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株式仲買人の恋
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その日からのモリスは、なにをするにも上の空だった。
株を売り損ないかけ、食事はろくに咽喉を通らず、睡眠は浅い。同居している母親はうろたえるばかり。
日に日にげっそりやつれた姿に、ライアンさえもが同情する始末だった。
そんなある日、急に訪ねて来た人間がいた。
「こちら、モリス・モリソンさんのお宅で間違いないでしょうか」
高級な仕立ての服を着て、モリソン夫人に丁寧な礼をした若い青年は、どう見てもどこかのやんごとない貴族の令息に見えた。
まだ少年っぽさが残っているが、整った顔立ちと優雅な物腰に、夫人はうっとりしている。
しかしモリスはといえば、そんな人間に尋ねられる覚えはなく、居間へと降りて来て対面したはいいが、内心とまどうしかない。
「やあ、突然失礼した。僕はレイモンド・ウィンバック。よろしく」
相手は爽やかに言った。
ウィンバック家といえば、裕福さで有名な男爵家だ。物腰から見て、そこの血族の誰かに間違いないだろう。
ますます心当たりがない。
「実は、君が入居したいと言っている下宿の、ホッブス夫人に頼まれてね。どんな人物なのか、確かめてきて欲しいというんだ。正直、モリス・モリソンなんてふざけた名前、偽名かと思ったよ」
モリスは受け流した。子供の頃から名前でからかわれるのは慣れている。母親がモリソンという姓の男と再婚したのは、自分のせいではない。
ただ、正直驚いた。
貴族でもなんでもないホッブス夫人の便宜のために、上流階級の人間がわざわざ出向いてくるとは。
「そういうことでしたか」
たしかに、モリスは近々家を出て下宿暮らしをする予定でいた。今の実家だと、職場がすこし遠いのだ。
探してみたところ近い場所に最適な下宿があるというので、先週申し込みに行って、返事を待っているところだった。
「さて、どうだい。散歩がてら、話でもしようじゃないか」
そう言われ、渋々ながらも従うことにした。
悪印象を持たれてあることないこと吹き込まれては、まとまる話もまとまらなくなる。
株を売り損ないかけ、食事はろくに咽喉を通らず、睡眠は浅い。同居している母親はうろたえるばかり。
日に日にげっそりやつれた姿に、ライアンさえもが同情する始末だった。
そんなある日、急に訪ねて来た人間がいた。
「こちら、モリス・モリソンさんのお宅で間違いないでしょうか」
高級な仕立ての服を着て、モリソン夫人に丁寧な礼をした若い青年は、どう見てもどこかのやんごとない貴族の令息に見えた。
まだ少年っぽさが残っているが、整った顔立ちと優雅な物腰に、夫人はうっとりしている。
しかしモリスはといえば、そんな人間に尋ねられる覚えはなく、居間へと降りて来て対面したはいいが、内心とまどうしかない。
「やあ、突然失礼した。僕はレイモンド・ウィンバック。よろしく」
相手は爽やかに言った。
ウィンバック家といえば、裕福さで有名な男爵家だ。物腰から見て、そこの血族の誰かに間違いないだろう。
ますます心当たりがない。
「実は、君が入居したいと言っている下宿の、ホッブス夫人に頼まれてね。どんな人物なのか、確かめてきて欲しいというんだ。正直、モリス・モリソンなんてふざけた名前、偽名かと思ったよ」
モリスは受け流した。子供の頃から名前でからかわれるのは慣れている。母親がモリソンという姓の男と再婚したのは、自分のせいではない。
ただ、正直驚いた。
貴族でもなんでもないホッブス夫人の便宜のために、上流階級の人間がわざわざ出向いてくるとは。
「そういうことでしたか」
たしかに、モリスは近々家を出て下宿暮らしをする予定でいた。今の実家だと、職場がすこし遠いのだ。
探してみたところ近い場所に最適な下宿があるというので、先週申し込みに行って、返事を待っているところだった。
「さて、どうだい。散歩がてら、話でもしようじゃないか」
そう言われ、渋々ながらも従うことにした。
悪印象を持たれてあることないこと吹き込まれては、まとまる話もまとまらなくなる。
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