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16話

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 結論から言えば、ガリュツィ・グリムアームは選挙資金を集めていた。
 彼は、新たな学長を目指していたのだ。


「わあい、わあい」
「わはは、わはは」

 ぐるぐると目の前をグリュンとメガネの青年が手をつなぎながら、ぐるぐると回っている。ミエルとイースは、互いに眉をひそめながらも彼らの動きを見つめた。ひどく楽しそうだ。ではなく。「……何をしているんですか、学長」 イースの問いかけに、ぴたりとメガネの青年は動きを止めた。

「ああ、イースくん、ミエルさん、よく来てくださいましたね」

 へらりと笑った三十を少し越えた程度の、背の高い男は、“学長”だ。グリュンと揃いのローブがずれて、すっかり肩が見えている。片手にはグリュンと手をつないでいて、彼は人ではあるが、まるで親子のようだった。

「そしてご質問の、何をしているかという問いについてですが、遊んでいました。僕はグリュンくんと遊ぶことが好きですので。でもそろそろお仕事の時間かな」

 堂々と胸を張る学長だが、グリュンはさすがに恥ずかしく思う気持ちも混じっているらしい。すぐさま学長から手を放して、ぴょんっと飛び跳ねると、学長から距離を置いて、「本当ですね、ごめんなさい。それじゃあまたね、イース、ミエル!」 たかたか消えてしまった。

 二人は僅かにうなずいた。学長も朗らかに片手を振っている。「お久しぶりです」 ミエルは静かに頭を下げた。学長とは、騎士学校の学長であり、かつ彼は研究所の所長でもある。彼は、獣人の騎士学校への入学を提案した主でもある。

 ミエル達の時代から学長を勤めた彼は、研究所の所長としてもまだ若く、経験も浅い。しかし現在の女王との知己でもあり、前所長の息子でもあった。騎士学校の学長は、各部隊の団長が持ち回ることになっているが、ある年から研究所の所長が勤めることが通例となったのは、前任の所長時代からの話である。面倒な役回りとして、ある種押し付けのような形から、座学に正通する研究所が適任とされ、形ばかりの数年後ごとに行うのが通例であったのだが、いつの間にか、確固たる立場を築きあげ、入学条件の変更でさえも成し遂げてしまった。

 柔らかい表情の向こう側には、譲らない想いを抱えているのだろう。学長であり、研究所の所長でもある彼は、うっかり扉を開けたまま慌てて飛び出したグリュンを微笑みながら見つめた。そしてついと彼が人差し指を向けると、静かに扉は閉まってしまった。

 自身の作業机に片手をのせて、「グリュンくんには聞かせたい話ではありませんので」 ぱちん、と片手を叩いた瞬間、全ての音を断ち切った。この部屋の中の音は、これでもう外に聞こえることはない。

「イースくん、ミエルさん。本日は、私達が調べた内容と、あなた方が見聞きした内容の差異がないかどうか、という確認のためお呼びいたしました。魔法種の調査ですから、本来は第二部隊の権限なのですが、今回は事情が事情ですから」

 団長自身が縄を巻かれることになってしまったのだ。お察しである。イースは肩をすくめた。

「イースくんは、ガリュツィに禁術を使用しましたね?」
「ええ、“あちらが先に”攻撃を仕掛けてきたものですから。俺が資料を漁っているあたりで、気がついたのでしょう。やられる前にやりました」

 もちろん嘘だ。ガリュツィには許可なく禁術を使用する行為は禁止されている。しかし証拠が出れば話は別、とイースは彼に伝えたが、あれはあくまでもはったりである。実際には、ガリュツィからの攻撃に仕方なく、と説明している。もしかすると学長はイースの虚偽を見破っている可能性はあるが、証拠もない話であるし、重要な事項はそこではない。きらりとメガネを光らせる程度で話は終わった。

「そのとき、ガリュツィが考えていたことは?」
「まずは獣人の排除。また、騎士団に加入できるものは男のみ、と強い意思を」
「惚れ薬をばらまいていた理由もおわかりで?」
「選挙資金のかき集めですね。ガリュツィは、学長になることを望んでいました。例年通りでしたら、第二部隊の団長が学長になることはない。自分が求める騎士の姿を作ろうと目論んでいた」
「ふむ。こちらと概ね同じ内容です」

