3lads 〜19世紀後半ロンドンが舞台、ちょっとした日常ミステリー

センリリリ

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株式仲買人の恋

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 その日の仕事は早々に切り上げ、モリスは帰りに、あの女性が出てきた店に入ってみた。

 個人商店らしい、あまり広くはない薄暗い店の中は、古いがよく磨かれたウォルナット材の棚に、インクとペンがきちんと整頓されて並べてあった。高級筆記具の店らしい。

「あの、今朝ここに来た女性のことで伺いたいのですが」

 適当に選んだ小さなインク瓶をカウンターに持って行き、店主らしき中年男性に聞く。

 相手は見ていた帳簿から顔をあげ、ぎょろりと睨むように見てきた。

「どうしてかね」

 モリスは気圧されながらも、ポケットに入れていた、小さなアメジストの飾りのついたヘアピンを出して見せた。
 女性が立ち去ったあと、落ちているのに気づいて拾っておいたのだ。

「これを落とし忘れていったようなんです。お返ししたいのですが、この店にはよく来るんですか」

「いや、初めてだったね。でも珍しいインクの取り寄せを頼まれてるから、入荷する頃にはまた来ると言っていたよ」

「いつ頃の話ですか」

「一週間くらい先だね」

「そうですか……」

「預かっておこうか?」

「……いえ!」

 思いがけず大きな声が出て、モリスは自分でもびっくりした。

「連絡先を訊いておいてもらえませんか。よければ僕が直接、お届けに伺いますからと。この店は職場への通り道なんで、毎日覗きに来ます」

「ああ……。わかったよ」

 店主はニヤリと笑ってから、商品を紙に包んだ。
 若い男が女性の来店を待っているというのだ。狙いは見え見えだった。

 店を出ると、モリスはライアンを呼んで、いつもの三倍のチップを渡して、言い含めた。

「昨日の御婦人を覚えているかい。あの人が来たら、伝言をして欲しいんだ。忘れ物のピンをお返ししたい、って。店にも頼んでおいたけど、君にも」

「わかったよ、旦那」

 ライアンは神妙な顔で頷きながら、ポケットにコインをすばやくしまった。

 完全に浮かれてしまっているのが、見ているだけでわかる。
 急に我に返って、チップを返せと言われたらたまらない。
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