上 下
84 / 92
ふたりで辿る足跡

裏の、さらに裏目

しおりを挟む
 テーブルについた際、二人掛けの場所にちえりが座ったのを見計らってしっかり隣を確保した瑞貴だったが、上座とも言える一人掛けの場所に部屋の主である鳥居が腰を下ろしたため、ちえりはふたりに挟まれるような形になっていた。
 締めのうどんが投入され、ひと煮立ちしたころ女子力最強の三浦が皆の器に取り分ける最中、飲み物を注いでくれたのは瑞貴だった。

「ちえり、オレンジジュースでいいか? 果汁高めだからさっぱりしてて飲みやすいだろうと思って買っておいたんだ」

 キッチンへと消えて戻ってきた瑞貴の手には磨く前の宝石のように冷えたグラス。王子スマイルとグラスをありがたく受け取ったちえりは瑞貴の優しさに感激している。

「わっ! ありがとうございます! そういえばセンパイの家にお邪魔してたとき、いつもオレンジジュース飲んでた記憶が……」

「だよな。俺、ちえりがどんなのが好きか色々買い集めて観察してたんだぜ?」

「……えっ!?」

 あまりの嬉しさにオレンジジュースが注がれていくグラスを持つ手がガクガクと震える。
 
(……あ、あの、あの瑞貴センパイが私の好みを把握しようとしてくれてたなんてっ……)

「完全にふたりの世界っていうか、締めのうどんが進むような話をもっと聞かせるのだーーっ!!」

 その場にいる瑞貴とちえり、長谷川以外のふたりは完全に冷え切った目でうどんを口に運んでいる。
 まるでわざと見せつけるような瑞貴の昔話に鈍感なちえりは気づかなかったが、明らかにそれは最近やたらと彼女に絡んでくる鳥居へのけん制だった。

「長谷川は何が聞きたい? 俺はちえりとの想い出ならなんでも覚えてるよ」

「そ、そんなセンパイ……」

(前はあまり皆の目でしゃべりたくないような感じだったのに……ハッ! これは……お酒の力だべかっっ!?)

 恥ずかしいような、でもふたりだけの秘密にしておきたいような、ごちゃ混ぜな胸中にちえりは口ごもる。
 テーブルへ左肘をついた瑞貴は優雅なラブソングを奏でるように饒舌に長谷川と盛り上がっている。相変わらず食いつきのいい長谷川の隣でつまらなそうにビールを煽るのは三浦だった。

(これじゃ皆が楽しめない……)

 あまりに違う空気感にちえりは危機感を抱き、なけなしの勇気をかき集めて声を振り絞った。

「わ、わたしはっ! 三浦さんの話が聞きたいなーっ! なんて……」

 突如声を張り上げたちえりに一同の視線が突き刺さる。
 滝のような汗が全身から噴き出すのを実感したちえりはそれでも必死で笑顔を作りながら三浦に話を振る。

「こう……武勇伝とか、なんとか……!」

「武勇伝を語れるOLなんてそんなにいるとは思えないけどな」

 独り言のように呟いた鳥居に内心"しまった!!"と思いながらも、気の利いた話題を振ることもできないちえりは次の発言が思いつかない。

「そ、そっか……そうだよね」

 自爆装置の導線についた火は止まることを知らず、じわじわとちえりを追い詰めていく。
 あたりがシーンと静まり返り、あまりの気まずさにテーブルの下へ隠れてしまいたいと心底思った瞬間、三浦が口を開いた。

「無理しなくてもいいのよ。若葉さんが私にこれっぽっちも興味がないこと知ってるから」

「……っ!? そそそそそんなことありませんよ!? 才色兼備な三浦さんはやっぱりお家柄も素敵なんだろうなぁとか……本当に思ってて!!」

 上品で美人、イコール家柄が良い。そんなイメージが勝手に出来上がってるちえりは気の利いた一言もいえない。それもあくまで彼女を褒め称えた賛辞のひとつだったが……

「若葉さんは人を見るときそういう目で見ているの? 家柄がどうとか見てるなら最低ね」

「……っそんなつもりじゃ……」
 
 自分の言い方が悪かったのかもしれない。
 でももしかしたら玉の輿に乗ろうとして東京へ乗り込んできた不純な動機を持っていた自分の根底がそこにあるから? と、居た堪れなくなったちえりは首を横に振ることしかできない。

「なんでそんな卑屈になってんだよ。ちえりにはそう見えたってだけだろ? ちえりの言葉に裏なんかあるわけないだろ」

「センパイ……ごめんなさい。私の言い方が悪かったんです。三浦さん、私に無いものをたくさん持ってるから羨ましくて……きっとご両親も立派なんだろうなって、本当にそう思っただけなんです。気を悪くさせてしまったらすみません」

 かばってくれた瑞貴にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

(……険悪なムードにさせちゃった……)

 平謝りするちえりに長谷川がパチクリ瞬きしている。

「んーなんてーの? 考え過ぎだよ三浦っち。ちえりっちは褒めてんだよ? 貧乏っぽいなんて言われたらギョッとするけどさー? まあ、恋のライバルの言葉を斜めから捉えたくなるのはわからんでもないがねー!!」

 ガハハと笑った長谷川はポンポンと三浦の肩を叩きながら明るく笑い飛ばす。

「……」

「…………」

(……恋のライバル……そっか、やっぱり三浦さんは……)

 酒に酔った長谷川が漏らした言葉が頭の中をぐるぐると回り、それを理解したときには心臓を強く握りしめられたように息苦しさに見舞われたちえりを隣の瑞貴はじっと見つめている。

「…………」

 瑞貴に咎められ、長谷川にも諭されてしまった三浦の気分がよいわけがない。
 傍にある自分のバッグを手繰り寄せたちえりは作り笑いを顔に貼り付け、鳥居へ"お手洗い借りるね"と部屋を出た。

 パタンと扉が閉まると、後ろに手をついていた瑞貴の視線が同期の女を貫いた。

「三浦、ちえりに謝れ。このままだったら俺はお前を絶対に許さないからな」

 苛立ちを隠せずにいる瑞貴はちえりと自分の使った皿を片づけ始め、早くも撤収に取り掛かった。

「あんたが本気でチェリーさんをそんな風に思ってるんだとしたら、究極にひん曲がってますね。御愁傷様です」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の恋愛ストラテジー

香夜みなと
恋愛
ライバルで仲間で戦友――。 IT企業アルカトラズに同日入社した今野亜美と宮川滉。 二人は仕事で言い合いをしながらも同期として良い関係を築いていた。 30歳を目前にして周りは結婚ラッシュになり、亜美も焦り始める。 それを聞いた滉から「それなら試してみる?」と誘われて……。 *イベントで発行した本の再録となります *全9話になります(*がついてる話数は性描写含みます) *毎日18時更新となります *ムーンライトノベルズにも投稿しております

強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

処理中です...