 現在の騎士たちから獣人と、そして女であるミエルを排除すべく、彼は志を同じくするものたちと秘密裏に動いていた。彼の部隊に入れられた獣人の多くはすでに除名されていたが、現在は再度の調査を行い、希望者には復職を募っている。残念ながら夢は潰えたと首を振るものも多いが、部隊を変えてすでに力を発揮しているものも多い。

「世の中は、変化している。性別、種族にとらわれることなく、個人の能力にてその力を発揮できるようにと、女王様もそう望んでいらっしゃいます。けれども理想にたどり着くための思想は、いつも遅く、手が届かない。今回は私の不手際です。もっと時間をかけ、少しずつ変化をさせていくべきでした」

 思想を変化させるには、長い時間が必要となる。女の身でありながら、国を背負う立場となった女王を知るものだからこそ、姿に足を引っ張られる彼らの姿を歯がゆく思っていたのだろう。

「しかしすでに一度決めたことです。今回のことで、また獣人の入学を不可としてしまえば、さらなる差別が膨れ上がる。あなた方はグリュンくんの友人です。彼らの姿が私達と異なっていたとしても、少しばかりの変化がある程度だと、知っているはずです。どうか、私の力になってください」

 力不足を嘆きながらも、彼は強い瞳で二人を見つめた。イースとミエルは、互いに瞳をあわせた。そして、返事は決まりきっている内容だ。


 ***



「それでだな、ミエル。グリュンが“惚れ薬”を持っていた理由なんだが」

 件の内容から、腹立たしいことにミエルは蚊帳の外であった。実力行使としてやってきたガリュツィからの刺客をあっという間にのしあげた彼女だったが、活躍どころと言えばそれくらいだ。本人としてみれば気づけば話が終わっていた。膨れ面になるというものである。しかしそんな姿を見せることも恥ずかしく、「ええ、なあに」と澄まし顔を作って、自室のソファーに座っている。あまり堂々と表で話す内容ではなかったから、ミエルの部屋に来たのだ。

 しかしこれは失敗だった、とイースは静かに自身の顔を片手で押さえた。「その、な。もともと、巷で流れていた惚れ薬は、惚れ薬にもならないものだった、と、いうことはもう伝えていたよな」 これは以前にイースが伝えた。ガリュツィからの情報だったが、これは考えてみると自身の内容を、さぞすぐさま調べ上げたという体でこれ以上踏み込むなという意味合いでイースに伝えていたのだろう。

「ええ、劣化品だったのよね?」
「そうだ。本物をいくつも製造できる力などなかったんだが、つまり惚れ薬ではなく、自身を正直にさせる薬だったというか」
「そうだったの」

 それがどうしてグリュンが惚れ薬を持っていた理由になるのか。ミエルは首を傾げると、イースはしばらく彼女を見つめて、ため息をつきながら彼女と同じくぼすりとソファーに座り込んだ。

「学長も、グリュンも、すでに劣化品である惚れ薬は入手していた。その調査で持っていたんだ。俺たちに詳しくそれを言わなかったのは、もちろん事件の調査中だったからなんだろう」
「はあ……」
「だから、俺達がかぶった薬は、惚れ薬じゃない。ただの劣化品だ」


 あのときグリュンは、惚れ薬だと言い合うイース達に向かって、ただゲロゲロと言葉を繰り返していた。彼は混乱するとすっかり言葉が話せなくなってしまう。
 ミエルはぴんとこない顔で、真面目な顔つきをするイースを見つめていた。ところで、ミエルはひどく不思議に思っていることがある。自分の心の中を探ってみた。すると、やはりイースが好きだと呟いている。一ヶ月など、とっくに過ぎてしまったのに。不思議には思ってはいたが、ほっとしていた。でもこの気持ちが、ある日突然消えてしまったらどうしよう、と怖くてたまらない。

「だからな」

 イースが続けた。

「お前が……いや、俺が、お前のことを好きだと言っただろう。あれはただ、“正直に”なっていただけなんだ」
「…………え?」

 よくわからなかった。

「だから! あれは惚れ薬じゃない。自分の奥にある気持ちを、勝手に出してくる薬なんだよ! 俺たちは惚れ薬だと勘違いして、しょうがないと言い訳して、盛り上がってただけなんだ!」

 たまらずイースは叫んだ。その首元は真っ赤だった。ミエルは幾度か瞬いた。そうして「……え?」 口から漏れた声は、声にもならなくて、かすれていた。

 ――――ごめんね、お互い、ちょっと正直になりすぎちゃう薬みたいで

 グリュンが言っていた言葉だ。ミエルは、静かに息を飲み込んだ。そうして、ゆっくりとイースの言葉を理解した。「…………ひっ」 長らくの間があって、響いた声はそれである。口元を押さえて震えた。嘘だ。そんな。

 ――――イース、好き……!!

