72 / 92
ふたりで辿る足跡
変わり始めたあいつの印象1
しおりを挟む
(あ、そうだっ……お母ちゃんさメールしとかねと……)
妄想の真琴と話し合った結果など大事なことを思い出し、手早く実家の母へメールを送ると程なくして了解したとの返事が届いた。
「よし! 瑞貴センパイも戻ってくることだし!! 今日は残業なしで帰ってご飯の準備っ!」
鼻息荒く腕まくりしたちえりは昨日に引き続き、敏感肌用と記された洗顔フォームを泡立てて顔を洗いあげる。
「……なんか肌の調子いいかも……気のせい?」
タオルで顔を拭きながら鏡のなかの自分を覗いてみる。
なんとなく表情が明るいのは、水分をたくさん吸い込んだ肌に張りがあるからかもしれない。
「触った感じも凄くしっとりしてる。化粧水だけでも欲しいけど高いんだべなぁ……」
切ないため息を零しながら洗面台の脇へ手をつくと、カタッと何かにぶつかり視線を下げた。
そこには以前と同じクリアピンクの未使用の歯ブラシが置かれていた。
「そっか、前のは捨てたって言ってたっけもんね。また用意してくれたんだ……お礼言わなきゃ」
こう何度も新しい歯ブラシを使わせてもらうからには念入りに歯を磨かなくてはと時間をかけた。
(ん? これってゴミ箱に捨てるのが常識なんだべか……
で、でも……なんかそれって結構失礼に値するような気が……)
「任せればいっか?」
図々しくも思ったが、鳥居愛用の歯ブラシの隣に立てかけさせてもらう。
そして並べて気づく。
「あいつ……クリアブルー使ってるんだ」
(そういえば妄想のなかの真琴も言ってたっけ)
”自分が自信もって勧められるものなら喜んでくれるって!
口にしたこともない見栄えばっかりのを選んでると案外マズイのが多いのよこれがっ!!”
歯ブラシはスイーツじゃないけれど、確かに自分が愛用しているものを勧めるのが一番良いかもしれない。
最初の最悪なイメージから日を追うごとに少しずつ変わり始めた鳥居隼人の印象。
それらは彼を間近で見ているからこそわかるものかもしれないが、ちえりの変化に最も敏感な瑞貴の目にどう映るかは……まもなくはっきりしてしまう。
ビリングに戻ると深みのある味噌と焼き魚の香りが出迎え、脳と胃袋を心地良く刺激しながら食欲を呼び覚ます。
「瑞貴先輩なんだって?」
すでにブルーのワイシャツ爽やかに着こなした鳥居が朝食の準備を完璧に整えて待っていた。
「うんっ! おいしそ……じゃなくてっ……、午前中に会社戻って来れそうだって」
律儀にも手をつけず待っていてくれた彼に頭が下がる。
「ふーん。で? ホテルに泊まったって言ったのか?」
「うん、シティホテルに泊まったって伝えた。……色々ありがとね」
「……別に。バレそうになったら俺に言え」
「そんな、そこまで迷惑かけられないって! それに瑞貴センパイだってそこまで……」
「先輩がどう思うかはそのうちわかるだろ。さっさと食って出かけるぞ」
「……うん、……?」
(瑞貴センパイがどう思うかってなに?)
