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チェリーの見る夢
鳥頭とチェリーと偏見と
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ちえりが入るまでドアを支えていた鳥居がその場から立ち退くとようやく扉が閉まる。するとリビングから勢いよく駆け寄ってきた愛らしいぬいぐるみのようなワンコ"チェリー"。
――ハッハッ!! クゥーンクゥーンッッ!!
「あ! おはよう"チェリー"! 元気だった? ふふっ今日も可愛いねぇっ!!」
跪いたちえりの膝の上に上がり激しく尻尾を振り乱しながら顔を舐めようとする彼女。
キリリとした顔立ちに似合わず懐っこいワンコ"チェリー"に顔が蕩けてしまいそうになる。
「よしよしっ! あははっ!!」
子犬と言えどもやはり大型犬。
精悍な手足はすでに太く、抱き上げると結構な重みに成長の早さを感じる。
「……もしかしてあんた犬飼ってた?」
「うん? うん、雑種だけど……」
地元の散歩でたびたび聞かれる"何の犬種ですか?"がちょっとトラウマなちえり。
皆が連れているのはコマーシャルで有名になった流行の小型犬や、一目でわかるほど有名な犬種ばかりで、"雑種"と答えるのが嫌なちえりはわざと人通りの多い時間をずらして散歩するほどだった。
その時の苦い想いを思い出し、とたんに顔に陰りが生じる。
「いいじゃん別に。あんたの犬はあんたが好きで、あんたは自分の犬を愛してんだろ?」
「う、うん……っ……」
鳥頭の思いがけない言葉にパッと顔をあげるちえり。
「偏見を持ってるのは人間だけだ。堂々としてればいい」
「あ……」
ポンと頭に置かれた手はすぐに離れ、お盆を手にした彼はスタスタとリビングへ向かって歩く。
(なんか今のカッコよかった……俺様なやつかと思ってたのに……)
ワンコ"チェリー"を腕に抱きながら大人しくついていくと、相変わらず馴染のある間取りに二部屋の違いを探してしまいそうになる。そしてここへ来るのは二度目だが、物が少ないぶんとても広く感じる。
「なんか飲むだろ」
お盆をテーブルに置いた鳥居がキッチンから顔を覗かせる。
「あ、ありがと……じゃあ珈琲もらっていい?」
手身近なソファへ腰かけながら、すっかりちえりの膝の上でくつろぐ"チェリー"を繰り返し撫でる。
「わかった、緑茶な」
「……何で聞いたのよ……」
お茶が悪いわけじゃないけど、最初から選択肢がないのならはっきりそう言ってほしかった。
相変わらず掴みどころのない彼に"しょうがないなぁ"と思いながらも、不思議と怒りはない。
すぐに味のある湯呑と一緒に、艶やかな羊羹が目の前に置かれた。
「お茶美味しそう……羊羹久しぶりかも」
「ありがたく食えよ」
「う、うん……いただきます」
まずは口の渇きを潤すために湯呑へ手を伸ばす。
実家にあるツルツルの陶器とは違い、手に馴染む自然なフィット感と土の色に歴史を加えたような色合いに、思わず目を見張る。
「わっ……柔らかい……」
決して素材が柔らかいわけではなく、温かみのある感触に自然とそういう例えが口から零れた。そして触れば触るほど感動し、熱々の湯呑を両手で撫でまわしてしまう自分に驚く。
「気に入ったか?」
「うん……、でもベタベタ触っていい物じゃない気がするのはなんでだろう……」
「好きに触ってろ。俺も食う」
「あ、はい。どうぞ」
瑞貴以外の人が自分の手料理を食べるのは不思議な感覚だった。
鳥頭は色違いの湯呑で緑茶を一口飲み、先にちえりが握ったおにぎりを口へと運んだ。
「……ごめん、具は高菜だけど食べれる?」
「むしろ好き」
「よかった」
なんとなく彼の動作が気になり見入ってしまう。
しかし目の前の羊羹が"干からびる!!"と反旗を翻しては可哀想なのでフォークで切り分けながら美味しく頂いた。
「なぁ、この米どこの?」
少しでも瑞貴の負担が軽くなればと実家へ送金し、すこし前から地元の名産である米を送ってもらっていたちえり。
「ん? うちの地元のお米。瑞貴センパイの地元でもあるけど」
「お前んち農家?」
「ううん、農家やってる家はいっぱいあるけど、うちは違うんだ。だから近所の人から直接買ってたりするだけ」
「ふーん……」
「…………」
(……ふーんってそれだけ? 結構おいしいお米だと思うんだけどな……瑞貴センパイも喜んでくれたし……)
期待外れの言葉に少しだけテンションが下がる。
しかし瑞貴は違った。いつもの米を完食したところで、送られてきた名産米へ切り替えると流石に気づいたらしい。彼が大学、そして就職して県外へ出てしまった頃にこの米はまだ存在しておらず、ここ数年で品種改良された真新しい代物で、全国の名だたるブランド米と肩を並べて戦える自慢の一級品なのだ。
「それにしても"チェリー"お利口さんだね。人が食べててもちょうだい言わないんだ?」
とても濃厚な羊羹を咀嚼しながらワンコ"チェリー"の柔らかな耳を撫でる。
「俺がそう躾けた」