 何回も言った。気持ちいい、もっとして。お願いもした。これは、薬のせいだから仕方がないと、そう思っていた。気持ちがなくなってしまうことを恐れながらも、薬でおかしくなっているだけだから、と安心して、彼に好きにされていた。



 ミエルは、イースに対して、一つの記憶がある。そのことを、ミエルが知っていることを、一生言うつもりなんてありはしない。魔法の才がなく、授業にすら受けられなかった彼女は、多くの嘲笑をもらっていた。意味もなく剣を振り回していると笑われ、蔑まれていた。いつものことだと陰口にため息をついて物陰に隠れていた。いくら騎士の家系とは言え、女のくせに。何度もきいた言葉だった。

『男だとか、女だとか、女々しい奴らだな!』

 聞こえた声の主が誰であるのか。そのときはわからなかった。ゆっくりと耳を傾けると、彼女とは犬猿の仲であるはずの、ウズルイフ家の嫡男の声であると気づいたとき、ひどく彼女は驚いた。
 まさかミエルが聞いているとも思わずに、イースは叫んだ。

『あいつが女であることに、なんの意味があるんだ? 俺たちは同じ立場であるはずだ。こんなところでこそこそ話をするくらいなら、ミエルを見習って剣の一つでも振り回せ!』

 ひどく苛立った口調だったが、ミエルはリョート家ではなく、ただのミエルであるとも言っていた。その話し方はミエルと顔を合わせても変わらなかった。眉を吊り上げ、人相が悪く睨みあげる彼は、ミエルを嫌っているように見えたが、男でも女でも、変わらず手を抜くことなく対等に接した。それが、とても嬉しかった。だからミエルもそうあろうと思った。


 ガリュツィの授業すらも参加することもできず、ただ情けなくうずくまっていたとき、名前も知らない獣人が、ミエルの背中をちょんと叩いた。「げろ」と彼は笑っていた。同じクラスだったような気がするが、名前なんてわからない。

「僕、グリュンっていうんだけど。あのね、僕、魔法がちょっと得意なの。だから、もしよかったら僕が教えるよ」

 グリュンは小さな体をもっと小さくさせて、うずくまっているミエルの前に座り込んだ。「だから、大丈夫だよ」 ミエルは獣人とまともに関わったことなどない。けれどもそのとき、ひどく胸が傷ついていたから、ほろりと一つ涙がこぼれた。わあ、とグリュンは驚いた。それから小さな手でミエルを撫でた。

「あのね、僕の友達、イースっていうんだけど、彼がきみのこと、気にしてたの。でもね、いじっぱりだから、かわりに僕がきたの。一緒にがんばろうね」

 げろげろ、と獣人、いやグリュンは笑った。ありがとう、とミエルは声を落とした。グリュンは教えることがうまかったから、ミエルはめきめきと腕をあげた。そして、グリュンと友人となった。

 イースとは、顔を合わせる度に互いにつっかかった。でもそれは、彼が言っていたように、彼がウズルイフ家であることは関係なく、イースはただのイースとして、彼のライバルでありたかった。恥ずかしくない姿になりたかった。そうしなければ、すっかり甘えきった、女である自身がときおり飛び出すようで、許せなかった。必死に嫌いなふりをしていた。


 なのに、そんな。

 ただ真っ赤な顔で、ミエルは首をそむけた。それが精一杯だった。そうしたあとで、幾度も彼に“告白”をされたことを思い出して、まさかと考えて、嬉しくて、でも信じられなくて、女である自分がやっぱり許せなかった。なのに、「ミエル」 ゆっくりと伸ばしたイースの片手がミエルの頬を撫でた。柔らかくキスをしたとき、ぽんっと頭の中でなにかが弾けてしまいそうだった。

 だって今度は薬のせいになんてできない。ただミエルが、彼が好きだという事実があるだけだ。「……んっ」 気づいたらもう一度唇を合わせていた。すでに日は暮れている。外にでる必要なんてどこにもない。彼らは幾度もキスを繰り返した。そして、“仕方がない”行為をした。ベッドの上で、ミエルはイースを誘った。イースはミエルの片手を、シーツの上に縫い付けていた。







