3lads 〜19世紀後半ロンドンが舞台、ちょっとした日常ミステリー

センリリリ

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株式仲買人の恋

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 当たり障りのない世間話をしながら、行先は相手に任せていると、いつしか職場の近くにまでやってきていた。

 いつもの通りを渡り始めると、ライアンがさっそく駆けつけてきて、道を掃いた。

 渡り切ったところでチップを出そうとすると、押しとどめてレイモンドが出す。
 いつもの何倍ものそれに驚いたのか、ライアンは帽子のつばを上げ、じっと見つめた。

 その視線から逃げるように、レイモンドは背を向ける。

「そういえば先日、従姉妹がこのあたりでヘアピンを落としたそうでね」

 そして唐突に言った。
 眼の前には、例の筆記具の店があった。

 モリスは息を飲む。
 あのミステリアスな美女は、この男の従姉妹だったのか。

 たしかに、すみれ色の瞳がよく似ていた。

「こんな場所じゃ、誰かに拾われて、もうとっくに売り払われてるかな。なかなか高級な品物だったそうだし、良い値段がついたろう」

 諦めたような口調に、言い出さずにはいられなかった。

「ここにあります。拾ったので、いつかお返ししようと、あちこちに伝言も頼んでたんです。お渡ししておいてくれますか」

 いつもポケットに入れていたヘアピンを取り出した。

「へえ、君……、ずいぶん馬鹿正直なんだな」

 レイモンドは目を丸くして受け取る。

 モリスにはすでに、直接返す気持ちはなくなっていた。

 この若い貴族の従姉妹だというのなら、あの女性も当然同じ身分だ。
 一介の雇われものである中産階級の自分と、どうにかなるような身分ではないだろう。

 要するに、失恋したわけだ。

「君みたいな人なら、信頼に値する。ホッブス夫人に推薦しておこう。それじゃ、僕はここで帰るよ」

 そう言って、辻馬車を止める。
 乗り込んで鷹揚に手を振るのに軽く会釈し、モリスは通りを引き返した。

 ライアンがまた掃いてくれる。

 しかし、渡りきったところで、チップを受け取ったあともなにやらもじもじとしているので、訊いてみた。

「どうしたんだ」

「あの……あのさ、旦那、靴」

「靴?」

 それがどうしたのだろう。モリスは首を傾げた。

「このあいだの女の人と、今の人。同じ靴、履いてた」

「え?」

「変だと思ったんだ。ドレス着てるのに、男物の靴を履いてるなんて」

 ライアンは仕事柄、裾を持ち上げたドレスの内側がよく見える。

 そして、それは、つまり……?
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