76 / 92
ふたりで辿る足跡
見えない火花
しおりを挟む
『”隣のよしみ”って便利な言葉だよな。……大概のことは許されるもんな』
「…………」
(瑞貴センパイの言う通りだ。何も言い返せなかった……)
「……おい。終わったならどけよ」
「…………」
『ちえりが俺のキスを受け入れてくれたとき、あいつとはそういう仲じゃないって……確信したから』
(……キス、した時にそんなことまで考えてたなんて……)
鳥居隼人とそういう関係ではない証明など今の瑞貴は必要としていない。
身の潔白を示すよりも大事なのはもう隠し事をしないこと、……そしてこれからどうするか? ということ――。
「王子様の迎えがないと動けないのか? 呼んできてやろうか、瑞貴先輩」
「……え?」
”瑞貴”という言葉にようやく反応を示したちえり。
振り向くと背後ではコピー待ちの鳥居が仏頂面で仁王立ちしていた。
「あの人(瑞貴先輩)になに言われたかなんて大方想像ついてるけどな。”ただの同居人”に縛られてるお前ってなんなの?」
所持していた資料をコピー機にかけながら容赦なく毒を吐く鳥居。彼もまたどことなく不機嫌そうで言葉には冷気を含んでいる。
「……ただの、じゃないよ……」
「恋人でもないだろ。衣食住の面倒見てもらってるから口ごたえ出来ねぇってなら……部屋出れば?」
「そ、そうだけど……それだけじゃなくてっ……」
『”俺と秘密をもった”って置き換えてみろよ』
『罪悪感も通り越してドキドキすんだろ?』
気持ちを軽くしようと言ってくれた優しい鳥居の顔と声が蘇る。
瑞貴との仲が拗れぬよう、そっと手助けをしてくれていた彼から急に手のひらを返され、裏側を想像していなかったちえりの心が軋むように痛んだ。
「ふたりとも、こんなところに突っ立ってどうした?」
「……っ!?」
声がかかると同時に左肩へ感じたのは瑞貴の広い胸板だった。
彼は読み取れない表情でちえりの顔をじっと見つめ、返事がないとわかるとその瞳は鳥居へ流れ、詰問するように鋭くなった。
「”恋人でもない男と同居してる俺の知り合いの話”ですよ。……聞いてもつまらないと思いますが、聞きます?」
「ちょ、ちょっと……!」
嫌味を込めた鳥居の言葉にハラハラと動揺するちえりをよそに、笑顔で口を開いた瑞貴。
「いや、いい。お前が知らないだけで、ふたりはそんな安っぽい関係じゃないと思うよ。むしろ、あたため続けた想いを邪魔されたくないから……構わないで欲しいんじゃないか?」
「へぇ……熱の入ったアドバイスありがとうざいます。あたため過ぎた想いが無駄にならないことを俺も祈りますよ」
「……じゃあな」
「……っ!」
いつの間にかコピーを終えた鳥居はそれ以上何も言わず、一度だけ蔑むような視線をちえりへ向けるとすぐに立ち去ってしまった。
(今のあいつの視線……完全に見下してた。
瑞貴センパイに頼りっぱなしの私に飽きれてるんだ……)
立ち尽くしたちえりの肩を抱きながら瑞貴が自分の席へ来るようそっと促す。
「さて、俺が不在だったときの報告、……聞いてもいいかな?」
もはや鳥居の存在など無かったように話を切り替えた瑞貴の笑顔が怖い。
(仕事の話、……だよね?)
「……は、はい……」
昨夜の件がバレてしまった以上、避けて通れる道ではないが会社でするような話でもない。
しかしいま、瑞貴の聞きたがっていることは何なのか? それがわからない為、自分から口を開くべきではないと踏んだちえりは彼の質問を待つことにした。
「……残業してたみたいだけど、誰かに頼まれた?」
ちえりはまだまだ新人で、その道には無関係だった彼女は誰を手伝うこともできない。だからこそ瑞貴のもとで研修をスタートさせたのだから、無理をいう者はいないはずなのだ。
「あ……」
(……っなるべくその話題から離れたい……!)