「あう、ん、イース……」
「ん?」

 イースはゆっくりとミエルの服を脱がし、全身にキスをした。首筋から、胸、腹をつたって、ふとももに足先と、全てに自身を刻み込むようにキスをした。口元をのせるたびに、ぴくりと彼女が震えることが嬉しくてたまらなくて、ただ“正直”にあろうとした。顔を片手で隠すように、白い胸をこちらに向けて震える彼女が嬉しい。

 こうしてミエルを裸にしてベッドの上にのせるのは、すでに何度もした行為のはずだが、いつもはただがつがつと彼女を喘がせるばかりだったのに、今は長くこうして見つめていたい。とは言え、我慢の限界だった。すでに上半身は脱ぎ捨てていたし、スボンはしっかりと情けないばかりにテントをつくっていた。スボンを脱ぎ捨てると、下着はじわりと濡れていた。我慢をし続けていた行為だった。

 すでにミエルの膣はほぐし終えている。とろとろに溢れる愛液が可愛らしく、そこにも小さくキスをした。「ひゃあっ!」 ミエルが腰を飛び跳ねさせたが、無理やりベッドにくくりつけた。舌をのばし、小さな豆をそっところがす。「ひ、あ、うう、だめ、イース」 しびれる、と震えた声は、まるで初めてであるかのようだ。不思議とミエルはいつも初々しくイースの仕草に震え上がる。それがまたくるものがあった。つぷりと舌を彼女の中にいれた。ぬるりと温かく不思議な感覚だった。

「ひっ……あう、う、ううー……!!」

 すっかりミエルの腰はひけている。もういいだろう、と思うのに、あんまりにも彼女が可愛らしくて、ついついいじりすぎる。「ミエル……」 正直、もう入れてもいいだろうか、という意味だった。ミエルも、恐らく意味を理解していた。こくりと頷いたあとに、すぐに困ったように視線をそらした。そのことがイースは不安だった。

 なぜならあの薬は、自身を素直にさせるものだ。

 確かに、一度は最後までしてくれと告げた彼女であったが、初めはたしかに、彼とのセックスを嫌がっていた。ならばそれが彼女の本音であるはずだ。してくれと告げたのは欲に負けたと言えなくもない。それほど、彼女の体を嫌になるほどイースはいじり続けていた。彼女に嫌われていると思うと、ぞくりとくるものがある。そんな自身に驚いて、バカバカしく感じるのに、ミエルを相手にするとどうしても慎重な気持ちになってしまう。

「なあ、ミエル、本当にしていいのか……?」

 だから情けないことにも尋ねていた。「え?」 すっかり流れにまかせていた彼女は、小さく疑問の声をあげた。いいもなにも、すでに全てをイースに捧げる気である。なぜ彼がそんなことを言うのか、ミエルにはわからない。「だって、お前……前は嫌だっていってただろ」 無理にしたいわけではない。もちろん、したいにきまっているが、とイースは言葉を飲み込んだ。

「そ、それは……」

 少しばかり言いよどんだのはミエルだが、それほど隠したい話でもない。ミエルがさくりと告げた次の言葉に、イースはびたりと固まった。「だって、したことがないもの。イースが初めてだから、あのときは少し、止めてしまっただけで」「……は?」 恐らく聞き間違いだろう、とイースは考えた。首を傾げた。しかし同じように首を傾げたミエルを見て、じわじわと言葉を理解していく。「……は!?」

「したことがないって、まさか処女って意味じゃないだろ」
「……? 処女よ? キスもイースが初めてだもの」
「はあ!?」

 ずざりとイースはミエルから距離を置いた。腕に顔をつけて、仰天して口元を引きつらせている。そんな彼を見ると、やはりおかしなことだっただろうか、とミエルは少しばかり恥ずかしくなり、裸の体を丸めて隠したところで、イースは叫んだ。

「こんなに可愛いのにか!?」
「か、かわっ」

 きつい雰囲気をしているからか、美人である、と言われることは多いが、可愛いと言われることはそう多くはない。幾度かすでにイースに言われてはいたが、薬をかぶっていたからだ、と冷静になるように自身を言い聞かせていた。まさか素面で言われるとは、とミエルは瞳を丸くして、すぐさま口元をきゅっと閉じた。嬉しい顔をするのも恥ずかしいのに、幾度も心の中で彼の声を思い出した。

