2 / 9
- 貳 -
砂漠の端の国
しおりを挟む
綉葩はもともとは西方の砂漠の端にある、小さな国の王女だった。
素朴な作りの服を好んで身につけ、砂地を裸足で駆けまわり、人々が集うオアシスの沐浴場にふざけて服のまま飛び込むような活発な娘で、おとなしい性質の兄の王太子より、よっぽど勇猛な武人になろうとまで言われていた。
決して豊かでもなく、最先端の文化があるわけでもなかった。
それでも、おおらかでのんびりとした自分の国の生活を、心から愛していた。
しかし、慶邁帝の派遣した軍を何度も押し返し、武名を轟かせた父王が亡くなると、運命は一変した。
王位を継いだ兄に、戦の才能はまったくなかった。
その頃進軍してくるのは、本気で討伐に来るというよりは、辺境を任された将軍がノルマを果たすためにやってくるような、やる気の薄い軍だった。
それにも関わらず度々苦戦し、結局、臣従同盟を結んで属国となることが決まった。
ある程度の自治を認める代わりに、武力の放棄と定期的な貢ぎ物を納めることとなり、そのために揃えられた物品のなかに、綉葩も含まれていた。
色好みで有名な慶邁帝たっての希望で、後宮へと招かれたのだ。
臣従を誓った立場上、これを断ることは考えられなかった。
そもそも、このあたりは小さな国々がひしめくように存在していて、各国の王族どうしの政略結婚は、当たり前といえば当たり前のことだった。
綉葩の母も隣国から嫁いできた身で、結婚前には父の顔も見たことはなかったという。
それでも夫婦仲は睦まじく、父より先んじて五年ほど前に母が亡くなって以来、王として再婚をまわりじゅうから勧められても、なかなか首を縦にはふらないほどだった。
一夫多妻の国もあり、だから綉葩自身でさえ、貢ぎ物を積んだ隊商とともに不毛な砂漠をはるばる越え、二度と出ることのない自分の宮に入るまでは、己の境遇に疑問を持つことはなかった。
翌日さっそく、足を切られる処置を施されるまでは。
いくら麻酔と外科の技術が発達している国とはいえ。
自分で歩く力を奪われた屈辱は、今でも忘れることはできない。
というか、処置を施されて以来ずっと続く鈍い痛みが、忘れさせてはくれない。
そうやって、彼らにとっての『見栄えのよさ』だけのために、肉体を損傷されたことにも怒りを覚える。
聞けばこの処置に失敗して、後宮に入った早々、命を落とす者までいるという。
そんな事例があってもなおこの慣習が連綿と続いていることに、自分たちは人間ではなく玩具として扱われているのだと、すぐに理解した。
素朴な作りの服を好んで身につけ、砂地を裸足で駆けまわり、人々が集うオアシスの沐浴場にふざけて服のまま飛び込むような活発な娘で、おとなしい性質の兄の王太子より、よっぽど勇猛な武人になろうとまで言われていた。
決して豊かでもなく、最先端の文化があるわけでもなかった。
それでも、おおらかでのんびりとした自分の国の生活を、心から愛していた。
しかし、慶邁帝の派遣した軍を何度も押し返し、武名を轟かせた父王が亡くなると、運命は一変した。
王位を継いだ兄に、戦の才能はまったくなかった。
その頃進軍してくるのは、本気で討伐に来るというよりは、辺境を任された将軍がノルマを果たすためにやってくるような、やる気の薄い軍だった。
それにも関わらず度々苦戦し、結局、臣従同盟を結んで属国となることが決まった。
ある程度の自治を認める代わりに、武力の放棄と定期的な貢ぎ物を納めることとなり、そのために揃えられた物品のなかに、綉葩も含まれていた。
色好みで有名な慶邁帝たっての希望で、後宮へと招かれたのだ。
臣従を誓った立場上、これを断ることは考えられなかった。
そもそも、このあたりは小さな国々がひしめくように存在していて、各国の王族どうしの政略結婚は、当たり前といえば当たり前のことだった。
綉葩の母も隣国から嫁いできた身で、結婚前には父の顔も見たことはなかったという。
それでも夫婦仲は睦まじく、父より先んじて五年ほど前に母が亡くなって以来、王として再婚をまわりじゅうから勧められても、なかなか首を縦にはふらないほどだった。
一夫多妻の国もあり、だから綉葩自身でさえ、貢ぎ物を積んだ隊商とともに不毛な砂漠をはるばる越え、二度と出ることのない自分の宮に入るまでは、己の境遇に疑問を持つことはなかった。
翌日さっそく、足を切られる処置を施されるまでは。
いくら麻酔と外科の技術が発達している国とはいえ。
自分で歩く力を奪われた屈辱は、今でも忘れることはできない。
というか、処置を施されて以来ずっと続く鈍い痛みが、忘れさせてはくれない。
そうやって、彼らにとっての『見栄えのよさ』だけのために、肉体を損傷されたことにも怒りを覚える。
聞けばこの処置に失敗して、後宮に入った早々、命を落とす者までいるという。
そんな事例があってもなおこの慣習が連綿と続いていることに、自分たちは人間ではなく玩具として扱われているのだと、すぐに理解した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる