの」

 驚いたことに、玄関ホールのあった部分は、そこだけが、屋根より上に伸びていた。
 要するに、塔だ。

「一番上にね、金庫と重要書類が置いてある小部屋があるの。そこには私も一度も入ったことない。鍵も持たされてないし、まあ、用もないしね。そこに行くには、この階段を昇るしかないわけ。まあつまり、爽希さん専用の設備みたいなものだわね」

「えっ……。たったそれだけの、その部屋だけのために、こんな大袈裟な螺旋階段作ったんですか」

「そうらしいわよ。先代の意向らしいけど」

「へえ……」

 なんというか、『こだわり』と簡単に言ってしまうには、もうすこし重めの意図を感じる。
 が、確証はない。
 単に金持ちの道楽というやつなのかもしれない、しょせん。
 まあ少なくとも、入ってすぐにこんなものがあれば、客に対して財力やらセンスやらをがっつりアピールできることだろう。
 つまりある種の威嚇とか、力の顕示といったものか。
 どちらかというと、そういう目的なのかもしれなかった。
 となると、牧園さんのオフィスのあったビルのエントランスが立派だったのと、同じようなものだ。

(イメージ戦略の一種ってやつか)

 ただ、さっき内側から見たときは気づかなかったけど、こうして外から全体像を眺めると、この塔のような部分だけがちょっと浮いて・・・いるように思えた。
 他はガラスと木を基本とした、開放感や快適さみたいなのを重視してるデザインなのに、この部分だけは、下から上までずっと、コンクリートの壁で覆われているのだ。
 明かり取りの窓はあるけど、幅十センチの縦長のが、ところどころに思い出したようについているだけで、全然開放感を出せるレベルじゃない。
 色はほぼ白なので威圧感はないけど、なんだか他とは別の人間がデザインしたみたいな、『取ってつけた』感があった。
 もしかしたら、それが目立つからこそ、『螺旋邸』なんてあだ名がつくことになったのかもしれない。
 しかしまあ、玄関から出てきちんと見てみると、つくづく立派な家だ。
 とにかくあちこちに大きなガラスが使われているデザインで、家というより、まるでなにかのショールームみたい。
 全体的には長方形をしていて、短い方の辺にあたる部分が、正面の門に面している。
 門を出ると両側に植え込みのある、十段の短い石段が斜めにあり、道路に降りられるようになっている。そこにももうひとつ門があり、インターホンはそこについていた。
 正面玄関はこちらだけど、雲雀さんは使わないんだそうだ。
 さっき見たエレベーターがガレージまで通じているので、外出のときはそっちから出るという。
 ひと通りの説明が済むと、あらためて部屋の中へと戻る。
 部屋、といっても、基本的には全部が繋がっている。一応衝立や家具の配置でなんとなくの区切りはあるけど、すべてどければ、ちょっとしたパーティ会場にでもなりそうな、のっぺりとした空間になる。
 収納はすべて壁のなかに取りつけられているので邪魔にならないから、視界がすごくすっきりしてる。
 あとは、ちょっとした飾りを置いてある小さな棚がいくつか置いてあるだけだ。
 こういうインテリアだと、ただでさえ床面積のある部屋が、さらに広く見える。
 右隅に簡易なキッチンと、左隅にはバーカウンター。あとは部屋の半分の左側にはダイニングセット、右側にソファセットがあって、終わり。

(ここはソファセットなんだな)

 あたしはあのオフィスの居心地の悪かったベンチを思い出しながら、つい比べてしまった。
 こちらは長居しても快適そうだ。
 キッチンやバーがあるのとは反対側の壁は、一面ガラス張りになっていて、広い庭がよく見える。
 そこを出れば部屋の床と同じ石材でできたポーチもあり、木とガラスでできた椅子とテーブルが、端に二脚置いてあった。
 庭の中心には、遠慮がちに新芽を出し始めている芝生が広がり、それを取り囲むように、よく手入れのされた庭木が並んでいる。
 そういえば、門のところにあった植え込みは、ここに続いているようだ。
 さっき通った通路も、思った通り、庭木が目隠しになって、ここからの眺めを邪魔しないようになっている。

「綺麗なお庭ですね」

「秋になったら枯葉やらなんやら、すごいけどね。月に一回、業者が来て手入れしてくれるから、私がやるのは、せいぜい端に寄せておくくらいだけど。あとは日々の水やり」

「へえ……」

 なるほど、住み込み以外にも出入りしてる業者はいるというわけだ。
 なんにせよ、金に困ってないらしいことは、実感として、よくわかった。

(目先の生活に困って、潜入ルポなんてのを引き受けるしかなかったあたしとは、えらい違いだ)

 ただ、とにかくどこもかしこも洗練されて綺麗なのに、ひと気がないせいで、全体的にオシャレドラマのセットみたいでもあった。
 雲雀、なんていう賑やかそうな名前の妹さんも、二階にいるらしいが気配がまったくしない。
 でもこの感じだと、人が死んだことがあるなんて話も、なんだかそぐわない気さえしてきた。

(そういうドロドロしたものは、消臭スプレーとお掃除クロスで、全部拭き取ってしまえそうな家だもんなあ)

 あたしは首を傾げた。

 ちりりん。

 澄んだベルの音が背後から聞こえたのは、そのときだった。
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