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ふたりで辿る足跡

見えない火花

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『”隣のよしみ”って便利な言葉だよな。……大概のことは許されるもんな』

「…………」

(瑞貴センパイの言う通りだ。何も言い返せなかった……)

「……おい。終わったならどけよ」

「…………」

『ちえりが俺のキスを受け入れてくれたとき、あいつとはそういう仲じゃないって……確信したから』

(……キス、した時にそんなことまで考えてたなんて……)

 鳥居隼人とそういう関係ではない証明など今の瑞貴は必要としていない。
 身の潔白を示すよりも大事なのはもう隠し事をしないこと、……そしてこれからどうするか? ということ――。

「王子様の迎えがないと動けないのか? 呼んできてやろうか、瑞貴先輩」

「……え?」

 ”瑞貴”という言葉にようやく反応を示したちえり。
 振り向くと背後ではコピー待ちの鳥居が仏頂面で仁王立ちしていた。

「あの人(瑞貴先輩)になに言われたかなんて大方想像ついてるけどな。”ただの同居人”に縛られてるお前ってなんなの?」

 所持していた資料をコピー機にかけながら容赦なく毒を吐く鳥居。彼もまたどことなく不機嫌そうで言葉には冷気を含んでいる。

「……ただの、じゃないよ……」

「恋人でもないだろ。衣食住の面倒見てもらってるから口ごたえ出来ねぇってなら……部屋出れば?」

「そ、そうだけど……それだけじゃなくてっ……」


『”俺と秘密をもった”って置き換えてみろよ』

『罪悪感も通り越してドキドキすんだろ?』


 気持ちを軽くしようと言ってくれた優しい鳥居の顔と声が蘇る。
 瑞貴との仲がこじれぬよう、そっと手助けをしてくれていた彼から急に手のひらを返され、裏側を想像していなかったちえりの心が軋むように痛んだ。

「ふたりとも、こんなところに突っ立ってどうした?」

「……っ!?」

 声がかかると同時に左肩へ感じたのは瑞貴の広い胸板だった。
 彼は読み取れない表情でちえりの顔をじっと見つめ、返事がないとわかるとその瞳は鳥居へ流れ、詰問するように鋭くなった。

「”恋人でもない男と同居してる俺の知り合いの話”ですよ。……聞いてもつまらないと思いますが、聞きます?」

「ちょ、ちょっと……!」

 嫌味を込めた鳥居の言葉にハラハラと動揺するちえりをよそに、笑顔で口を開いた瑞貴。

「いや、いい。お前が知らないだけで、ふたりはそんな安っぽい関係じゃないと思うよ。むしろ、あたため続けた想いを邪魔されたくないから……構わないで欲しいんじゃないか?」

「へぇ……熱の入ったアドバイスありがとうざいます。あたため過ぎた想いが無駄にならないことを俺も祈りますよ」

「……じゃあな」

「……っ!」

 いつの間にかコピーを終えた鳥居はそれ以上何も言わず、一度だけ蔑むような視線をちえりへ向けるとすぐに立ち去ってしまった。

(今のあいつの視線……完全に見下してた。
瑞貴センパイに頼りっぱなしの私に飽きれてるんだ……)

 立ち尽くしたちえりの肩を抱きながら瑞貴が自分の席へ来るようそっと促す。

「さて、俺が不在だったときの報告、……聞いてもいいかな?」

 もはや鳥居の存在など無かったように話を切り替えた瑞貴の笑顔が怖い。

(仕事の話、……だよね?)

「……は、はい……」

 昨夜の件がバレてしまった以上、避けて通れる道ではないが会社でするような話でもない。
 しかしいま、瑞貴の聞きたがっていることは何なのか? それがわからない為、自分から口を開くべきではないと踏んだちえりは彼の質問を待つことにした。

「……残業してたみたいだけど、誰かに頼まれた?」

 ちえりはまだまだ新人で、その道には無関係だった彼女は誰を手伝うこともできない。だからこそ瑞貴のもとで研修をスタートさせたのだから、無理をいう者はいないはずなのだ。

「あ……」

(……っなるべくその話題から離れたい……!)

 瑞貴の目を見る限り他意はないとわかるが、黙っていれば触れずにすむと思っていた自分が浅はかだったと気づかされる。
 視線の先では、リーダーとして自グループの勤怠を把握しておかねばならない瑞貴が昨日のシステム管理ファイルへ目を通していたからだ。
 幸いにもグループ違いの鳥居の名はそこになく、彼に直結するわけではないと安堵しながら言葉を選ぶ。

「ううんっ……頼まれたとかじゃなくて……私、見落とし多くて無駄が多いから……時間かかっちゃって」

「……? 残業してまで終わらせるほど急ぎの案件じゃないはずだったよな?」

「ごめんなさい、やりかけだと瑞貴センパイに迷惑かかると思ったから……」

 皮肉にも鳥居に言われたことで、自分が瑞貴へかなりの負担をおわせていることに気づかされた。
 それじゃなくとも彼には他にやることが山ほどあり、足手まといになっていないはずがなかったのだ。

「……いや、俺こそごめん。変な気使わせちゃったみたいだな。でも本当、迷惑だなんて思ってないよ」

「……はい……」

(……あまり嬉しくないみたい。余計なことしちゃったかな……)

 凛々しい顔が一瞬、悲しそうに笑ったのがとても気になる。
 再会して数か月。彼の性格は以前とそう変わっていないと高を括っていたが、そうじゃないかもしれないという気持ちが少しずつ芽生え始めていた。

(ううん、悲しそうな顔をしていたのはきっと……私に気を使わせてしまったことへの申し訳ない気持ちから……次はセンパイの指示を仰いでからにしよう)

 昔から温室のようにあたたかい瑞貴。
 その存在は太陽でもあり、彼は生きるのに必要な水も甘い言葉も惜しみなく注いでくれる。

そしてずっと憧れていた瑞貴との生活はまさに絵に描いたような幸せそのものだったが、そんな彼の期待に応えたい、助けたいと思うのはまだ少し早いのかもしれない。


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