「こんなに小さいのに凄い! うちは全然だめだったよ? テレビに夢中になって箸が止まるとすぐ狙って飛びついて来たっけもん」
「人間も犬も甘やかすとそいつの為にならねぇからな」
「う、うん……」
なぜか自分が言われるような気がして心地悪く座りなおす。
するとワンコ"チェリーが"つぶらな瞳でこちらを見上げてきた。それはまるで"どうかした?"と言っているように見えて――
「お前はお利口さんだねって話してたんだよ」
そう言いながら彼女の眉間を親指で撫でながら上下すると、"もっと褒めて"とばかりに尻尾を激しく揺らす。
「…………」
その様子をジッと見つめていた鳥居にちえりは気づかない。
そしていつの間にか完食していた彼は丁寧に感想を述べてくれた。
「おにぎりが一番旨かった。海苔と塩加減もまぁまぁだし、具のチョイスも俺好み。何より米がうまい」
「……は、はぁ……」
ポカンと口を開けながら瞬きしていると、その次にダメ出しが待っていた。
「ハンバーグもまぁ及第点。ミネストローネは……初めて作っただろ」
「え゙っっ!?」
ドキッとして思わず湯呑をひっくり返しそうになる。
なにを言われるんだろう……と、バクバク音をたてる心臓。大量の冷や汗が片鼻から出てきそうな勢いだった。
「まず味に深みがない。完成形の味を知らないやつが手さぐりで作った感がダダ漏れだ」
「……ダ、ダダ漏れ……」
「なに見て作ったか知らねぇけど、調味料の適量ってのがなってない。塩が多すぎる」
(やっばっ!!
瑞貴センパイにそんなの食べさせちゃったっ!!
塩で味が調うってのは、全部に共通じゃないんだばっ!!)
ハートブレイク間近のちえりはそんな中、ふと瑞貴の言葉を思い出した。
"……俺はチェリーが出してくれるもんなら何でも美味いぜ?"
"……例えばチェリーに毒を盛られても、俺は美味いと思うって言ったんだ"
「センパイの言ってた毒……むしろ私の料理……ほぼポイズンッッ!? 死……っひぃいいっ!!」
「死にはしねぇだろ……んで最後、俺の好みは和食だから」
「え……? 最後は余計のような気が……」
「黙れ。今度美味い店連れてってやる。少しは勉強しろ」
「……なっ!?」
「口答えすんな。今日部屋に入れてやった礼だと思って付き合え」
「…………」
(や、やっぱこいつ俺様野郎だっ!! 悔しいっ!!)
「返事がない」
「は、はいっ! わかりましたっ!! 有難くお勉強させていただきますっっ!!」
「じゃあ次」
「なによ、まだなんか……」
(あー言葉汚いとか、また日本語しゃべれとか――?)
半分自暴自棄になりながらワンコ"チェリー"の毛づくろいを始める。
しかし丁寧にブラッシングされているのか、触って違和感のあるようなところは見当たらなかった。
「お前の犬の話聞かせろ」
「……え?」
わさわさと触る手を止めるとワンコ"チェリー"が、"もっとやって!"とばかりに催促の甘噛みを開始する。ちえりは"よしよし"と目を細めながら顎周りを撫でた。
「名前と年齢、性別は?」
なぜか鳥頭から質問を受けると、まるで怖い狼のおまわりさんから取り調べを受けているような感覚に陥る。
「あ、えっと……タマ、雄で十四歳になるかな? なったかな?」
愛らしいタマの姿をゆっくり思い浮かべながら、その成長ぶりを記憶と共にさかのぼる。
「……猫みたいな名前だな」
「そう言われるけど……タマを見つけた場所が近くの球場だったから。瑞貴センパイが付けてくれた名前だし、私もタマ自身も気に入ってるの」
実際、初めて彼をそう呼んだとき嬉しそうに笑った気がしたのだ。子犬らしい高い声をあげながら取れてしまいそうな程に尾を振って。
「ふーん。で、写真あるんだろ?」
「あるよ、スマホに入ってる」
ごそごそとポケットにしまったスマホを取り出し、アルバム機能を呼び出して一番新しいタマと、子犬だった頃のタマを画面上に映し出した。
雑種に多いかもしれない茶色の愛しい生き物。
十四歳にしてはまだまだ元気で、室内飼いの彼はいつもちえりの傍らに寄り添っていた。休みの日というのも雰囲気でわかるのか、朝早く起こされて散歩をせがまれることも多く、タマだけにボールで遊ぶことも大好きだった。
「これが小さい頃のタマと瑞貴センパイ、でこっちが東京来るちょっと前のタマ」
昔流行ったインスタントカメラで撮影したそれは少し色褪せているような気がするが、半袖のワイシャツを着た端整な顔立ちの瑞貴が子犬を抱いている姿は、どこぞのハーフモデルかと思うほどに美しく輝いている。
「へぇ……って、瑞貴先輩アップにしすぎだろ」
おかしなところを指摘され、頬を真っ赤に染めながら慌てて否定するちえり。
「そ、それは角度! しゃがんでる瑞貴センパイを上から撮ったからこうなっちゃったの!!」
「ふーん……」
まったく信用していない鳥頭はちえりの許可もなくアルバムの写真を指でスライドさせていく。次々に流れるタマの色々な姿。楽しそうな愛犬の笑顔の先には、ちえりがいるであろうことがわかる。そんな愛情の感じられる優しいショットが続き、鳥居の目が細められる中――
「…………」
(なんだこれ……男? 薔薇の何に包まれてんだ?)
「……どうかした?」
急に手の動きを止めた鳥頭に疑問を抱いたちえりがスマホを覗き込む。
「……あっ! ダメっ! それダメェエエッ!!!」
「隠し撮りか?」
「う、うーんっ? どうかな~、そうかな~~~……っ……」
目を泳がせ、冷や汗を滝のように噴き出しながら言葉を濁そうとしているちえりの姿にピンときてしまった。
「瑞貴先輩気の毒だな」
「……っ! センパイには言わないでっっ!!」
告げ口されると思ったのか、とたんに頭を下げ始めたちえり。
コロコロと変わるその表情に自然と笑みがこぼれる。
「はっ! 俺がそんな小者にみえるかっての」
「み、みえ…………」
目を凝らしながら"うーん"と真剣に悩んでいる姿さえ可笑しくてしょうがない。
「おい、ふざけんなっ……」
普段抱いたことのない感情に首を傾げながらも"可笑しいのは俺か?"と心の異変を感じ始めた鳥居だが、それが何なのかを決断するにはもう少しの時間が必要だった――。
――そして間もなく昼にもなろう頃……
「どんだけ警戒心ねぇんだよ……チェリーサン」
"チェリー"を抱きしめたままソファでうたた寝を始めてしまったちえり。
そしてワンコの方もよほど心を許しているのか、ちえりにジャレついた格好のまま一緒になって目を閉じてしまっている。
仁王立ちした鳥居が仕方なくリビングを出て行く。
そして戻った彼が手にしていたのは、手触りの良いパイル生地の愛用のブランケットだった。
「おい、寝るならちゃんと横になれ。寝違えるぞ」
「……スー……」
「……?」
すると飼い主の声で目を覚ましたワンコ"チェリー"。
つぶらな瞳が自分を抱きしめるちえりを捉え、キラキラした眼差しで"遊ぼう?"と言わんばかりに回された腕をハムハムと甘噛みしてみるが、仕事で疲れていたらしい彼女は無反応だった。
やがて主が掛けたブランケットにちえりごと包まれると、一瞬観念して眠ろうとした"チェリー"だったが――?
ブランケットの中に潜り込んだ彼女は何やらちえりのポケットをゴソゴソ。しばらくすると歯がカツカツ当たるような音を響かせ始めた。
「こらっ! チェリー!!」
傍でくつろいでいた鳥居の表情に焦りが見える。
愛犬が口にしていたのはちえりのスマホだったからだ。
「それはお前の玩具じゃない。離せ」
声を下げ、ノーの意志を強めると、"や、やだーっ!"と初めはイヤイヤしていた彼女も主の鋭い眼光に萎縮したのか、大人しくスマホを渡してくれた。
「偉いぞっ!」
犬は飼い主をよく見ている。彼女らは声のトーンや表情から人の感情を読み取ることに長けているため、いうことを聞いたらきちんと褒めてやる。躾はその繰り返しなのだ。
それを承知していた彼は高めの声色と、満面の笑みで愛犬を撫でまわす。
「ははっ! 可愛いなお前!!」
ゴロンとおなかを見せた"チェリー"が褒めてもらえたことを理解し、嬉しそうに手足や尻尾をバタバタさせている。
愛犬と絶賛戯れの最中、ふと視線を感じた鳥居がそちらを振り向くと――
「……あ、え、えっと……ごめん……?」
誰にも見せたことのない笑顔に目を丸くしているちえりが気まずそうに口籠っている。
そして気を使ったつもりなのか、今一度目を閉じようとする彼女。
「……おい、寝んな」
「う、うん? ……だ、大丈夫……、誰にだって見られたくないことはあるし……私忘れっぽいし……?」
「コホンッ……こ、これ防水か?」
わずかに頬を赤く染めた鳥居がわざとらしく咳払いをしながらスマホを差し出した。
「うん、ってそれ私の……?」
「悪い……"チェリー"が銜えてた」
「別に気にしないよ、タマもよくやってたし……」
「お前も取り上げろよ……」
へへっと小さく笑ったちえり。彼女はまだ眠いのか、半開きの瞼がとても重たそうに上がったり下がったりを繰り返している。
すると、鳥居が手にしていたちえりのスマホが吠え始めた。
――ワンワンッ!! ワンワンッ!!
