ゆびきりげんまん

奈良井 竜

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ミコト

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 スパァァァーーーーン!!!

 それは実にいい音で、あたりに鳴り響いた。
 同時に、その音の発生源であるカイルは、よろけて前方に倒れていた。
 肩に担ぎあげていたはずの少女は、その横に立つヘアピン青年の腕の中に納まっている。

 そして―――

 「ふぅ。人助けは、気分がいいわぁー。」

 いい汗をかいたとばかりに、額の汗をぬぐう若い女性が一人。
 腰に手を当て、仁王立ちするその手には、大きなハリセンがある。
 発生源がカイルであれば、このハリセンこそが、間違いなく凶器となるのだろう。
 ウリとジブリは、女性を見て固まっている。
 腕の中にすっぽりと納まる少女の無事を確認し、ヘアピン青年が女性を見た。

 「あ。」

 その一音のみ発し、他の2人同様固まる。
 腕の中の少女のみが、時折シャックリ音を発するだけである。
 しばらく、その微かな音のみが聞こえていたが、むくりとカイルが起き上がった。

 「ったぁー。何しやがっ・・・!?」
 「何よ!! 誘拐魔!!」
 「ゆ・・・誘拐魔だぁ~!? 一体、誰に向かって!!」
 「アンタよ!! アンタ!! このド変態!!」
 「!? なっ!!」

 怒鳴るカイルに、女性も負けていない。
 平然と怒鳴り返し、カイルが絶句する合間に、ヘアピン青年に駆け寄る。
 そして、奪うかのように青年から少女を引き離した。
 
 「大丈夫だった? 変な事されてない? 怖かったね~。」
 「おいっ! お前、聞き捨てならねぇな!!」

 問い詰めるべく、カイルが勢い良く立ち上がるも、それ以上女性に向かわないように、ヘアピン青年がその身体を使って抑え込み、彼女から少しでも引き離そうとする。
 一方、彼女も少女を背中にかばって、カイルを睨みつけた。

 「カイル! ダメだ!! この子は!!」
 「うっせぇ!」
 「ダメ! 絶対ダメぇ!!」

 カイルの勢いにヘアピン青年の身体が押されているのを見て、ウリがカイルの腰にしがみ付いて加勢する。
 悲鳴に近い声を上げるも、ズリズリとカイルに引きずられるだけなのが、もの哀しい。

 「よりにもよって、この俺に向かって、誘拐魔だの、ド変態だのと・・・」
 「間違ってないでしょ?」
 「違うわっ!!」
 「ジブリ! 何とかしてぇ!!」

 どちらも引く様子のない怒鳴りあい。
 言葉でも全身を使っても、止まる様子のないカイルに、ウリが取れる手段は一つである。

 「だったら、なんだってゆーのよ!?」
 「俺はなー!!」
 「カイル!」

 ウリに助けを求められ、いつものことだと言わんばかりにため息を吐いていたジブリだったが、カイルの口が滑るのを察すると、慌てて咎めるかのようにその名を呼んだ。

 「天遣てんしだ!!」

 ジブリの咎めも空しく、言い切ったカイルは、心なしか満足気である。
 すこしの間。
 ジブリとヘアピン青年は、頭を抱えていた。
 ウリは、何がイケないのか分からずに、きょとんと、カイルとジブリを交互に、視線を動かす。
 その目は先ほどの影響で、涙が溜まっている。

 「・・・・・・は? 今・・・何て・・・???」

 カイルの言葉が、今ようやく脳に届いたと言わんばかりに、彼女は問いかける。
 今、ありえない言葉を聞いた。
 表情は、明らかにそう物語っている。

 「て・ん・し!! だ。」

 その満足気な表情は、どこからくるのか。
 皆が呆れの表情 ―― 一部、きょとんとしているが ――― を見せる中、カイルだけが自信たっぷりである。

 「・・・・・・。」

 深く。
 本当に深ぁーく、ため息が吐き出される。

 「嫌よね。春になると、こーゆー頭の沸いた・・・」
 「嘘じゃねえ!」

 ため息とともに吐き出された言葉に、カイルは最後まで言わせてなるかと否定の言葉を重ねた。
 彼女は、しみじみと・・・。
 本当にしみじみと、カイルを見る。

 「何だ! その残念そうな顔はっ!」
 「いや・・・。黙ってれば、一応、それなりに、見れる顔してるのになーと・・・。」
 「勝手に哀れむな!! お前、すっげぇ失礼だぞ!」

 カイルが噛みつくように言うも、彼女は少女の手を引いて、歩き出す。

 「おいコラ! 何処行く!?」
 「色んな意味で危険なヤツと、これ以上同じ空気吸う気、無いわ。」
 「何だと!」

 カイルの反応など、完全にお構いなしで歩く彼女。
 追いかけようとするカイルを、再びヘアピン青年が身体で止めた。
 今度は、押し切られることなく、何故か止めることができている。
  