瑞貴の目を見る限り他意はないとわかるが、黙っていれば触れずにすむと思っていた自分が浅はかだったと気づかされる。
視線の先では、リーダーとして自グループの勤怠を把握しておかねばならない瑞貴が昨日のシステム管理ファイルへ目を通していたからだ。
幸いにもグループ違いの鳥居の名はそこになく、彼に直結するわけではないと安堵しながら言葉を選ぶ。
「ううんっ……頼まれたとかじゃなくて……私、見落とし多くて無駄が多いから……時間かかっちゃって」
「……? 残業してまで終わらせるほど急ぎの案件じゃないはずだったよな?」
「ごめんなさい、やりかけだと瑞貴センパイに迷惑かかると思ったから……」
皮肉にも鳥居に言われたことで、自分が瑞貴へかなりの負担をおわせていることに気づかされた。
それじゃなくとも彼には他にやることが山ほどあり、足手まといになっていないはずがなかったのだ。
「……いや、俺こそごめん。変な気使わせちゃったみたいだな。でも本当、迷惑だなんて思ってないよ」
「……はい……」
(……あまり嬉しくないみたい。余計なことしちゃったかな……)
凛々しい顔が一瞬、悲しそうに笑ったのがとても気になる。
再会して数か月。彼の性格は以前とそう変わっていないと高を括っていたが、そうじゃないかもしれないという気持ちが少しずつ芽生え始めていた。
(ううん、悲しそうな顔をしていたのはきっと……私に気を使わせてしまったことへの申し訳ない気持ちから……次はセンパイの指示を仰いでからにしよう)
昔から温室のようにあたたかい瑞貴。
その存在は太陽でもあり、彼は生きるのに必要な水も甘い言葉も惜しみなく注いでくれる。
そしてずっと憧れていた瑞貴との生活はまさに絵に描いたような幸せそのものだったが、そんな彼の期待に応えたい、助けたいと思うのはまだ少し早いのかもしれない。
「…………」
(瑞貴センパイの言う通りだ。何も言い返せなかった……)
「……おい。終わったならどけよ」
「…………」
『ちえりが俺のキスを受け入れてくれたとき、あいつとはそういう仲じゃないって……確信したから』
(……キス、した時にそんなことまで考えてたなんて……)
鳥居隼人とそういう関係ではない証明など今の瑞貴は必要としていない。
身の潔白を示すよりも大事なのはもう隠し事をしないこと、……そしてこれからどうするか? ということ――。
「王子様の迎えがないと動けないのか? 呼んできてやろうか、瑞貴先輩」
「……え?」
”瑞貴”という言葉にようやく反応を示したちえり。
振り向くと背後ではコピー待ちの鳥居が仏頂面で仁王立ちしていた。
「あの人(瑞貴先輩)になに言われたかなんて大方想像ついてるけどな。”ただの同居人”に縛られてるお前ってなんなの?」
所持していた資料をコピー機にかけながら容赦なく毒を吐く鳥居。彼もまたどことなく不機嫌そうで言葉には冷気を含んでいる。
「……ただの、じゃないよ……」
「恋人でもないだろ。衣食住の面倒見てもらってるから口ごたえ出来ねぇってなら……部屋出れば?」
「そ、そうだけど……それだけじゃなくてっ……」
『”俺と秘密をもった”って置き換えてみろよ』
『罪悪感も通り越してドキドキすんだろ?』
気持ちを軽くしようと言ってくれた優しい鳥居の顔と声が蘇る。
瑞貴との仲が拗れぬよう、そっと手助けをしてくれていた彼から急に手のひらを返され、裏側を想像していなかったちえりの心が軋むように痛んだ。
「ふたりとも、こんなところに突っ立ってどうした?」
「……っ!?」
声がかかると同時に左肩へ感じたのは瑞貴の広い胸板だった。
彼は読み取れない表情でちえりの顔をじっと見つめ、返事がないとわかるとその瞳は鳥居へ流れ、詰問するように鋭くなった。
「”恋人でもない男と同居してる俺の知り合いの話”ですよ。……聞いてもつまらないと思いますが、聞きます?」
「ちょ、ちょっと……!」
嫌味を込めた鳥居の言葉にハラハラと動揺するちえりをよそに、笑顔で口を開いた瑞貴。
「いや、いい。お前が知らないだけで、ふたりはそんな安っぽい関係じゃないと思うよ。むしろ、あたため続けた想いを邪魔されたくないから……構わないで欲しいんじゃないか?」
「へぇ……熱の入ったアドバイスありがとうざいます。あたため過ぎた想いが無駄にならないことを俺も祈りますよ」
「……じゃあな」
「……っ!」
いつの間にかコピーを終えた鳥居はそれ以上何も言わず、一度だけ蔑むような視線をちえりへ向けるとすぐに立ち去ってしまった。
(今のあいつの視線……完全に見下してた。
瑞貴センパイに頼りっぱなしの私に飽きれてるんだ……)
立ち尽くしたちえりの肩を抱きながら瑞貴が自分の席へ来るようそっと促す。
「さて、俺が不在だったときの報告、……聞いてもいいかな?」
もはや鳥居の存在など無かったように話を切り替えた瑞貴の笑顔が怖い。
(仕事の話、……だよね?)
