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ホワイトデー編

届かない声2

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「アオイ姫様! よかった、体調を崩されてお倒れになっているのかと……」

「うん……」

 続々と学園の生徒たちが下校していくなか、仕える姫の姿が見えないことに焦りを募らせたカイは校門のすぐ傍までやってきていた。

「失礼します。落ちないように俺の首に腕をまわしていてくださいね」

「……え? きゃっ」

 生返事を体調不良のせいだと勘違いしたカイはアオイの体を軽々と抱き上げ、馬を繋いである裏通りへと足を向けた。

「カイ、違うの! 私大丈夫だからっ……」

 鼻先にある自分より少し大人な剣士に首を振って答えるも、唇を引き結んだ彼が聞き入れてくれる気配はない。

「ねぇ、お願い」

 まだ学園からそう離れていないため、下校途中の生徒に見られる可能性もある。見つかったからと言ってどうこうはないが、口下手なアオイは誤魔化すのも一苦労で、突っ込まれでもしたらボロが出てしまいそうで怖いのだ。

「ではそのように暗い顔をしておられるのは何故です? 俺が納得するような説明はご用意しておられますか?」

「……それは……」

 真っ直ぐなカイの真剣な眼差しに問われ、言い訳など準備していなかったアオイは咄嗟に口籠ってしまった。キュリオの行動に不満があり言い合いになったと、この若い剣士に伝えたところで彼が困り果ててしまうことは明らかなため、なるべく核心には触れず……だからと言って嘘にはならない程度の言い訳を考えた。

「……テストの点数が良くなかったの。昨日ちゃんと復習して理解していたつもりだったのに……ほんと全然駄目で……」

 そう呟きながら吐息をこぼすと、彼は「うーん……」と呻きながら歩く歩調を緩め、やがて立ち止まった。

「……昨夜拝見させていただいた限りでは間違いなど見られませんでしたが、やはり体調がお悪いと頭の回転も鈍りますからね」

 労わるような柔らかい笑みを向けられたアオイはいつも傍に居て励ましてくれるこのあたたかい存在に救われながらも、心の底から笑えない自分が知らず知らずに彼から目を背けていることに気づく。

「ごめんね……カイ」

「え?」

 疑うことを知らず、ただただ目を丸くする彼を見ていると自然に目頭が熱くなっていく。

(物心ついたときからずっと一緒だったカイに言えないことなんてなかったのにっ……)

 やがて精神的な疲労から寝息を立てて意識を手放した少女を抱えたカイは、己の外套でその身を優しく包みながら馬を走らせる。

「…………」

 いつも偉大な王に守られ隠され、ただただ愛でられていた幼い姫。キュリオの言うことに疑問を抱くことなくこの年齢まで愛されるままに育った彼女はまさに鳥籠のなかの小鳥も同然だった。しかし、そんな彼女が反対する王に嘆願し、ようやく許してもらえた外の世界に目を輝かせていたこの数か月。
 友達ができたと喜び、集団生活の中で平凡な毎日を過ごすことに幸せを感じていたはずの彼女が直面したのもまた、平凡で有りがちな悩みなのかもしれない。ましてや一度や二度の失敗でその人間の価値が損なわれることなどなく、恐れることはないと言ってやりたかった。が――
比べられることに慣れていないこの少女の精神的なダメージは如何ばかりかと考えてしまう。

「こんなにおやつれになって……」

 学園へと送り届けたときよりも明らかに疲れた顔をしているアオイ。心配をかけまいとする気遣いはいつものことだが、それは心労が原因であると考えたカイは馴染の人物にこの件を相談することに決めた。

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