 「おいコラ! 無視ンな!!」

 カイルの声に、もはや彼女は反応しない。
 しかし、ジブリが彼女に聞こえるように・・・いや、聞かせるように声を張った。

 「ほっとけばいい。どうせ、彼女もまよい子だ。結局はココへ戻ってくる。」

 効果はてきめんだった。
 ピタッと、立ち止まる。
 そして、ゆっくりと振り返る。

 「・・・どういうこと?」

 ジブリを見返すその目は、疑いと探りが、ない交ぜになったものだった。

 「言葉通りだが?」

 表情を動かすことなく、ジブリは答える。

 「それって・・・。この・・・変な世界の事、・・・言ってる?」

 彼女は、言葉を選ぶように問いかけてくる。
 それは、彼女自身、今ここに置かれたこの状況が、「異常」であることに気付いている証拠だった。
 パタパタと、足音が聞こえてきそうな足取りで、ウリが彼女に駆け寄る。

 「おねーさん。ひょっとして、ココが普通じゃないって気付いてる?」
 「あたりまえでしょ? 人は結構いるのに、誰も私が見えないみたいだし! 何処に向かっても、辿りつくのはココ!! そう、この場所。・・・気がオカシクなりそうっ!」

 さすがにウリに対しては、その見た目からか、強く出れないらしく、少し拗ねたように彼女は答えた。
 それに対して、楽しそうに声をかけるのは、ヘアピン青年である。
 大柄な身体とは反し、その表情は柔らかく相手に威圧を与えることはない。
 それどころか、万人に好印象を与える笑顔である。

 「ふ~ん。それなのに、やっと見える俺達に出会えたのに、そーゆー態度とるんだね。」
 「それはっ」
 「すべて、初対面のその子の為? すごいね。キミ。」


 くすくすと笑みを見せる青年に、彼女は押し黙った。
 逆らいたいのに、妙に逆らえない。
 相手の反骨精神を、あっさりと削り取る。
 その表情が憎い。

 「おねーさん、名前は?」

 ウリが、彼女を見上げ、ニコニコと聞いてくる。
 こちらも別の意味で、逆らい辛い笑顔である。

 「・・・実琴みこと。」
 「やっぱり。」
 「え?」

 ぼそっと答えれば、これまた嬉しそうな声が返ってくる。
 そして、それはウリよりも、さらに下の方からも聞こえてきた。

 「みっちゃっんも!!」
 「え?」
 「みっちゃんも、ミコトだよ!!」

 実琴と手をつないだまま、嬉しそうに少女が見上げてくる。
 先ほどの怒鳴りあいと言い合いでビックリしたのか、ただ単に落ち着いただけなのか、少女の涙はすっかり消え、シャックリも無事に止まっているようだ。

 「・・・どういう・・・こと?」
 「キミ、ツイてる。ココに来るコで『ミコト』は、すべて俺達の担当だ。」

 戸惑う実琴に、目の前の笑顔が、さらに嬉しそうに微笑む。

 「担当…って。」
 「あったま悪ぃな。この『ミコト』は。」

 やや遠くから、呆れたようにカイルが、酷評してくる。

 「うっさいわねっ! ド変態!」
 「なっ!?」

 ここまでくると、完全に相性の問題としか思えない。
 売り言葉には、買い言葉で答えるのがマナーだ。
 再び熱のこもった・・・力の限りの声量での会話が再開される気配を感じ、その間にジブリが立つ。

 「まーまー。とりあえず、ココから出たくはないか? 2人の『ミコト』。」
 「出たい!! みっちゃん、ママのトコロに帰る!!」

 即答する少女に、ウリは腰を落として視線を合わせると、こてんと首をかしげた。

 「・・・また、お注射あるよ? 薬だっていっぱい飲まなきゃいけないよ? それでも、帰りたい?」

 少女が躊躇したのは、一瞬だった。

 「帰る!!」

 何かを決心するかのように、そう答えた少女。
 ウリは満面の笑顔で、手を差し出す。

 「そっか。じゃ、帰ろ。」

 ニコニコと、少女は大きくうなずいて、ウリの手を取った。
 2人、楽しそうに駆けていく。
 その後姿を、実琴は寂しそうに見送った。
 先ほどまで少女と繋いでいた手が、少しだけ2人を追おうと動くが、すぐに握りしめ下ろす。
 そんな様子を、じっと見つめ、ジブリとカイルは声をかけた。

 「さて、君はどうする?」
 「意地張っても、なんもイイコトねぇぞ?」

 それが聞こえているのかいないのか。
 実琴は、地面を見つめて反応しない。

 「カイル。ジブリも。意地悪く言うなって。」

 ヘアピン青年が実琴に近づくと、大きな身体を屈ませ、優しく声をかける。

 「ほら、とりあえず出よ。話はそれから。な?」

 そう言って、彼女の背を無理のない力で押すように、ウリたちが向かった方へと歩かせる。
 重い足取りではあったが、実琴は逆らうことなく、それに従った。

 「まったく。世話のかかる。」

 疲れ切った声でに、カイルがぼやけば、ジブリは呆れたように、一瞥をカイルに投げる。
 より世話のかかる状態にしているのは誰だと、問い詰めたくもあるが、そこは互いの担当領域というものがあるため、言っても無駄であることも嫌というほど思い知っている。
 それは、彼らが4人一組で動く理由でもあるので、己に割り振られた分担を、ただただこなすしかないのだ。
 ため息一つ。

 「仕方あるまい? ウリが決めたんだ。」

 そう言い聞かせるかのように応え、ジブリは実琴たちが向かった方へと歩き始める。
 ジブリの言葉に、カイルは肩をすくませただけで済ますと、彼もまた、同様にあと追うのだった。
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