「……っ!」
愛犬が吠えたのかと思った鳥居はソファの上でくつろいでいる"チェリー"へ目を向けるが、当の本人は"なぁに?"と言いたげに首を傾げている。
「あ、ごめん……それ私のスマホの着信音……」
「……そうだったな。ほら」
「す、すみませ…………んっっ!?!?」
着信<<<桜田瑞貴
「……センパイから電話だっっ!!」
慌てて飛び起きたちえりはブランケットを吹き飛ばすとバタバタとリビングを出て廊下まで走った。
呼吸を整えたちえりは受話へと切り替えながらスマホを耳にあてる。
「は、はいっ!!」
ワンコ"チェリー"のよだれは気にならないが、頬に感じるひんやりとした水気に背筋が伸びた。
『あ、チェリー?』
「……っ瑞貴センパイ! おはようございますっ!!」
『ははっなんだそれ、昼寝でもしてたのか?』
優しく笑う彼の声に顔がデレデレしてしまう。
「へへっ、ちょっとうたた寝しちゃってたみたいで……」
『じゃあ、ランチはまた別の日にするか?』
「え? センパイお仕事は……」
『あぁ、なんかもう拉致があかないらしくてさ……今日はもうどうにもならないから帰っていいって』
(解決したわけじゃないんだ……)
「……っでも! センパイが早く帰って来れそうで良かったです!」
『……ありがとな』
残業と休日出勤はいくらなんでも疲れてしまう。
どうにかして休ませてあげたいと思っていたちえりは彼の提案を提案で返した。
「今日はおうちでご飯にしませんか?」
高菜は自分で漬けたものではないけれど、鳥居に褒められた高菜おにぎりを是非瑞貴にも食べて欲しい。
『そっか、俺はチェリーとならどこでもいいから。すぐ帰るよ』
「っはい! 待ってますねっ」
笑顔で電話を切ったちえり。
トラブルが解決していないのだからまだまだ安心はできないが、いまできることは瑞貴を連れ出して疲れさせることではない。静かな部屋でのんびり過ごせるよう環境を整えてやるのが自分の役割だと、珍しくまともな考えに行きついた。
あとは出迎えを装って部屋の前で待っていれば大丈夫なはずだが……
(……瑞貴センパイ、私が家にいるって思ってるよね……)
ふぅ、とため息をついたちえり。
今回は不注意による事故で閉めだされてしまったわけだが、自分が鳥居を頼ったのは違いない為、彼に過失があるわけではない。むしろちょっと迷惑そうだった、と思う。
「また嘘増えちゃったな……」
そっと壁に背を預けていると、鳥頭がドアを開けてこちらへやってきた。
「帰んのか?」
「うん、瑞貴センパイもう帰ってくるって。"チェリー"にちょっと挨拶してきてもいい?」
「…………」
彼は切れ長の瞳を足元へ向け、何か言いたそうにもう一度こちらを見つめる。
「……?」
促されて視線を下げると――
「あっは! "チェリー"いつの間に? また一緒に遊ぼうねっ」
凛々しい頬を幾度となく撫でていると甘えるように体を預けてきた彼女があまりにも愛らしく、名残惜しい気持ちを唇にのせて眉間にキスを落とす。
なかなか離れようとしない"チェリー"の心地良いぬくもりと重みに幸せを感じながらようやく別れをすませ、人型のウルフにも礼を言いつつ頭を下げる。
「お茶も羊羹も美味しかった、ご馳走様。助けてくれてありがとう」
「…………」
その言葉を無言で受け取った彼は黙って玄関口までついてきてくれる。
「じゃあ……また会社で」
なにも言わない彼に戸惑いながらも別れの言葉を告げ、部屋を出ようとノブへ手をかけると――
「お前さ、"瑞貴センパイに嘘ついた"って罪悪感もってるみてぇだけど……」
「……うん?」
「"俺と秘密をもった"って置き換えてみろよ」
「……う、うん……?」
(秘密……?)
「罪悪感も通り越してドキドキすんだろ?」
やや甘味の増した瞳と言葉。しかし――
(ドキドキ…………?)
「……別に?」
さらりと答えたちえりに鳥頭の頭と肩が下がる。
やがて"参ったな"とばかりに口角を上げて笑った彼は少年のようにあどけない表情を見せた。
「やっぱ変なオンナだなお前」
「あ、うん……よく言われる」
(今の……ワンコ"チェリー"に見せた笑顔と似てる……)
「またな」
「う、うん……! "チェリー"もまたねっ!」
パタンと扉が閉まり、彼女の姿が見えなくなると"クゥーン……"と寂しそうな声をあげた"チェリー"。
「……結構いい時間だったと思わないか? チェリー……」
その言葉がどちらのチェリーに向けられたものかはわからない。
しかし人間のチェリーがいなくなったことで、少なくともここにいる一人と一匹の心に寂しさを落としたことはいうまでもなかった――。
――ハッハッ!! クゥーンクゥーンッッ!!