「……は、はい……」
昨夜の件がバレてしまった以上、避けて通れる道ではないが会社でするような話でもない。
しかしいま、瑞貴の聞きたがっていることは何なのか? それがわからない為、自分から口を開くべきではないと踏んだちえりは彼の質問を待つことにした。
「……残業してたみたいだけど、誰かに頼まれた?」
ちえりはまだまだ新人で、その道には無関係だった彼女は誰を手伝うこともできない。だからこそ瑞貴のもとで研修をスタートさせたのだから、無理をいう者はいないはずなのだ。
「あ……」
(……っなるべくその話題から離れたい……!)
瑞貴の目を見る限り他意はないとわかるが、黙っていれば触れずにすむと思っていた自分が浅はかだったと気づかされる。
視線の先では、リーダーとして自グループの勤怠を把握しておかねばならない瑞貴が昨日のシステム管理ファイルへ目を通していたからだ。
幸いにもグループ違いの鳥居の名はそこになく、彼に直結するわけではないと安堵しながら言葉を選ぶ。
「ううんっ……頼まれたとかじゃなくて……私、見落とし多くて無駄が多いから……時間かかっちゃって」
「……? 残業してまで終わらせるほど急ぎの案件じゃないはずだったよな?」
「ごめんなさい、やりかけだと瑞貴センパイに迷惑かかると思ったから……」
皮肉にも鳥居に言われたことで、自分が瑞貴へかなりの負担をおわせていることに気づかされた。
それじゃなくとも彼には他にやることが山ほどあり、足手まといになっていないはずがなかったのだ。
「……いや、俺こそごめん。変な気使わせちゃったみたいだな。でも本当、迷惑だなんて思ってないよ」
「……はい……」
(……あまり嬉しくないみたい。余計なことしちゃったかな……)
凛々しい顔が一瞬、悲しそうに笑ったのがとても気になる。
再会して数か月。彼の性格は以前とそう変わっていないと高を括っていたが、そうじゃないかもしれないという気持ちが少しずつ芽生え始めていた。
(ううん、悲しそうな顔をしていたのはきっと……私に気を使わせてしまったことへの申し訳ない気持ちから……次はセンパイの指示を仰いでからにしよう)
昔から温室のようにあたたかい瑞貴。
その存在は太陽でもあり、彼は生きるのに必要な水も甘い言葉も惜しみなく注いでくれる。
そしてずっと憧れていた瑞貴との生活はまさに絵に描いたような幸せそのものだったが、そんな彼の期待に応えたい、助けたいと思うのはまだ少し早いのかもしれない。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
アクセサリー
真麻一花
恋愛
キスは挨拶、セックスは遊び……。
そんな男の行動一つに、泣いて浮かれて、バカみたい。
実咲は付き合っている彼の浮気を見てしまった。
もう別れるしかない、そう覚悟を決めるが、雅貴を好きな気持ちが実咲の決心を揺るがせる。
こんな男に振り回されたくない。
別れを切り出した実咲に、雅貴の返した反応は、意外な物だった。
小説家になろうにも投稿してあります。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる