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花はどこへ
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しおりを挟む次の朝、レイモンドがモリスを迎えにきたのは、朝の七時だった。
「待ち合わせの時間、十時じゃなかったですか?」
二階の部屋にまで乗り込んできたレイモンドに、寝ぼけまなこで訊くと、当然とでも言いたそうな調子の返事だった。
「行先にふさわしい恰好というものがあるだろう。とある店で、先に着換えてから行くんだ」
「そういうことは、昨日のうちに言っておいてくださいよ……」
ぶつぶつ言いながら服を着ようとすると、ガウンのままでいい、と言われた。
「なんですって!?」
「なに、どうせ着換えるんだし、移動は馬車だから人の目には触れない。時間と手間の無駄だ」
無駄、という言葉がまさか貴族階級の人間から出てくるとは思っていなかったモリスは、そのまま勢いに飲まれるような感じで、けっきょくほぼ寝起きそのままの恰好で出かける羽目になってしまった。
レイモンドが ”とある店” と言ったのは、衣装屋だった。舞台用のものが主な取り扱いだそうだが、とにかくありとあらゆる階層の衣装がひと通り揃えられてある。
これから行く先の説明をすると、店主自らが古着の一式を揃えてくれた。
見るからに貧相で、あちこち汚れた衣装にモリスが顔をしかめていると、店主のマドウォーターは憤慨した。
「見てくれがそれっぽいだけで、実際はきちんと洗濯した清潔な物ですよ」
そう言われて裏返して見てみると、たしかに、表面ほどみすぼらしいものではなかった。
「…あれ……?」
そして、レイモンドの着替えを待っているあいだ、店のあちこちに吊り下げてある衣装に目をやっているうちに、ふと気づいた。
「あの紫のドレス……」
見覚えのあるそれを指すと、ちょうど全身を貧相な衣装に着替え終わったレイモンドが裏から出てきて、にやにやしながら頷いた。
「ああ、君を騙すために女装したときに使ったやつだな。憶えてたか」
「あっはっは、あれ、あんただったんですかい!」
マドウォーターが手を叩いて笑う。話に聞いていたのだろう。
モリスは怒る気もうせて、長いため息をついた。黙って裏に部屋に、着替えのためレイモンドと入れ替わりで入った。
二人とも見た目がそれらしい姿になると、レイモンドはモリスに、待ち合わせ場所まで歩いて行こうと言った。
「この恰好で、ですか?」
「この恰好だから、だよ。普段の僕の恰好のままだと見ることのできない、人々の裏の顔というやつが見られるからね」
相変わらず、このお坊ちゃまには世間の人々が動物園の見世物かなにかのように思えるらしい。
だがまあ、社会勉強をしているとも言える。
それは悪いことじゃないと思うモリスは、しかたなくつきあうしかない。
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