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3. ……は?
しおりを挟む中は、奥にデスクがひとつと、手前にテーブルと長椅子ふたつのセットが置いてあるだけの、殺風景な部屋だった。
だいたいその長椅子にしたって、デザイナー家具っぽい洗練されたデザインはしてるけど、いかにも座り心地の悪そうな金属製で、どっちかと言うとベンチっぽい。
たぶん来客用だと思うんだけど、普通こういうのって、座り心地のよさそうなソファを置くもんじゃないのか。
なんていうのか、あんまりお客さんを歓迎するような雰囲気がないのは、すぐにわかった。
むしろ、『長居はやめてくれ』と強調してるようにさえ感じる。
(やっぱりウェルカム感がない……。なさ過ぎる)
あたしはあまりのとっつきにくい雰囲気に、ついつい気後れして、いつしか立ち止まってしまっていた。
「お入りください」
すると、落ち着いたトーンの声が聞こえた。
どことなく冷たさがある。
そう、そこのベンチの金属の種類のような。
それは、奥のデスクから聞こえた。
三枚もある大型モニターの向こうに座っているせいで姿が見えなかったが、まあ状況から考えて、これが部屋の主、面接相手の社長だろう。
「失礼します」
一歩進んで入ると、相手が立ちあがり、デスクのこちら側に回ってきた。
(あれ? 若い……)
たしか、高校生くらいの年齢の子を世話する仕事……じゃなかったっけ?
それくらいの子の親だから、もっと歳いってるかと思ってた。
見た感じ、二十代後半から三十代前半くらいに見える。
(顔は……、まあ、整ってるとは言える……のかな)
ただまあ顔立ちよりは、なんか賢そうな、デキる感じの雰囲気のほうが断然強い。
逆に言うと、バカにされたら最後、って気がする。
「あなたが、沖津棗さんですか。どうぞ、そこのベンチに座ってください」
(あ、やっぱベンチなんだ)
あたしは心の中で呟きながら、相手が反対側に座ったのを確認してから、腰をおろした。
「私は牧園爽希と言います。よろしくお願いします」
「は……、はい。よろしくお願いします」
頭を下げると、そこに、ヌッと手が伸びてきた。
思わず窺うように顔を上げると、にこりともせずに、履歴書を、とだけ言われたので、さっそく手渡す。
牧園さんはそれにひと通り目を通してから、あいだのテーブルに置いた。
「今までは、事務のお仕事をされてたんですよね」
「はい」
「保育や、きょうだいの面倒を見ていたなどの経験は」
「ないです。私は独身ですし、天涯孤独なんで、子供もきょうだいもいないんです。ただ……」
あたしは、昔の生活を思い出しながら続けた。
「私は、施設で育ちました。そこには、色んな年齢の、色んな事情を抱えた、抱えさせられた、子どもだちがいっぱいいました。だから、もしそういう子がいても、普通の人よりはびっくりしないと思います」
これは正直な話だった。
それをどう捉えるかは、相手に任せるしかない。
「なるほど」
牧園さんは、そう答えただけだった。
肯定なのか、否定なのか、全然わからない。
(そういえばさっきから、あまり表情を変えないような気がする)
あたしを警戒しているのか、それとも、元々そういう性格なのか。
なんにせよ、なかなか扱いづらそうな人物ではある。
「では、いつから住み込みは可能ですか?」
「いつからでも……。なんなら明日からでも、可能です」
あたしは思わず前のめりに言った。
早く職が決まれば、早くアパートを解約できる。家賃を節約できるのはありがたい。
あたしの切羽詰まった感じが滑稽だったのか、牧園さんは唇の端をすこし曲げた。つまり、笑った。
(なんだよ。こういう時だけは、表情変わるんだ)
(もしかしてちょっと、性格が悪いのかも?)
あたしは美味しい話につられてのこのこやってきたことを、ちょっと後悔した。
「それから、採用が決まっても、一ヶ月間は試用期間になりますが、それは了承いただけますか。お給料は出しますが」
「え……、ええ」
ああ、そっか。試用期間、あるんだ。
「もっとも、妹が気に入らなければ、それよりも早く帰っていただく可能性もあります。とにかく、当人しだいですので」
……ん?
「妹……さん……」
「ええ。採用が決まれば、あなたには、妹の相手と世話をお願いすることになります」
あ、そうか、娘さんじゃなくて、妹なんだ。
そりゃ若いはずだ。
(っていうか、親が雇うわけじゃないんだ?)
「妹はかなり厄介な性格をしています。でももし揉めたりしたら、たとえどんなに理不尽でも、私は全面的に彼女の味方をしますので。そのときは諦めてください。違約金はちゃんとお支払いします」
(おっ、もしかしてシスコン?)
しかもなんか、揉めるの前提って感じもしなくない。
後腐れが残らないように、お金はちゃんと払います、って言ってるような……?
(考え過ぎかなあ)
「それでは、結果は一週間以内には連絡します。決まったら、支度金もお支払いしますので。ああ、あと受付に寄って帰ってください。今日の交通費をお支払いするよう、言ってありますので」
へえ。
かなりお金に余裕あるんだなあ。至れり尽くせり、って感じ。
(決まるといいけど)
さっきまでの不信感はどこへやら、そんな能天気なことを思った矢先だった。
牧園さんが、とんでもないことを言った。
「ああ、それと、念のため事前に言っておきます。我が家で数年前、死人が出たことはご存知ですよね?」
(……は?)
(…………は?)
(堀田さぁぁぁぁぁぁん!?)
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