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チェリーの見る夢
一目惚れから始まった片想い
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(……三浦さんとなに話してるのかな。こんなに近くにいるのにしゃべらないなんて初めてかも……)
ちえりは寂しさを紛らわすためにスマホのアルバム機能を立ち上げ、初日の朝方に撮影した薔薇の毛布に包まれている瑞貴の写真を覗き見る。
「……はぁ……」
いつもは彼のカッコ良さに出るため息だが、今はちょっと違う。
まるでマジックミラーに仕切られているかのように互いの声も、存在さえも遠く感じる。
「もう帰るか」
鳥頭は後ろに両手をつき、上半身を斜めに傾けながら新入社員らしからぬ言葉と態度をとっていた。
「ぶっ……あんたなんて恰好してんのよ」
「まぐろのチェリーサンは? ……瑞貴先輩帰るまで帰んねぇの?」
「またその呼び方……うん。私、カードキー持ってないから」
「あぁ、あの社宅は単身が条件だからお前の分のカードキーは発行できないんだろ」
(なにこいつ……やけに詳しい)
「贅沢言えないよ。傍に置いてもらえるだけで本当に感謝しかないもん」
現状に不満なんかない。自分だけを見てほしいなんてワガママも言わない。同じ空間で、同じものを見て笑いあえるだけで……こんなにも幸せになれる相手は世界中どこを探しても瑞貴しかいないのだ。
「……上京してきた意味忘れんなよ?」
釘を刺すように言い放つ鳥頭だが、ちえりの本来の目的は仕事じゃなかった。手っ取り早く玉の輿にでも乗って~という浅ましい野望を抱いていたことは瑞貴しか知らず、大声で言ったものなら東京湾に沈められてしまいそうなほどに真面目に仕事に取り組むひとたちの集団だということはちえりにもわかる。
「わかってるよ。瑞貴センパイの足手まといにだけはなりたくないの」
なんとなくイラッとしたちえりは語尾を強めて言い切る。いつもならこの程度の嫌味などなんともないはずなのだが――。
(鳥頭が言ってることは正論だし。こいつに苛立ってもしょうがないのに……)
「……全部あのひと中心かよ。あんたにとって瑞貴先輩ってなに?」
珍しく自分に興味を示したかと思ったが、咎めるような彼の目は仕事に対する生半可なちえりの気持ちに気づいているようだった。
「それは……」
まるで幾つもの修羅場を乗り越えてきたような荒ぶる狼色の瞳に言葉を絞り出すことができない。ちえりがなんと応えようかと言い淀んでいると……
「はぁいっ! ふたりとも愛し合ってるかぁいいっ!!」
明らかに酔っぱらっている長谷川が二周目の登場を果たした。もはや定位置となったちえりと鳥居の間へ無理矢理入り込む。
「はぁ……」
「あは……っ」
"また帰れなくなった"とばかりにため息をついた鳥頭に苦笑していると。
「それで~? 桜田っちの子供の頃とか知ってるんでしょ? どんなんだった!? はい、あーんっっ」
長谷川は焼き鳥の串を指先でつまみ、ひとくち目をちえりに、ふたくち目を鳥頭へ食べさせると残りを自分の口へと運んだ。
ちえりはいい色に焼けた鶏肉を咀嚼しながら"うーん"と悩む。
「言ってもいいですかね……?」
「なぁん? 本人のしょーだく? 桜田っち~!! 若葉っちから幼少期の話聞いてもいいー?」
「……ん? 幼少期ってちえりの?」
「はぁっっ!? 天然も大概にしなさいよーっ!! あんたのでしょ! あ・ん・た・の!!」
焼けた串を指揮棒のように扱いながらビシッと瑞貴を指す長谷川はもどかしそうに地団駄を踏む。
「あ……、俺のね。別に大したもんじゃないし。いいよちえり」
「う、うん……じゃあ少しだけ。
……瑞貴センパイが引っ越してきたとき、凄く綺麗な男の子が来たなぁって思って……」
――当時を思い出したちえりは懐かしい記憶に想いを馳せる。
近所に新しく建った洋風二階建ての大きな家。幼いちえりは真っ白なそれを見上げながらキラキラと瞳を輝かせていた。
まるでお城のような豪邸に憧れながら何日も通いつめていると、柔らかな春の日差しが降り注ぐなかを一台の車がやってきた。降りてきたのは派手な大人がふたりと、後部座席からはハーフのような愛くるしい天使と、同い年くらいの活発な少女が勢いよく飛び出してきた。
"ねぇ、きみ……家ちかくなの?"