「あ! おはよう"チェリー"! 元気だった? ふふっ今日も可愛いねぇっ!!」
跪いたちえりの膝の上に上がり激しく尻尾を振り乱しながら顔を舐めようとする彼女。
キリリとした顔立ちに似合わず懐っこいワンコ"チェリー"に顔が蕩けてしまいそうになる。
「よしよしっ! あははっ!!」
子犬と言えどもやはり大型犬。
精悍な手足はすでに太く、抱き上げると結構な重みに成長の早さを感じる。
「……もしかしてあんた犬飼ってた?」
「うん? うん、雑種だけど……」
地元の散歩でたびたび聞かれる"何の犬種ですか?"がちょっとトラウマなちえり。
皆が連れているのはコマーシャルで有名になった流行の小型犬や、一目でわかるほど有名な犬種ばかりで、"雑種"と答えるのが嫌なちえりはわざと人通りの多い時間をずらして散歩するほどだった。
その時の苦い想いを思い出し、とたんに顔に陰りが生じる。
「いいじゃん別に。あんたの犬はあんたが好きで、あんたは自分の犬を愛してんだろ?」
「う、うん……っ……」
鳥頭の思いがけない言葉にパッと顔をあげるちえり。
「偏見を持ってるのは人間だけだ。堂々としてればいい」
「あ……」
ポンと頭に置かれた手はすぐに離れ、お盆を手にした彼はスタスタとリビングへ向かって歩く。
(なんか今のカッコよかった……俺様なやつかと思ってたのに……)
ワンコ"チェリー"を腕に抱きながら大人しくついていくと、相変わらず馴染のある間取りに二部屋の違いを探してしまいそうになる。そしてここへ来るのは二度目だが、物が少ないぶんとても広く感じる。
「なんか飲むだろ」
お盆をテーブルに置いた鳥居がキッチンから顔を覗かせる。
「あ、ありがと……じゃあ珈琲もらっていい?」
手身近なソファへ腰かけながら、すっかりちえりの膝の上でくつろぐ"チェリー"を繰り返し撫でる。
「わかった、緑茶な」
「……何で聞いたのよ……」
お茶が悪いわけじゃないけど、最初から選択肢がないのならはっきりそう言ってほしかった。
相変わらず掴みどころのない彼に"しょうがないなぁ"と思いながらも、不思議と怒りはない。
すぐに味のある湯呑と一緒に、艶やかな羊羹が目の前に置かれた。
「お茶美味しそう……羊羹久しぶりかも」
「ありがたく食えよ」
「う、うん……いただきます」
まずは口の渇きを潤すために湯呑へ手を伸ばす。
実家にあるツルツルの陶器とは違い、手に馴染む自然なフィット感と土の色に歴史を加えたような色合いに、思わず目を見張る。
「わっ……柔らかい……」
決して素材が柔らかいわけではなく、温かみのある感触に自然とそういう例えが口から零れた。そして触れば触るほど感動し、熱々の湯呑を両手で撫でまわしてしまう自分に驚く。
「気に入ったか?」
「うん……、でもベタベタ触っていい物じゃない気がするのはなんでだろう……」
「好きに触ってろ。俺も食う」
「あ、はい。どうぞ」
瑞貴以外の人が自分の手料理を食べるのは不思議な感覚だった。
鳥頭は色違いの湯呑で緑茶を一口飲み、先にちえりが握ったおにぎりを口へと運んだ。
「……ごめん、具は高菜だけど食べれる?」
「むしろ好き」
「よかった」
なんとなく彼の動作が気になり見入ってしまう。
しかし目の前の羊羹が"干からびる!!"と反旗を翻しては可哀想なのでフォークで切り分けながら美味しく頂いた。
「なぁ、この米どこの?」
少しでも瑞貴の負担が軽くなればと実家へ送金し、すこし前から地元の名産である米を送ってもらっていたちえり。
「ん? うちの地元のお米。瑞貴センパイの地元でもあるけど」
「お前んち農家?」
「ううん、農家やってる家はいっぱいあるけど、うちは違うんだ。だから近所の人から直接買ってたりするだけ」
「ふーん……」
「…………」
(……ふーんってそれだけ? 結構おいしいお米だと思うんだけどな……瑞貴センパイも喜んでくれたし……)
期待外れの言葉に少しだけテンションが下がる。
しかし瑞貴は違った。いつもの米を完食したところで、送られてきた名産米へ切り替えると流石に気づいたらしい。彼が大学、そして就職して県外へ出てしまった頃にこの米はまだ存在しておらず、ここ数年で品種改良された真新しい代物で、全国の名だたるブランド米と肩を並べて戦える自慢の一級品なのだ。
「それにしても"チェリー"お利口さんだね。人が食べててもちょうだい言わないんだ?」
とても濃厚な羊羹を咀嚼しながらワンコ"チェリー"の柔らかな耳を撫でる。
「俺がそう躾けた」
「こんなに小さいのに凄い! うちは全然だめだったよ? テレビに夢中になって箸が止まるとすぐ狙って飛びついて来たっけもん」
「人間も犬も甘やかすとそいつの為にならねぇからな」
「う、うん……」
なぜか自分が言われるような気がして心地悪く座りなおす。
するとワンコ"チェリーが"つぶらな瞳でこちらを見上げてきた。それはまるで"どうかした?"と言っているように見えて――
「お前はお利口さんだねって話してたんだよ」
そう言いながら彼女の眉間を親指で撫でながら上下すると、"もっと褒めて"とばかりに尻尾を激しく揺らす。
「…………」
その様子をジッと見つめていた鳥居にちえりは気づかない。
そしていつの間にか完食していた彼は丁寧に感想を述べてくれた。
「おにぎりが一番旨かった。海苔と塩加減もまぁまぁだし、具のチョイスも俺好み。何より米がうまい」
「……は、はぁ……」
ポカンと口を開けながら瞬きしていると、その次にダメ出しが待っていた。
「ハンバーグもまぁ及第点。ミネストローネは……初めて作っただろ」
「え゙っっ!?」
ドキッとして思わず湯呑をひっくり返しそうになる。
なにを言われるんだろう……と、バクバク音をたてる心臓。大量の冷や汗が片鼻から出てきそうな勢いだった。
「まず味に深みがない。完成形の味を知らないやつが手さぐりで作った感がダダ漏れだ」
「……ダ、ダダ漏れ……」
「なに見て作ったか知らねぇけど、調味料の適量ってのがなってない。塩が多すぎる」
(やっばっ!!
瑞貴センパイにそんなの食べさせちゃったっ!!
塩で味が調うってのは、全部に共通じゃないんだばっ!!)
ハートブレイク間近のちえりはそんな中、ふと瑞貴の言葉を思い出した。
"……俺はチェリーが出してくれるもんなら何でも美味いぜ?"
"……例えばチェリーに毒を盛られても、俺は美味いと思うって言ったんだ"
「センパイの言ってた毒……むしろ私の料理……ほぼポイズンッッ!? 死……っひぃいいっ!!」
「死にはしねぇだろ……んで最後、俺の好みは和食だから」
「え……? 最後は余計のような気が……」
「黙れ。今度美味い店連れてってやる。少しは勉強しろ」
「……なっ!?」
「口答えすんな。今日部屋に入れてやった礼だと思って付き合え」
「…………」
(や、やっぱこいつ俺様野郎だっ!! 悔しいっ!!)
「返事がない」
「は、はいっ! わかりましたっ!! 有難くお勉強させていただきますっっ!!」
「じゃあ次」
「なによ、まだなんか……」
(あー言葉汚いとか、また日本語しゃべれとか――?)
半分自暴自棄になりながらワンコ"チェリー"の毛づくろいを始める。
しかし丁寧にブラッシングされているのか、触って違和感のあるようなところは見当たらなかった。
「お前の犬の話聞かせろ」
「……え?」
わさわさと触る手を止めるとワンコ"チェリー"が、"もっとやって!"とばかりに催促の甘噛みを開始する。ちえりは"よしよし"と目を細めながら顎周りを撫でた。
「名前と年齢、性別は?」
なぜか鳥頭から質問を受けると、まるで怖い狼のおまわりさんから取り調べを受けているような感覚に陥る。
「あ、えっと……タマ、雄で十四歳になるかな? なったかな?」
愛らしいタマの姿をゆっくり思い浮かべながら、その成長ぶりを記憶と共にさかのぼる。
「……猫みたいな名前だな」
「そう言われるけど……タマを見つけた場所が近くの球場だったから。瑞貴センパイが付けてくれた名前だし、私もタマ自身も気に入ってるの」
実際、初めて彼をそう呼んだとき嬉しそうに笑った気がしたのだ。子犬らしい高い声をあげながら取れてしまいそうな程に尾を振って。
「ふーん。で、写真あるんだろ?」
「あるよ、スマホに入ってる」
ごそごそとポケットにしまったスマホを取り出し、アルバム機能を呼び出して一番新しいタマと、子犬だった頃のタマを画面上に映し出した。
雑種に多いかもしれない茶色の愛しい生き物。
十四歳にしてはまだまだ元気で、室内飼いの彼はいつもちえりの傍らに寄り添っていた。休みの日というのも雰囲気でわかるのか、朝早く起こされて散歩をせがまれることも多く、タマだけにボールで遊ぶことも大好きだった。
「これが小さい頃のタマと瑞貴センパイ、でこっちが東京来るちょっと前のタマ」
昔流行ったインスタントカメラで撮影したそれは少し色褪せているような気がするが、半袖のワイシャツを着た端整な顔立ちの瑞貴が子犬を抱いている姿は、どこぞのハーフモデルかと思うほどに美しく輝いている。
「へぇ……って、瑞貴先輩アップにしすぎだろ」
おかしなところを指摘され、頬を真っ赤に染めながら慌てて否定するちえり。
「そ、それは角度! しゃがんでる瑞貴センパイを上から撮ったからこうなっちゃったの!!」
「ふーん……」
まったく信用していない鳥頭はちえりの許可もなくアルバムの写真を指でスライドさせていく。次々に流れるタマの色々な姿。楽しそうな愛犬の笑顔の先には、ちえりがいるであろうことがわかる。そんな愛情の感じられる優しいショットが続き、鳥居の目が細められる中――
「…………」
(なんだこれ……男? 薔薇の何に包まれてんだ?)
