地平の月

センリリリ

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epilogue

1.静海の日記

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 初瑠がまだ片づけていない、静海の寝室の衣装ケースの底には、日記帳が一冊、隠してある。
 書いた本人以外に読んだ者は、まだいない。


X月 XX日

明日から、姪の瑠奈と一緒に暮らすことになった。
その記録をつけようと思って、この日記を買ってきた。
小さい頃に会っただけだけど、覚えていてくれてるかな。
ちょっと不安だけど、楽しみでもある。
仲良くなれるといいな。


X月 XX日

警察やらなんやらもひと通り終わったし、瑠奈もこれで落ち着けそう。
カウンセリングに通わせたほうがいいと言われたので、手配した。
でも瑠奈は、本当はあまり気が進まないみたい。
安定してみえるから、必要ないのかな。
カウンセラーじゃないあたしにでも、新しい生活の不安なんかは、わりと相談してくれる。
小さい頃は、いつも初瑠の陰に隠れて、こちらの様子を見てるような感じの性格に見えたけど、意外としっかりしてる。


X月 XX日

新しい学校に転入手続きを済ませた。
前の学校は授業料が高すぎるし、事件のこと知られてるだろうから、転校したほうがいいと思ったので、近くの公立校を手配した。
一応、瑠奈にも意志を聞いてみたら、やっぱり、違う学校に行きたいと言ったんで、決めた。
初瑠との想い出が多すぎるから、前の学校に行くのはつらいらしい。
落ち着いてみえるけど、やっぱりあんなことがあったんだもんね。ショック受けてて当然だ。


X月 XX日

不思議な封筒が、いつの間にか届いているようになった。
封筒には宛名も差出人もないし、切手もない。
たぶん、新聞受けに直接入れられたのだろう。
なんだろう。事件を知っている人が、近所にいるんだろうか。
不気味。


X月 XX日

封筒を送ってきてる、というか、作ってるのが、誰なのかわかった。
瑠奈だ。
でも、どうも本人には自覚がないみたい。
それとなく訊いてみたけど、なんのことを言ってるのか、ぜんぜんわからないみたいだった。
精神的な問題なんだろうか。それか、夢遊病とかああいう感じかな。
あんまりひどいようなら、カウンセラーに相談したほうがいいんだろうか。
ただ、別に誰かに迷惑がかかったり、瑠奈に危険が及ぶようなこともでもないので、しばらく様子を見てみることにする。
やっぱり、嫌がることはできるだけやらせたくないから。
手紙は、念のため取っておく。
でも、あの言葉の意味がわからない。
瑠奈はなんで、あんなことを書くんだろう。


X月 XX日

新しい学校に通い始めて一ヶ月が過ぎた。
馴染むのはけっこう早かったみたい。
家にまで連れてくるほどじゃないけど、友だちもできたと言っていた。
転校の理由を訊かれて困る、って言ってた。
両親がよその国に行ってるから、叔母の家に預けられたって言っているらしい。
あの世だって、よその国だよね。だって。
事件のことは、バレてないみたい。
私の養女ってことにして、姓を関戸にしといたのがよかったのかもしれない。調べにくいだろうから。


X月 XX日

瑠奈との生活は思ってたより順調で、あまりこの日記もつけなくて済んでた。
久しぶりに書いたのは、瑠奈がカウンセリングにもう行きたくない、って言い出したから。
本当は行った方が当然いいんだろうけど、無理強いするのもなんだかなあ。
とりあえず瑠奈の意志を尊重して、しばらく休むことにした。
行きたくなったら、また行けばいいし。
一応、いつから行かなくなったかの記録をしておいたほうがいいと思うので、ここに書いておく。


X月 XX日

鏑木結理とかいう人が訪ねてきた。
なんで、ここの住所がわかったんだろう。
事件のことを、瑠奈に聞きたい、だって。
冗談じゃないから、追い返した。


X月 XX日

瑠奈は本当に瑠奈なのかな。
色々な言動見てると、まるで初瑠みたい。
仲良かったから、影響受けたってだけかな……。


X月 XX日

やっぱり、今うちにいるのは、瑠奈じゃなくて、初瑠だと思う。
でも、はっきりした証拠はない。
それに、名前が入れ替わっちゃったのには、きっとなにか理由があるはず。
それがわかるまでは、初瑠の嘘につきあうことに決めた。
それが、あたしのせめてもの罪滅ぼし。
お姉ちゃんたちが、あの悪魔に操られてることに気づけなかったあたしの……。


X月 XX日

瑠奈、いや初瑠? の就職が決まった。
このままで、いいのだろうか。
でも、就職できるほど落ち着いているのなら、あなたは本当は初瑠でしょう? なんて今さら訊く意味、あるのかな。
悩む。
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