車のドアに隠れてしまいそうなほどに小さな男の子が小走りに駆け寄ってきた。
"う、うん……っすぐそこ……"
まさか話かけられるとは思っていなかったちえりは驚きのあまり一、二歩後ずさりする。
"よかった! じゃあこれから毎日いっしょにあそべるね! ぼく瑞貴!"
"わ、わたし……ちえりっ!"
あまり積極的ではなかったちえりだが、素直な瑞貴の申し出に背中を押されるように言葉を発した。
"……チェリー? かわいいなまえだねっ"
"え、……?"
"よろしく! チェリーちゃん!"
"よ、よろしく……みずきくん?"
"うんっ!"
伸ばされた手を握り返すと、少年の温かく柔らかな肌の感触がちえりの全身を駆け抜けた。
瑞貴の聞き間違いか自分の滑舌が悪かったのか……いつの間にか"チェリー"という呼び名は彼だけが呼ぶ特別なものとなっていき、更にかわいいと言われたちえりの胸は大きな甘鐘を鳴らした。そして異常なまでに頬に集まる熱と、おさまらない鼓動が生まれて初めての一目惚れだと物語っていた――。
「んでんでっっ!?」
食い入るようにちえりに寄り添う長谷川。ちえりの話を酒の肴にしようとしているのか、大声で生ビールを追加注文している。
「とても面倒見が良くて、でもちょっと変わってるところもあって……」
「うへへっ! 面倒見良いなんて若葉っちのこと好きだったんじゃないのぉっ!? くは~っ!! 桜田っちはどうなのよ! 若葉っちの第一印象は!!」
「え、俺は……」
「……ゴクリ」
ちえりを始め、皆が固唾を飲んで見守るなか……声を上げたのは三浦だった。
「時間も時間だし、そろそろお開きにしましょう」
「え~! まだ二人の馴初め聞いてないよぉ!!」
「……っ! 俺もちょうどいいし……帰るよ……っ」
慌てて立ち上がった瑞貴に長谷川が反撃の狼煙を上げる。
「待てぃ!! 居酒屋の焼き鳥が煙に巻かれたとしてもぉおお~! この長谷川美雪の目はごまかせないぞ!!!」
ガシッと生ビールのジョッキを掴んだ長谷川。彼女はドカドカと床を踏み鳴らしながら瑞貴のところへジリジリと迫っていく。
「あははっ」
どっと笑いが起きて、目を細めながら瑞貴と長谷川のやり取りを見つめていると、飲み放題終了間近を意味する声がかかる。
「ラストオーダーですー」
本物のお開きの声には抗えない長谷川だが、長谷川に迫られた瑞貴は神ならぬ店員の言葉にほっと息をついている。
「ぎゃぁあっ! つまんなぁいい!!」
「あはっ」
ジタバタと転がり駄々を捏ねる長谷川に全員がお手上げの様子だった。しかしちえりがこうして笑っていられるのは長谷川によるところがとても大きい。
「長谷川さん本当に楽しい人だね」
「これだけ"いびつ"な人間に囲まれたらクッションは必要だからな」
ぼんやりと心のままを呟いたちえりに鳥頭が含むような言い方をする。
「へ? どういう意味?」
「さぁな」
「……あ、ちょっと!!」
「若葉さん最後なんか頼む?」
「い、いえっ……先に外出て空気吸ってますね」
開宴時に名前を聞いたはずだが、すぐに忘れてしまった瑞貴の同期へ申し訳なく思いつつ頭を下げる。その背後でさっさと店の外へ出ようとする鳥頭の、見えなくなりつつある背中を慌てて追いかける。
ちえりは寂しさを紛らわすためにスマホのアルバム機能を立ち上げ、初日の朝方に撮影した薔薇の毛布に包まれている瑞貴の写真を覗き見る。
「……はぁ……」
いつもは彼のカッコ良さに出るため息だが、今はちょっと違う。
まるでマジックミラーに仕切られているかのように互いの声も、存在さえも遠く感じる。
「もう帰るか」
