ゆびきりげんまん

奈良井 竜

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ゆびきりげんまん

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 「・・・友達が、いたの。」

 その始まりを・・・実琴は思い出す。

 「中学の3年間、同じクラスで、大親友だった。いつも3人一緒で、楽しくて。」

 きっかけは何だったのか、思い出せない。
 気付いたら、良く一緒の3人だった。
 周りも3人セットで扱ってきたし、休みで誰かが欠けると、その日1日は、落ち着かなかった。

 「男女の区別なんてなかった。」

 今にして思えば、不思議な関係だったと思う。
 女子2人と男子1人の組み合わせなんて・・・。

 「・・・そう、思ってた。」

 それは、中学の卒業式。
 いつものように、3人での帰り道だった。
 高校は3人ともバラバラになってしまうけれど、でも、連絡は取りあって、遊ぼうね。
 そんな他愛のない約束をして、いつもの分かれ道で、バイバイ。
 その時だった。
 いつもだったら、そのまま3方向に分かれるのに、その日は違った。
 2人はその場に立ち止まり、実琴だけが、2人から離れる形となった。
 不思議に思って振り返れば、気まずそうに、互いを見合う2人がいた。

 「ごめんな、実琴。俺達、付き合うことにしたから。」

 そう言う智弘ともひろに、いつの間にか熾帆しほが、寄り添っていた。

 「実琴、ごめんね。実琴が智弘のこと好きなの分かってるけど、私、嘘つけない。実琴のこと大切で大好きだから、本当のこと言うね。」
 「俺も、実琴の事、大切な友達だって思ってる。実琴の気持ちも嬉しいけど、熾帆の方が好きなんだ。」

 それは、思いもかけない告白だった。
 でもそれは、納得もしてしまう告白だった。
 心のどこかで・・・。
 「そっか」と小さく呟いてしまっている自分がいた。

 「恋愛で友情が壊れるなんて、私、思わないよ。ね? 実琴もそうでしょ?」
 「そりゃ、3人一緒に遊ぶ事は少なくなるけど。俺達の友情は一生だ。」
 「今まで通り、3人でもちゃんと遊ぼうね!」

 そう言われ、何と答えれば良かったのか。
 裏切者と、罵れば良かったのか。
 おめでとうと、祝えば良かったのか。
 自分は、どう答えたかったのか。

 「うん。・・・遊ぼう。」

 色んな感情が渦巻いて、最後に実琴を支えたのは、プライドだった。

 「そうだ! 高校入って、実琴にも彼氏が出来たら、今度は4人で遊ぼうよ。」
 「いいな。それ。Wデート出来るじゃん!」
 「そうしよ! ね? 実琴!」

 ピンと背を伸ばし、傷ついてなんかいないと、笑顔を見せる。

 「うん。・・・私も、がんばって彼氏作んなきゃ・・・」

 智弘も熾帆も、楽しそうに、実琴の精一杯の虚勢に気付くことなく、仲良く帰っていった。
 3年間、いつも一緒だったのに。
 あんなにも近くで過ごしていたのに。
 実琴の嘘に、気付いてくれなかった。
 そう、実琴が2人の関係の変化に、言われるまで気付かなかったのと同じように・・・。

 「なんなの? あの無神経さ。悔しいじゃない。別に、智弘なんて、好きじゃなかった。ただ、皆がそう決め付けたから、適当に合わせてただけ。それをネタに、おしゃべりが楽しかった。途中から、熾帆も好きだって言い出して、お互い正々堂々と勝負しよう・・・って。それが楽しかっただけなのに・・・。また3人で? 遊べるわけない。4人にならなきゃ・・・。負けないくらいのカッコイイ、素敵な彼氏作らなきゃ・・・。」

 あの時、溢れ出そうになった言葉。
 ぐるぐると渦巻く感情の中心で、ずっと吐き出したいと思っていた言葉。
 でも、絶対に吐き出してはいけないと、戒めていた言葉。
 こんな醜くて、情けない心を、誰にも見せたくなかった。
 見せるわけには、いかなかった。

 「見事なまでの意地っ張りだ。振られるわけだな。」

 ジブリの言葉が、刺さる。
 でも・・・

 「・・・うん。」

 それが、本当の自分だから・・・。
 素直な自分の心だから、認めなきゃいけない。

 「好きで付き合うわけじゃねーもんなぁ。」

 イズラの言葉は、勝手に沁み込んでくる。
 だって・・・

 「・・・うん。」

 それも、本当の心だから・・・。
 大事にしたい想いだから、偽ってはいけない。

 「それじゃあ、一緒に居ても、楽しくないね。」

 ウリの言葉は、優しく寄り添ってくれる。
 それは・・・

 「・・・うん。」

 自分の本当の想いだから・・・。
 すぐにねじ曲がろうとしてしまうソレを、まっすぐに――。

 「おまけに、男見る目も、無ぇときてる。」
 「・・・う・・」

 カイルの言葉に、うなずきかけるのを止める。
 それだけは・・・

 「・・・仕方ないでしょ? 初恋が初恋なんだから。」

 貴方だけには、言われたくない。
 不満げに、目の前にいるカイルを睨む。
 そんな実琴に、釣られるかのように、他の3人の視線も、カイルに集まった。
 カイルは、実に気まずそうに、顔を逸らす。
 似合わない咳払いもして、全力で気付かぬフリを押し通す気満々だ。
 そんな仕草に、実琴は笑う。