「い、イースだって、私、かっこいいと思ってるけど……」
「それは、嬉しい、が、じゃなく」

 じゃあ、と記憶を遡らせる。確かに彼女はデートも初めてだと言っていた。しかしキスも初めて、となると、訓練場の近くの木陰で、彼女の唇を奪った。それが彼女の初めてであって、資料室で脱がせたり、胸をもんだり、あげくのはてには……と幾度も自分の行為を思い出して、頭が痛くなった。処女になんてことをさせていたのだ。どうりで彼女の反応が初々しいにきまっている。

「も、申し訳なかった……」
「…………?」

 謝りながらも、じわじわと別の気持ちも膨らんでいる。全部、ミエルの初めてであった。そういったものに執着はないつもりであったのに、いざとなると嬉しさが膨れ上がった。気づくと彼女にキスをしていた。可愛い。胸をもんで、恥ずかしがりながらも気持ちよく声を漏らす彼女が愛しい。「……俺でいいのか?」「え?」 あのとき、勢いのままに最後までしてしまわなくてよかった、とイースは心底安堵の息をついた。

「もらっちまってもいいのかって、きいているんだよ」

 いいえと言われたところで、正直苦しいところだが。ミエルはぱちくりと瞬いて、「え、でも、大半……」 先程度ならば、すでに埋めてしまっている。「い、いうな」 唇を噛み締めた。我慢のきかない自身が、本当に憎い、とイースは思い返していた。

 そんな風に後悔をするイースを不思議に見つめながら、ミエルはゆっくりと彼の首元に手を伸ばした。

「イースがいいのよ。最初から最後まで、全部あなたがいいわ」
「……ん」

 照れたから、顔をそむけた。嬉しさが胸にひろがるばかりだった。最後にひとつ、イースは彼女にキスをした。そうする間に、彼女の膣の具合を確認して、足を広げさせる。そっと固くなった自身の先をあてがった。すでに何度もほぐした場所だ。とろとろで、入れるだけで進んでしまいそうだ。先のみで止めていたその場所をくちゅりとペニスでいじると、しらずに唾を飲み込んでいた。ゆっくりと、先を埋めていく。

 先のみで我慢を繰り返していた。これ以上進んでもいいのか、と不思議な罪悪感があった。けれども、じわじわと己を押し込んだ。ミエルは処女であったが、すっかりイースが時間をかけて彼女の体を変えていたから、痛みは少なかった。けれどもわずかに増える圧迫感に知らず、ミエルは唇を噛み締めた。半分程度イースのそれが埋まりこんだとき、互いに荒く息を繰り返した。入っている。たしかに、イースがミエルの中に入っている。

「イース、すき……」
「俺もだ……」

 勝手に、声がもれていた。ちゅ、とキスを繰り返してまた進めた。僅かな痛みがあったが、ミエルが息を吐き出す度に、少しずつイースが近づく。「あうっ……!」 ぷつり、と、不思議な感覚があった。彼女の膣から溢れる血が、点々とシーツをそめていた。「悪い、もう少しだ」 最後に、静かに彼は全てを埋めた。「あ……イース、入って……」「ん」 ちゅ、とキスをする。彼らの陰部が、ぴたりと合わさっている。

 不思議な感覚だった。痛みはほとんどなかった。長く繰り返した愛撫が功を奏した。そっとミエルが接合部を見つめると、互いの陰毛がぴたりと合わさっている姿が見える。羞恥に顔をそむけると、あまりにも濡れた彼女の中だ。ずるりと一瞬にしてずれてしまった。「あっ……いやあ」 くっつけたい。そう思う。互いにそう思ったから、イースも唇を噛み締め、再度彼女の中に進めた。ぐちゅりと大きな音が響く。ミエルの内部は、ひどく彼を締め上げた。あまりの気持ちよさにめまいがしそうだ。

 くっついた、と安心する度に離れてしまう。それをくっつけて、離してと繰り返しているうちに、気づけばリズミカルに互いに陰部をこすりつけていた。ぐちゅぐちゅと水音が響き、ミエルの甘い声が漏れている。

「あっ、あっ、ぁっ、あっ、あっ、イース……!」
「ミエル……!」

 イースは彼女にキスをしながら、ミエルに腰をうちつけた。ギシギシとベッドがきしむ音がする。震えるほどに気持ちがいい。イースはミエルの片足を持ち上げた。「ひ、あっ……!!」 ぱちゅぱちゅと打ち付ける場所を変えて、彼女のクリトリスをわずかにいじる。「~~~~!!!」 びりびりと震えた。