鳥頭は後ろに両手をつき、上半身を斜めに傾けながら新入社員らしからぬ言葉と態度をとっていた。
「ぶっ……あんたなんて恰好してんのよ」
「まぐろのチェリーサンは? ……瑞貴先輩帰るまで帰んねぇの?」
「またその呼び方……うん。私、カードキー持ってないから」
「あぁ、あの社宅は単身が条件だからお前の分のカードキーは発行できないんだろ」
(なにこいつ……やけに詳しい)
「贅沢言えないよ。傍に置いてもらえるだけで本当に感謝しかないもん」
現状に不満なんかない。自分だけを見てほしいなんてワガママも言わない。同じ空間で、同じものを見て笑いあえるだけで……こんなにも幸せになれる相手は世界中どこを探しても瑞貴しかいないのだ。
「……上京してきた意味忘れんなよ?」
釘を刺すように言い放つ鳥頭だが、ちえりの本来の目的は仕事じゃなかった。手っ取り早く玉の輿にでも乗って~という浅ましい野望を抱いていたことは瑞貴しか知らず、大声で言ったものなら東京湾に沈められてしまいそうなほどに真面目に仕事に取り組むひとたちの集団だということはちえりにもわかる。
「わかってるよ。瑞貴センパイの足手まといにだけはなりたくないの」
なんとなくイラッとしたちえりは語尾を強めて言い切る。いつもならこの程度の嫌味などなんともないはずなのだが――。
(鳥頭が言ってることは正論だし。こいつに苛立ってもしょうがないのに……)
「……全部あのひと中心かよ。あんたにとって瑞貴先輩ってなに?」
珍しく自分に興味を示したかと思ったが、咎めるような彼の目は仕事に対する生半可なちえりの気持ちに気づいているようだった。
「それは……」
まるで幾つもの修羅場を乗り越えてきたような荒ぶる狼色の瞳に言葉を絞り出すことができない。ちえりがなんと応えようかと言い淀んでいると……
「はぁいっ! ふたりとも愛し合ってるかぁいいっ!!」
明らかに酔っぱらっている長谷川が二周目の登場を果たした。もはや定位置となったちえりと鳥居の間へ無理矢理入り込む。
「はぁ……」
「あは……っ」
"また帰れなくなった"とばかりにため息をついた鳥頭に苦笑していると。
「それで~? 桜田っちの子供の頃とか知ってるんでしょ? どんなんだった!? はい、あーんっっ」
長谷川は焼き鳥の串を指先でつまみ、ひとくち目をちえりに、ふたくち目を鳥頭へ食べさせると残りを自分の口へと運んだ。
ちえりはいい色に焼けた鶏肉を咀嚼しながら"うーん"と悩む。
「言ってもいいですかね……?」
「なぁん? 本人のしょーだく? 桜田っち~!! 若葉っちから幼少期の話聞いてもいいー?」
「……ん? 幼少期ってちえりの?」
「はぁっっ!? 天然も大概にしなさいよーっ!! あんたのでしょ! あ・ん・た・の!!」
焼けた串を指揮棒のように扱いながらビシッと瑞貴を指す長谷川はもどかしそうに地団駄を踏む。
「あ……、俺のね。別に大したもんじゃないし。いいよちえり」
「う、うん……じゃあ少しだけ。
……瑞貴センパイが引っ越してきたとき、凄く綺麗な男の子が来たなぁって思って……」
――当時を思い出したちえりは懐かしい記憶に想いを馳せる。
近所に新しく建った洋風二階建ての大きな家。幼いちえりは真っ白なそれを見上げながらキラキラと瞳を輝かせていた。
まるでお城のような豪邸に憧れながら何日も通いつめていると、柔らかな春の日差しが降り注ぐなかを一台の車がやってきた。降りてきたのは派手な大人がふたりと、後部座席からはハーフのような愛くるしい天使と、同い年くらいの活発な少女が勢いよく飛び出してきた。
"ねぇ、きみ……家ちかくなの?"
