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8話
しおりを挟む友達なんてもともといない。ざわつく食堂の中で、ミエルはただ静かに紅茶をすすった。その隣ではグリュンが短い足をばたばたとさせながら、クッキーを頬張っている。
学生時代からの友人と言えば、もしかするとグリュンしかいないのかもしれない。グリュンは口下手な獣人だったが、こうしてよく二人並んでお茶をしたものだ。
「……グリュン、最近はどう?」
「んん? えっと、その」
「研究所でいじめられてない? 大丈夫?」
「うん! だいじょうぶ」
グリュンは大きな瞳をくるくるさせて、にっこりと笑った。そんな彼を見て、頬に手のひらを置いて肘をつきながらも、わずかにミエルは口元を緩ませた。氷の魔女と呼ばれる彼女がひっそり溶けてしまうのは、グリュンを前にしたときだけだ。
なぜこんな問いかけをするのかと言えば、カエルの獣人である彼は、その優秀さを認められ入学を許可されたのだが、騎士学校時代、時折彼は心無い者たちにいじめられることがあった。大半が男ばかりの学校だ。ミエルは自慢の腕力で、グリュンを馬鹿にする男たちをずたずたに切り裂いてやったのだが、それはさらにミエルが魔女と呼ばれ、孤立する要因となった。が、後悔はしていない。
どこにでも、人を見た目で判断するものたちはいる。ふう、とミエルはため息をついた。「……ミエル?」 グリュンが、心配げに声をかけた。「グリュン、イースは……」 普段なら、彼の名を告げることもありえないはずなのに、名を呟くだけで、どきりと胸の奥が痛くなる。
夜になると、イースは静かにミエルの部屋の窓を叩く。そっと扉を開けると、彼のマントが夜風にはためいていて、憎まれ口を叩くものの、すっかり冷たくなった彼の頬に手を伸ばしてしまうのだ。こんなのまるで、(恋人同士みたい、な……) 認めたくはないことだが。
もう幾度彼とキスをしたかわからない。すっかり彼女の全身は彼に荒らされているし、ここ数週間の間に、確実に感度をあげられている。正直、最後まで行っていないことが不思議に思うくらいだった。互いの堅い意思の元になんとか踏みとどまっている現状だった。
「ミエル、イースと、なんだかおかしくなってるの?」
グリュンが、大きな瞳をくるくるさせて手の中のクッキーをぼとりと落とした。「えっ」 惚れ薬をかけられた、と認識をしているが、通常の惚れ薬が果たしてこれほどの作用をするものだろうか。現在の彼らの状況は、グリュンの想定外の状況に違いない。心配をかけるわけにはいかない、とミエルはこの子供のような獣人から視線をそらした。
「い、いえその、うん。まあ、グリュンは気にしなくてもいいの。それより、怒られなかった? あれ、研究所の薬だったんでしょう?」
「大丈夫だよ。ごめんね、お互い、ちょっと正直になりすぎちゃう薬みたいで」
「正直に……」
あの強すぎる劣情は、閉じ込められたミエルの性欲によるものなのだろうか。通常の惚れ薬よりも強力な理由を理解し、震える手で彼女はソーサーにカップを置いた。んぐ、と唇を噛んでいる。
「ま、まあいいわ。グリュン。薬の効力も、もう少しできれるはずよね。だいたいどれくらいかしら」
「どうかなあ……。んと、だいたい一ヶ月だから」
ミエルよりも一本少ない指先をぴこぴこと動かして考える。「あと、んと、一週間と、ちょっとかなあ」 だいたい想像通りだった。
時間が経つにつれて収まると想像していたはずなのに、実際は逆だった。任務中は平常でいるようにと努めているが、それが終われば、イースのことばかりを考えてしまう。今もそうだ。彼の姿を視線の先で探している。
「ぼくは……」
グリュンは、もむもむと静かにクッキーを食べながら呟いている。「二人には、仲良くなってほしいなあ……」 グリュンはイースと、ミエルはグリュンと。二人はそれぞれ友人だから、犬猿の仲だというのに、ときおり関わってしまうのだ。グリュンをいじめるやつらを滅多打ちにしたときもそうだった。
「グリュン……」
ミエルは静かに長いポニーテールを揺らしながら、彼を覗き込んだ。さみしげな瞳をしている。んんぐうっ! と口元を噛みつつ拳を握り、ミエルは勢いよく視線を逸らした。最近は別の意味で仲良くなってしまっています、なんてまさか言えるわけがない。
とにかく、残りの一週間と少し、無難に過ごして行かねばならない。まさかの処女まで彼に捧げるわけにはいかないわ、と勢いよくミエルは首を振った。彼女の長い髪までぶんぶんと揺れている。ところで彼のさきっちょはすでに幾度も入ってしまっているが、果たしてミエルは処女と言ってもいいのだろうか。すでにもしかして違うのだろうが。深くまで考えてしまうと深みにはまってしまいそうな思考であるため、そっと彼女は意識を逸らした。
「と、とにかく一週間よね。グリュン、何も心配しないでね。あとは研究所の人たちにいじめられたら、すぐに言うのよ。ボコボコにするから。イースにはゴリラと言われたの。好きなだけ腕力を見せつけてあげるわ」
もちろん魔法で強化された力ではあるのだが。がっしりグリュンの肩を掴むと、ひええと彼は舌を出した。
「イース、女の子になんてこと言うのお! ひどいよお! あと、研究所の人たちは、いい人たちばっかりだからあ!」
「それはよかったわ。あとイースのことは嫌いだけれど、そこは気にしなくていいの。求めるものは力だから。グリュン、一週間後の私を見てちょうだい。いらない欲なんて軽く吹き飛ばして、一回り大きくなって、戻ってくるからね!」
もちろんフラグである。
「う、く……」
「う、うぐぐ……」
もしかすると、いつもの行為よりも恥ずかしいかもしれない。イースとミエルは、二人揃って手を握った。珍しくも、訓練服ばかり着ている彼女が、しっかりと可愛らしく着飾っていて、イースにとっては目に毒だ。ざわつく街を歩きながらも片手がひどく熱くてたまらない。
「お前、こっちみんな……」
「同じ言葉を言わせてもらうわ。もう少し離れてくれる?」
「無茶言うな!」
じんじんしている。これはデートだ。いや、デートと言う名の、おとり捜査なのである。
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