青いチェリーは熟れることを知らない①

逢生ありす

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チェリーの見る夢

暗雲、再び2

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 やがて昼休憩となり、合流した瑞貴を伴っていつものように四人で定食を口にしていると――。

「ねぇ桜田くん。今週の金曜日、同期メンバーで食事しようかって話出てるんだけど……どう?」

「……ん?」

 突然話しかけられ、ちえりの話に笑みを浮かべていた瑞貴の顔が斜め前方へ向けられた。

「……っ!」

(三浦さんだっ……!)

 彼女が登場しただけで思わず身構えてしまったちえり。
 そして予想通り三浦の瞳がこちらに降りてくることなく話は続けられる。

「最近皆の誘い断ってるでしょ? 桜田くん。付き合い悪くなったって言われてるわよ?」

「悪い、そのうち埋め合わせするから。今回もパスさせて欲しい」

「……」

(……瑞貴センパイがお誘いを断ってるのって……もしかして私のせい?)

 職場だけではなく、プライベートでも彼の行動を制限させてしまっている申し訳なさから瑞貴の顔をうかがったちえりに、彼のものではない鋭い視線が刺さる。

「…………」

「……っ」

(……ふごぉっっ!!)

 殺気にも似たそれは紛れもなく三浦のものであり、その瞳には汚物を排除しようとする塩素系クリーナーのように容赦がない。瑞貴の断りの言葉に肩を震わせながら、汚物ちえりを睨んでいる三浦は怒りと悲しみが共存している様子だった。
 おそらく瑞貴は他の者の誘いを断ったとしても、自分の誘いならば断わらない自信があったに違いない。

「……瑞貴センパイ、せっかくのお誘いですし……」

 恐ろしさのあまり、汚物ちえりが控えめに瑞貴の背中を押すが……

「いや、寄り道しないで帰りたいんだ。俺」

「あ、えっと……」

(そ、それはそれで……が、がーん!!!)

切なく微笑まれ、胸が苦しくなる。

(これじゃあ私が瑞貴センパイば追い出そうとしてるみたいでねぇのっ!?)

「……なんか、ごめんなさいっ……」

 事態を悪化させてしまっただけの自分に嫌気がさす。
 さらに瑞貴を傷つけてしまったちえりは身の置き場所がわからなくなってしまい、その背中はどんどん丸く小さくなっていく。

「ん~? 桜田っちやっぱ行きたくないの? 赴任明けで帰ってくる戸田っちが会いたがってたよ?」

 ここで助け舟とばかりに、ひょっこり顔を出した長谷川が片手に珈琲を手にしたまま姿を現した。

「ははっ知ってる。戸田とはまた別で会おうと思ってる」

「さっきの話聞いてたけど、もしかして桜田っちって彼女と同棲してんの? 寄り道したくないってそれしか……」

「……じゃあ若葉さんも一緒なら?」

 不吉な長谷川の言葉を遮って口を開いた三浦。
 どことなく怒気を含んでいるような口調に長谷川が"?"と首を傾げている。

「若葉さんが一緒なら桜田くんも参加してくれるのかしら?」

「……え、わっ……わたしですか?」

 そんなこんなで何故かちえりも参加することになってしまった瑞貴の同期メンバーの飲み会。さらによっぽど気に入られているのか、そこには鳥頭の姿もあった。

(戸田さんってあの人か……)

 人の好さそうなやや太めの男性が瑞貴と肩を並べながら陽気にジョッキを傾けていた。
 おそらく同じくらいの年齢と思われるが、やはり瑞貴は若く美しく見える。隣りの席の女客がしきりに瑞貴の方を見ては騒いでおり、いつ声を掛けようかとタイミングを見計らっているようにみえてヤキモキする。

(いざとなったら私が間に入ってっっ……!!)

 同期らしい人物はおよそ十四、五人。流れで参加させられたちえりは長テーブルの端へ座り、不本意にも鳥頭と隣同士になってしまった。

「……もしかしてあんたもお酒だめなタイプ?」

 相変わらずグレープフルーツジュースへ口をつける鳥頭を見てちえりがボソリと呟いた。

「一緒にすんな。俺は待ってる女が酒がだめなだけだ」

「へぇ……もの好きな人もいるのねぇ」

 "女"への話題に興味を示さないちえりは頼んでいた"もつ鍋"を仕方なく取り分けながら鳥頭にも渡す。

「あぁ、俺に従順で他のやつにはなびかないからな」

「……従順って……他に言い方ないの……?」

「ほらほら~! ふたりともちゃんと飲んでるかい?」

 顔を赤くした長谷川がちえりと鳥居の間に割り込んできた。前回もこうして割り込まれた鳥居が激しく嫌そうな顔で彼女を迎える。

「……長谷川さん狭いし邪魔なんですけど」

「あ~! なに!? 若葉っちの隣がいいって? ごめんごめん!!」

「いえいえ! 是非ここで落ち着いて頂いて!!」

「優しいねぇ若葉っちは~!!」

 ガバッと抱き着かれ、長谷川の丸い金のイヤリングが頬を撫でるとちえりは思った。
 彼女の馴染みやすさはこうした他人との距離を素直に埋められるところなのかもしれない、と。

(私なんて三浦さんに苦手意識持ってるし……それが伝わっちゃってたのかもしれないな……)

 長谷川の裏のない行動に自分の行動を恥じていると、敏感になっていた三浦に対する苦手意識がどことなく丸くなった気がする。
 そして自分が会社で穏やかに過ごすことが瑞貴の負担を減らすことにも繋がるため、できれば皆と仲良く過ごしたい。こうして、今一度態度を改めようとちえりだったが――……

 午後二十一時半を回ろう頃にはポツリポツリと帰る人が見受けられた。

(……何時まで続くんだろう……)

 ちらりと瑞貴を見ると既にアルコールはストップしたようで、烏龍茶を飲み続けている。
 時折ソワソワする彼を見て目が合わないかと注視してみるが、ふたつ隣りに座っている三浦が瑞貴へ何やら耳打ちしてみたりと、蚊帳の外であるちえりの時間はもどかしいまま刻々と過ぎていく。

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