 「まーったく。誰かさんが、出来もしない約束してくれたおかげで、いーめーわく。」

 追撃とばかりに、そう言って見せれば、案の定、カイルの悪い癖が出てくる。

 「俺はだなっ!!」
 「ど・な・ら・な・い!!」
 「ぐっ」

 スタッカートで反撃を返せば、カイルは黙り込んでしまった。
 その悔しそうな顔を見ると、つい、実琴は笑ってしまう。
 ひとしきり笑った後、満足した実琴は、スッと立ち上がった。

 「さて・・・と。・・・帰る。」

 あっけらかんと言い切る実琴に、天遣4人、ビックリしたように彼女を見る。

 「だって、ウリちゃん産まなきゃいけないし。幸せな家庭も、築けるんでしょ?」
 「でも・・・その前には・・・。」

 ウリが立ち上がり、言い辛そうに実琴を見上げた。

 「なぁに? 産んでほしくないの?」
 「そうじゃないけどっ! でもっ!!」
 「うん。分かってる。でもそれって、貴方達にまた会えるって事でしょ?」

 ニッコリと、そう笑んで見せれば、カイルが勢い良く立ち上がる。

 「お前なぁ! そうそう簡単にっ!!」
 「分かってる!! そう易々と『死』を選んだりしない。」

 ジッとカイルを見上げ、目を逸らすことなく、そう言い切る。
 大事な言葉。
 それは、ふざけることなく、大切に告げなければならない。
 カイルの目を見つめ、自分にも言い聞かせるように宣言する。

 「ちゃんと生きる。」
 「本当に?」

 不安そうに投げかけられた言葉は、後ろからだった。
 だから、振り返って、その優しい声の主・・・イズラに、ちゃんと伝える。

 「うん。頑張る。」

 イズラは、優しく微笑んでくれた。
 その笑顔に後押しされ、実琴はカイルへと視線を戻す。

 「・・・だから・・・さ。約束して?」
 「ん?」
 「もう、お嫁さんにしてくれなくてもいい。いくらでも怒鳴っていいから。・・・だから、その代わり、私が死んだ時は、貴方達が迎えに来て?」

 たった一つだけ、叶えて欲しい我が儘。
 それが、どんなに無茶なことなのか、今の実琴には分かる。
 死は、死神の管轄。
 彼ら天遣たちの領分じゃない。
 そんなこと、分ってる。
 それでも、最後のその時には、彼らに会いたかった。

 「実琴・・・それは・・・」
 「管轄外だなんて言わせない。ちゃあんと、おばーちゃんまで生きるから。」

 こればかりは、言うことを聞くわけにいかない。
 ジブリの言葉を遮って、実琴は我が儘を押し通す。

 「じゃないと、老体鞭打って、回収しに来た死神達、蹴り飛ばして追い返してやる。」

 先ほど、騒ぐだけ騒いでいったシャイン達を思い出す。
 シャインはなかなか手強そうだが、アズとエルあたりは、何とかなりそうな気がする。
 お尻を押さえて、逃げていく姿が、容易に想像できた。
 実琴の無茶な要求に、カイルは笑う。

 「分かった。」
 「「「カイル!」」」

 他の3人が咎めるも、まったく気にする様子はない。

 「ほんとっ? オプションの羽根つきだよ?」
 「ああ。死神よりも早く駆けつけて、大声で『ばかやろう!』って怒鳴りつけてやる。」

 ニッと笑って見せる笑顔は、こんな時は心強く感じる。
 実琴は、笑顔でうなずいた。

 遠い遠い未来―――。
 きっと彼らは、怒ると同時に、褒めてくれるだろう。
 約束をきちんと守ったな、偉いぞ・・・と。
 そんな気がした。

 だから、自分はそのために、頑張って生きていこう。
 最高の誉め言葉をもらうために。
 最後の約束を、ちゃんと彼らに守ってもらうために――。


 帰り道を開いたのだろう。
 カイルが、実琴に手を差し出す。
 その手を取ろうと、実琴が手を出せば、横から伸びてきた手に捕まった。
 引き寄せられたその先を目で追えば、ウリが実琴の手を、両手で大事そうに包んでいる。
 にっこりと笑うその表情には、満面の嬉しさがにじみ出ていた。
 笑いながら、ウリは実琴を、そのまま引っ張って走り出す。
 実琴も、そのままウリに引かれて、走り出した。
 
 その後から、差し出した手を空のままに、カイルが慌てて追いかける。
 イズラとジブリは、笑いながら、その後をついていった。


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