「……どうかした?」
急に手の動きを止めた鳥頭に疑問を抱いたちえりがスマホを覗き込む。
「……あっ! ダメっ! それダメェエエッ!!!」
「隠し撮りか?」
「う、うーんっ? どうかな~、そうかな~~~……っ……」
目を泳がせ、冷や汗を滝のように噴き出しながら言葉を濁そうとしているちえりの姿にピンときてしまった。
「瑞貴先輩気の毒だな」
「……っ! センパイには言わないでっっ!!」
告げ口されると思ったのか、とたんに頭を下げ始めたちえり。
コロコロと変わるその表情に自然と笑みがこぼれる。
「はっ! 俺がそんな小者にみえるかっての」
「み、みえ…………」
目を凝らしながら"うーん"と真剣に悩んでいる姿さえ可笑しくてしょうがない。
「おい、ふざけんなっ……」
普段抱いたことのない感情に首を傾げながらも"可笑しいのは俺か?"と心の異変を感じ始めた鳥居だが、それが何なのかを決断するにはもう少しの時間が必要だった――。
――そして間もなく昼にもなろう頃……
「どんだけ警戒心ねぇんだよ……チェリーサン」
"チェリー"を抱きしめたままソファでうたた寝を始めてしまったちえり。
そしてワンコの方もよほど心を許しているのか、ちえりにジャレついた格好のまま一緒になって目を閉じてしまっている。
仁王立ちした鳥居が仕方なくリビングを出て行く。
そして戻った彼が手にしていたのは、手触りの良いパイル生地の愛用のブランケットだった。
「おい、寝るならちゃんと横になれ。寝違えるぞ」
「……スー……」
「……?」
すると飼い主の声で目を覚ましたワンコ"チェリー"。
つぶらな瞳が自分を抱きしめるちえりを捉え、キラキラした眼差しで"遊ぼう?"と言わんばかりに回された腕をハムハムと甘噛みしてみるが、仕事で疲れていたらしい彼女は無反応だった。
やがて主が掛けたブランケットにちえりごと包まれると、一瞬観念して眠ろうとした"チェリー"だったが――?
ブランケットの中に潜り込んだ彼女は何やらちえりのポケットをゴソゴソ。しばらくすると歯がカツカツ当たるような音を響かせ始めた。
「こらっ! チェリー!!」
傍でくつろいでいた鳥居の表情に焦りが見える。
愛犬が口にしていたのはちえりのスマホだったからだ。
「それはお前の玩具じゃない。離せ」
声を下げ、ノーの意志を強めると、"や、やだーっ!"と初めはイヤイヤしていた彼女も主の鋭い眼光に萎縮したのか、大人しくスマホを渡してくれた。
「偉いぞっ!」
犬は飼い主をよく見ている。彼女らは声のトーンや表情から人の感情を読み取ることに長けているため、いうことを聞いたらきちんと褒めてやる。躾はその繰り返しなのだ。
それを承知していた彼は高めの声色と、満面の笑みで愛犬を撫でまわす。
「ははっ! 可愛いなお前!!」
ゴロンとおなかを見せた"チェリー"が褒めてもらえたことを理解し、嬉しそうに手足や尻尾をバタバタさせている。
愛犬と絶賛戯れの最中、ふと視線を感じた鳥居がそちらを振り向くと――
「……あ、え、えっと……ごめん……?」
誰にも見せたことのない笑顔に目を丸くしているちえりが気まずそうに口籠っている。
そして気を使ったつもりなのか、今一度目を閉じようとする彼女。
「……おい、寝んな」
「う、うん? ……だ、大丈夫……、誰にだって見られたくないことはあるし……私忘れっぽいし……?」
「コホンッ……こ、これ防水か?」
わずかに頬を赤く染めた鳥居がわざとらしく咳払いをしながらスマホを差し出した。
「うん、ってそれ私の……?」
「悪い……"チェリー"が銜えてた」
「別に気にしないよ、タマもよくやってたし……」
「お前も取り上げろよ……」
へへっと小さく笑ったちえり。彼女はまだ眠いのか、半開きの瞼がとても重たそうに上がったり下がったりを繰り返している。
すると、鳥居が手にしていたちえりのスマホが吠え始めた。
――ワンワンッ!! ワンワンッ!!