 あまりの衝撃だった。きゅっと彼女の膣が彼をしめあげたとき、イースは鈍い声をくぐもらせた。温かい何かが彼女の中に入っていった。彼らは無言のままベッドの上でただ息ばかりを荒くさせた。目が合えば、またキスをしてしまう。くぷりと彼女の中からひくぬくと、白濁の液までぽたぽたとこぼれている。白と赤が入り混じったそれを見て、ただイースは視線を逸らした。顔を隠さないと、緩んだこの顔をミエルに気づかれてしまうからだ。
 もちろん、彼女は気づいていたけれども。



 ***



 ミエルはベッドの中で丸まりながら、ただ無言で小さくなった。イースに背を向けているから、彼女のきらきらとした銀の髪だけが見えている。イースも両手のひらを首の後ろに置きながらも、ただ静かに時計の音をきいていた。ちくたくと聞こえる音ばかりで、ひどく気まずい。なんてことは、もちろんない。

「…………ッ!」

 声にならない声を漏らしながらも、イースは先程までの情事を思い出した。とろけるようなミエルの顔と、ひどく素直な言葉ばかりを考えては嬉しくなる。こちらに白い背中を向けている彼女のちらりと見えた耳はひどく赤い。思わず食べた。

「ひっ……やっ!」
「こっち向けよ」

 ミエルはおずおずと振り向いた。そして唇を尖らせたまま、不満げな顔を作ってイースにすりよる。「…………!!!」 また声が出なかった。イースが言ったから。そんなふりをしていることがたまらない。抱きしめた。夜の静かな空気がふわりと窓から漂ってくる。部屋の中は月明かりばかりで、静かだった。繰り返したキスは数え切れない。

「今更だけど、これからはこういう関係ってことでいいよな?」

 互いに好きと知っている。けれど確認をしたわけではない。イースのキスを受け入れながら、ミエルは静かにうなずいた。けれどもすぐに不安げに眉を垂らした。

「……ん?」
「イース、でも私達はウズルイフ家とリョート家でしょ? あまり、その大きく言うには……」

 互いの実家は犬猿の仲である。そんなの、とすぐさまイースは笑ってしまった。

「魔法と剣、どっちが上だって話だろ。そんなの、さっさと次の世代に進めりゃいい話だ。つまり剣と魔法、どっちかじゃなく、両方だと教えてやればいい」
「えっと、私かイースが、もっと腕を磨くということ?」
「そうじゃなくてな」

 だから、と説明しようとしたとき、イースは自身が一足飛びに話を進めていたことに気づいてしまった。互いに一つの枕に頭を載せて、ぱくりと口をあけていたイースが、唐突に彼が口元をひきつらせた。それから真っ赤になって顔をそむけた。一秒、二秒、三秒。うーん、と考え込んでいたミエルが、ハッと瞳を瞬かせた。

「あ、あの、嫌じゃないけど、けど! ひ、避妊は」
「し、してる。もちろんしてる! ただ、その今後の話だ!」
「今後の……」
「そう、今後の」

 それなら、と頷きながら、互いにシーツをひっぱったら、つんとのびてしまった。振り返って、ぴたりと体をつけたまま、キスをした。それから笑った。ゆっくりと、カーテンがはためいた。また明日がやってくる。

 次の日になると、彼らは素知らぬふりを必死でした。なぜならいがみ合っているはずの両者だ。いきなり仲良くなるにも無理がある。それでも、イースがそっと小指を絡ませてくるからミエルは必死に口元を引き締めた。でもやっぱり、こっそりキスをした。これから先は、きっともっと。たくさんのキスをするんだろう。



※※※
あとがき

こちらで完結となります。
読んでくださり、ありがとうございました!
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感想 3

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みんなの感想(3件)

c-
2024.01.06 c-

あ゛ぁ〜
やっぱりケンカップルいいわ〜
ありがとございます。

AMふとん
2024.01.06 AMふとん

c-様

楽しんで読んでくださったのならとても嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました!

解除
千代
2024.01.06 千代

素敵な小説を読ませていただきました。ありがとうございます😊
勘違いからくる2人の胸の痛みが伝わってくるようで途中うるっときてしまいました。

今後も投稿予定があるといいなぁ。
続編、新作等が読めるの楽しみにしています!

AMふとん
2024.01.06 AMふとん

千代様

楽しんで読んでくださったのならとても嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました!

解除
ulalume
2024.01.06 ulalume
ネタバレ含む
AMふとん
2024.01.06 AMふとん

ulalume様

楽しんで読んでくださったのならとても嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました!

解除

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