車のドアに隠れてしまいそうなほどに小さな男の子が小走りに駆け寄ってきた。
"う、うん……っすぐそこ……"
まさか話かけられるとは思っていなかったちえりは驚きのあまり一、二歩後ずさりする。
"よかった! じゃあこれから毎日いっしょにあそべるね! ぼく瑞貴!"
"わ、わたし……ちえりっ!"
あまり積極的ではなかったちえりだが、素直な瑞貴の申し出に背中を押されるように言葉を発した。
"……チェリー? かわいいなまえだねっ"
"え、……?"
"よろしく! チェリーちゃん!"
"よ、よろしく……みずきくん?"
"うんっ!"
伸ばされた手を握り返すと、少年の温かく柔らかな肌の感触がちえりの全身を駆け抜けた。
瑞貴の聞き間違いか自分の滑舌が悪かったのか……いつの間にか"チェリー"という呼び名は彼だけが呼ぶ特別なものとなっていき、更にかわいいと言われたちえりの胸は大きな甘鐘を鳴らした。そして異常なまでに頬に集まる熱と、おさまらない鼓動が生まれて初めての一目惚れだと物語っていた――。
「んでんでっっ!?」
食い入るようにちえりに寄り添う長谷川。ちえりの話を酒の肴にしようとしているのか、大声で生ビールを追加注文している。
「とても面倒見が良くて、でもちょっと変わってるところもあって……」
「うへへっ! 面倒見良いなんて若葉っちのこと好きだったんじゃないのぉっ!? くは~っ!! 桜田っちはどうなのよ! 若葉っちの第一印象は!!」
「え、俺は……」
「……ゴクリ」
ちえりを始め、皆が固唾を飲んで見守るなか……声を上げたのは三浦だった。
「時間も時間だし、そろそろお開きにしましょう」
「え~! まだ二人の馴初め聞いてないよぉ!!」
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ガシッと生ビールのジョッキを掴んだ長谷川。彼女はドカドカと床を踏み鳴らしながら瑞貴のところへジリジリと迫っていく。
「あははっ」
どっと笑いが起きて、目を細めながら瑞貴と長谷川のやり取りを見つめていると、飲み放題終了間近を意味する声がかかる。
「ラストオーダーですー」
本物のお開きの声には抗えない長谷川だが、長谷川に迫られた瑞貴は神ならぬ店員の言葉にほっと息をついている。
「ぎゃぁあっ! つまんなぁいい!!」
「あはっ」
ジタバタと転がり駄々を捏ねる長谷川に全員がお手上げの様子だった。しかしちえりがこうして笑っていられるのは長谷川によるところがとても大きい。
「長谷川さん本当に楽しい人だね」
「これだけ"いびつ"な人間に囲まれたらクッションは必要だからな」
ぼんやりと心のままを呟いたちえりに鳥頭が含むような言い方をする。
「へ? どういう意味?」
「さぁな」
「……あ、ちょっと!!」
「若葉さん最後なんか頼む?」
「い、いえっ……先に外出て空気吸ってますね」
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