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10話

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 あれだけ互いに静かにしていたのに、耐えきれなくなったのは同時だ。

「離れて、離れなさいイース! あっちに行って!」
「それはこっちの台詞だ、こんっなかわいいかっこしやがって、ふざけてんのか!」
「ふざけてるわけないでしょ大真面目よ!?」
「うるせえゴリラ!」
「うるさい頭でっかち、褒めないで!」
「褒めてるわけねえだろ脳みそ腐ってんのか!?」


 すっかりいつもの彼らである。そうしないとおかしくなってしまいそうだ。
 ミエルとイースは二人して距離を開けて、胸を押さえながらもはあはあと顔をそむけた。耐えきれない。可愛い。好きだ。かっこいい。ぐるぐる回る言葉と感情を抑え込んだ一言は、『任務』のそれである。歯噛みを繰り返しつつ、作戦を練った。デートらしく見えるための作戦である。彼らは真面目であった。クソ真面目と言ってもいいかもしれない。

「くっそ、デートらしいってなんだよ。あ? いちゃつけばいいってか」
「消えて頂戴。そして私がわかるわけがないわ。デートなんてしたこと、一度としてないのだから」
「胸を張るな!? あとそうなのか!? ないのか一度も」
「誓ってないわ」
「そんなもん誓わんでいい!!」

 つまりこれがミエルの初めてということなのかとこれまたくるものがあった。ぐっとイースは唇を噛み締め、言葉を飲み込んだ。すぐさま視線を逸らした彼の思惑などミエルに通じるわけもなく、互いに腕を組み仁王立ちのまま睨み合った。きゃあきゃあと楽しそうな子供の声が聞こえる。

「…………」
「…………」

 家の手伝いを抜けてきたのか、ボールをぽんぽんと跳ねさせている。

「……それなら俺についてこい! デートだろ! 劇場に行くぞ!」
「……まかせたわ! こちらは素人よ! お手柔らかに頼むわ!」

 カッと叫んだ。ずしずしと力強く並んで歩く彼らであったが、しばらくすると、イースは真っ赤な頭をかきむしった。

「ほら!」
「…………?」
「野生の動物か! 訝しむな! 手だ! 手!! さっきも同じことをしたろうが!? なぜ後退している!?」

 先程の方がまだスムーズに誘っていた気がするのだが、意識をすると中々難しい。互いに静かに握手をした。違う、と引っ剥がしたのはイースである。「こう、だ!」 いわゆる恋人つなぎである。ミエルは気を抜けばおろおろとしてしまう自身を必死で律した。「任務だ!!」と再度イースは叫んだ。だからこれは仕方がない。仕方がないのだ。

「任務ね、任務だったわ!」
「そうだ。いいか、気合を入れろ!」
「任務よ!!」
「気合を入れすぎだ! 叫ぶな!!」
「あなたもね!!!?」

 わちゃわちゃと騒がなければやってられない。こうして、二人はなんのかんのと劇場に向かった。もちろんしっかりと手をつないで。どうなることやら、と不安に感じたのは杞憂だったらしい。


 照明が落とされたホールの中で、座席を挟んでイースとミエルは手を繋いでいた。すっかり、それがあることが当たり前だ。

『神様は、初めに大きな木を作りました』

 正面には水の魔法種を利用しできた薄い長方形の幕に、刻み込まれた波紋が広がる。そこに当てる光を工夫することで物語が映し出される。幕の隣には語り部がつき、台詞を語る。広いホールの中でも、幾重にも音が広がるように客同士の音はかき消されるように簡易の魔法が施されており、語り部の声自体も増幅されている。

『大きな木には、たくさんの種がなりました。それを拾うように、神様はみっつの形を作りました』

 人である男と、女と、うさぎの獣人だ。創世神話の一つだが、獣人の姿には、ここでは特に意味はない。グリュンと同じカエルであったり、リスであったりクマであったりと様々だ。そもそも、生み出されたものは人の男のみである、という逸話も存在するが、現在は女王が統治していることもあり、今後はこちらの物語が主流となっていくのだろう、とイースは静かにあくびを繰り返した。

 形ひとつが拾える種は、一つだけ。三人はそれぞれ種を選んだ。それは空と大地と、海となり、彼らは、彼らが必要なものを選び抜くことができた。それぞれがそれぞれに足りないものを補うことができたという流れから、国が成り立ち、そこでも一波乱がおき、治めてと波乱万丈な物語だが、イースにとってみれば幾度もきいた物語だ。