「……っ!」
愛犬が吠えたのかと思った鳥居はソファの上でくつろいでいる"チェリー"へ目を向けるが、当の本人は"なぁに?"と言いたげに首を傾げている。
「あ、ごめん……それ私のスマホの着信音……」
「……そうだったな。ほら」
「す、すみませ…………んっっ!?!?」
着信<<<桜田瑞貴
「……センパイから電話だっっ!!」
慌てて飛び起きたちえりはブランケットを吹き飛ばすとバタバタとリビングを出て廊下まで走った。
呼吸を整えたちえりは受話へと切り替えながらスマホを耳にあてる。
「は、はいっ!!」
ワンコ"チェリー"のよだれは気にならないが、頬に感じるひんやりとした水気に背筋が伸びた。
『あ、チェリー?』
「……っ瑞貴センパイ! おはようございますっ!!」
『ははっなんだそれ、昼寝でもしてたのか?』
優しく笑う彼の声に顔がデレデレしてしまう。
「へへっ、ちょっとうたた寝しちゃってたみたいで……」
『じゃあ、ランチはまた別の日にするか?』
「え? センパイお仕事は……」
『あぁ、なんかもう拉致があかないらしくてさ……今日はもうどうにもならないから帰っていいって』
(解決したわけじゃないんだ……)
「……っでも! センパイが早く帰って来れそうで良かったです!」
『……ありがとな』
残業と休日出勤はいくらなんでも疲れてしまう。
どうにかして休ませてあげたいと思っていたちえりは彼の提案を提案で返した。
「今日はおうちでご飯にしませんか?」
高菜は自分で漬けたものではないけれど、鳥居に褒められた高菜おにぎりを是非瑞貴にも食べて欲しい。
『そっか、俺はチェリーとならどこでもいいから。すぐ帰るよ』
「っはい! 待ってますねっ」
笑顔で電話を切ったちえり。
トラブルが解決していないのだからまだまだ安心はできないが、いまできることは瑞貴を連れ出して疲れさせることではない。静かな部屋でのんびり過ごせるよう環境を整えてやるのが自分の役割だと、珍しくまともな考えに行きついた。
あとは出迎えを装って部屋の前で待っていれば大丈夫なはずだが……
(……瑞貴センパイ、私が家にいるって思ってるよね……)
ふぅ、とため息をついたちえり。
今回は不注意による事故で閉めだされてしまったわけだが、自分が鳥居を頼ったのは違いない為、彼に過失があるわけではない。むしろちょっと迷惑そうだった、と思う。
「また嘘増えちゃったな……」
そっと壁に背を預けていると、鳥頭がドアを開けてこちらへやってきた。
「帰んのか?」
「うん、瑞貴センパイもう帰ってくるって。"チェリー"にちょっと挨拶してきてもいい?」
「…………」
彼は切れ長の瞳を足元へ向け、何か言いたそうにもう一度こちらを見つめる。
「……?」
促されて視線を下げると――
「あっは! "チェリー"いつの間に? また一緒に遊ぼうねっ」
凛々しい頬を幾度となく撫でていると甘えるように体を預けてきた彼女があまりにも愛らしく、名残惜しい気持ちを唇にのせて眉間にキスを落とす。
なかなか離れようとしない"チェリー"の心地良いぬくもりと重みに幸せを感じながらようやく別れをすませ、人型のウルフにも礼を言いつつ頭を下げる。
「お茶も羊羹も美味しかった、ご馳走様。助けてくれてありがとう」
「…………」
その言葉を無言で受け取った彼は黙って玄関口までついてきてくれる。
「じゃあ……また会社で」
なにも言わない彼に戸惑いながらも別れの言葉を告げ、部屋を出ようとノブへ手をかけると――
「お前さ、"瑞貴センパイに嘘ついた"って罪悪感もってるみてぇだけど……」
「……うん?」
「"俺と秘密をもった"って置き換えてみろよ」
「……う、うん……?」
(秘密……?)
「罪悪感も通り越してドキドキすんだろ?」
やや甘味の増した瞳と言葉。しかし――
(ドキドキ…………?)
「……別に?」
さらりと答えたちえりに鳥頭の頭と肩が下がる。
やがて"参ったな"とばかりに口角を上げて笑った彼は少年のようにあどけない表情を見せた。
「やっぱ変なオンナだなお前」
「あ、うん……よく言われる」
(今の……ワンコ"チェリー"に見せた笑顔と似てる……)
「またな」
「う、うん……! "チェリー"もまたねっ!」
パタンと扉が閉まり、彼女の姿が見えなくなると"クゥーン……"と寂しそうな声をあげた"チェリー"。
「……結構いい時間だったと思わないか? チェリー……」
その言葉がどちらのチェリーに向けられたものかはわからない。
しかし人間のチェリーがいなくなったことで、少なくともここにいる一人と一匹の心に寂しさを落としたことはいうまでもなかった――。
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