 ミエルと二人で、一体何を見ればと困惑して思わず入ってしまったわけだが、これは間違えてしまったかもしれない、とそっと隣に座る彼女を覗いてみたところ、案外真剣な顔つきで、じっとスクリーンに目を向けていた。彼女のこの表情は、何度も見たことがある。

 暗い室内の中で、光の魔法種から正面に反射する、わずかな明かりがときおり彼女を照らした。画面が変わる度に、ぱっぱと彼女の横顔が見えた。片手は握ったままだ。イースと“おかしな”関係となってしまう前は、彼女はイースを見る度に眉を吊り上げていた。今でもそうだ。彼女の甘い表情は、薬で無理やり作らされているものだ。

 だからなんだろう。イースを見ていない、ただのミエルの表情を見て、ふと彼は彼女の頬にキスをした。ミエルが驚いてこちらを向いたところで、今度は唇だ。周囲を見回し、声もなく抗議の瞳を向ける彼女に、「聞こえねえよ。客側からは防音がつけられてる」 ぱくりと口を動かすイースの声も、彼女の耳には届かない。理解できたらしいが、困惑の顔つきだ。それがまた可愛くて、もう一度キスをした。周囲の客もまばらだ。

 座席に隠れながらも、ひっそりとキスを繰り返した。たまらず、そっと彼女のふとももに手が伸びた。さすがにミエルは抵抗したが、そうすることで逆に周囲から目立ってしまうと気がついたらしい。彼女のスカートを、そっとめくろうとするイースの手を止めようとしたが、そしらぬ顔で今度は正面を向いたまま、無視をした。

 めくったスカートは、すぐにミエルが両手で隠した。けれど、とっくにイースの手は彼女のももを触っている。もぞもぞと動く手はとまらない。ちょん、と下着越しに彼女のそこをさわったとき、ミエルは震え上がった。幾度も指の腹でちょん、ちょん、と突かれる。ぐりぐりと指の腹で抑えるようにいじられた。すっかり彼女は体を硬くして、うつむきながらスカートを押さえ込み、ただ耐えていた。

 くちゅりと今度はゆっくりと、強く押した。湿った彼女のそこを確認して、そろそろとイースは彼女の小さな下着をわずかにずらした。「い、いや……!」 聞こえない、と言われたものの、さすがに大声を出すこともできずに、ミエルはイースを見ながら首を振った。彼は正面を向いたまま、すっかり濡れている彼女の中に、ゆっくりと中指を差し込んだ。「~~~~~~!!!」 ぐちゅり、ぐちゅりと抜き差しを繰り返される。

 いつもなら喘ぐ声も、彼女は必死で飲み込んだ。息も絶え絶えに、イースからの責めに彼女は耐えた。彼は素知らぬ顔をしているくせに、手だけは激しく彼女の膣をいじった。「い、イース……」 語り部の声は、すっかり遠くなっている。涙目にミエルは彼を見上げた。その姿を見て、イースはたまらなく感じた。そんなつもりはなくとも、すっかり彼を誘っている。耐えかねた。もう一度キスをした。ミエルも彼に向かって顔を上げて、キスをしやすい角度を互いに探した。

 落とされていた照明が、静かに元の明かりに戻ったとき、イースとミエルは呆然として互いを見つめていた。はだけていた服は元通りとなっているが、その顔つきまでは変わらない。ことりと額を寄せるように、イースはミエルに囁いた。

「お前の部屋、今日も、行くから」
「う、うん……」

 ミエルの頭の中でも、すっかりベッドの上でイースに喘がされている姿を想像して、勝手に頬が赤くなってしまう。イースは静かに彼女を見下ろした。

「ミエル、お前……」

 やっぱり可愛いな、と。言おうとしたときだ。「なあ、お二人さん」 見知らぬ声に話しかけられた。

「これ、こっそりとなんだけど。すっごく気持ちよくなる種があるんだが、よかったら使ってみないか? あのときとか、最高だぜ」

 恥も外聞もすっ飛ぶからよ、とにまにま後ろの座席から声を掛けてくる男がいる。その手には魔法種である。ミエルとイースは、互いに顔をあわせた。そして。

「確保ッ!!!!!!!」
「あ、アア!?」

 男は抵抗したが、お縄につき連行されたとき彼が言っていた言葉と言えば、『どう考えてもただのバカップルだと思っていた』とのことである。いたしていたシーンを見られることはなかったようだが、額を突き合わせて語り合っている姿はしっかりと見られていたらしい。

 一体、どんな演技をしたんだと同僚たちからは疑問を突きつけられたが、二人は眉間の皺を深くさせながら、もちろん語ることはなく、固く口を閉ざした。ただし、夜はベッドの上でミエルは甘い悲鳴を上げ続けたわけなのだが。

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