なんとなく詳細を聞きそびれてしまったあげく、いつもの近寄りがたいオーラを出されては口を噤むしかない。
そして朝食や身支度を終えて部屋を出る際、もらったサンプルをバッグに詰めるのに必死で大事なものを置き忘れたちえりは新たなる火種を作ってしまうのだった。
妄想の真琴と話し合った結果など大事なことを思い出し、手早く実家の母へメールを送ると程なくして了解したとの返事が届いた。
「よし! 瑞貴センパイも戻ってくることだし!! 今日は残業なしで帰ってご飯の準備っ!」
鼻息荒く腕まくりしたちえりは昨日に引き続き、敏感肌用と記された洗顔フォームを泡立てて顔を洗いあげる。
「……なんか肌の調子いいかも……気のせい?」
タオルで顔を拭きながら鏡のなかの自分を覗いてみる。
なんとなく表情が明るいのは、水分をたくさん吸い込んだ肌に張りがあるからかもしれない。
「触った感じも凄くしっとりしてる。化粧水だけでも欲しいけど高いんだべなぁ……」
切ないため息を零しながら洗面台の脇へ手をつくと、カタッと何かにぶつかり視線を下げた。
そこには以前と同じクリアピンクの未使用の歯ブラシが置かれていた。
「そっか、前のは捨てたって言ってたっけもんね。また用意してくれたんだ……お礼言わなきゃ」
こう何度も新しい歯ブラシを使わせてもらうからには念入りに歯を磨かなくてはと時間をかけた。
(ん? これってゴミ箱に捨てるのが常識なんだべか……
で、でも……なんかそれって結構失礼に値するような気が……)
「任せればいっか?」
図々しくも思ったが、鳥居愛用の歯ブラシの隣に立てかけさせてもらう。
そして並べて気づく。
「あいつ……クリアブルー使ってるんだ」
(そういえば妄想のなかの真琴も言ってたっけ)
”自分が自信もって勧められるものなら喜んでくれるって!
口にしたこともない見栄えばっかりのを選んでると案外マズイのが多いのよこれがっ!!”
歯ブラシはスイーツじゃないけれど、確かに自分が愛用しているものを勧めるのが一番良いかもしれない。
最初の最悪なイメージから日を追うごとに少しずつ変わり始めた鳥居隼人の印象。
それらは彼を間近で見ているからこそわかるものかもしれないが、ちえりの変化に最も敏感な瑞貴の目にどう映るかは……まもなくはっきりしてしまう。
ビリングに戻ると深みのある味噌と焼き魚の香りが出迎え、脳と胃袋を心地良く刺激しながら食欲を呼び覚ます。
「瑞貴先輩なんだって?」
すでにブルーのワイシャツ爽やかに着こなした鳥居が朝食の準備を完璧に整えて待っていた。
「うんっ! おいしそ……じゃなくてっ……、午前中に会社戻って来れそうだって」
律儀にも手をつけず待っていてくれた彼に頭が下がる。
「ふーん。で? ホテルに泊まったって言ったのか?」
「うん、シティホテルに泊まったって伝えた。……色々ありがとね」
「……別に。バレそうになったら俺に言え」
「そんな、そこまで迷惑かけられないって! それに瑞貴センパイだってそこまで……」
「先輩がどう思うかはそのうちわかるだろ。さっさと食って出かけるぞ」
「……うん、……?」
(瑞貴センパイがどう思うかってなに?)
なんとなく詳細を聞きそびれてしまったあげく、いつもの近寄りがたいオーラを出されては口を噤むしかない。
そして朝食や身支度を終えて部屋を出る際、もらったサンプルをバッグに詰めるのに必死で大事なものを置き忘れたちえりは新たなる火種を作ってしまうのだった。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
二人の恋愛ストラテジー
香夜みなと
恋愛
ライバルで仲間で戦友――。
IT企業アルカトラズに同日入社した今野亜美と宮川滉。
二人は仕事で言い合いをしながらも同期として良い関係を築いていた。
30歳を目前にして周りは結婚ラッシュになり、亜美も焦り始める。
それを聞いた滉から「それなら試してみる?」と誘われて……。
*イベントで発行した本の再録となります
*全9話になります(*がついてる話数は性描写含みます)
*毎日18時更新となります
*ムーンライトノベルズにも投稿しております
強引な初彼と10年ぶりの再会
矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
初恋の呪縛
泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー
×
都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー
ふたりは同じ専門学校の出身。
現在も同じアパレルメーカーで働いている。
朱利と都築は男女を超えた親友同士。
回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。
いや、思いこもうとしていた。
互いに本心を隠して。
シテくれない私の彼氏
KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
高校生の村瀬りかは、大学生の彼氏・岸井信(きしい まこと)と何もないことが気になっている。
触れたいし、恋人っぽいことをしてほしいけれど、シテくれないからだ。
りかは年下の高校生・若槻一馬(わかつき かずま)からのアプローチを受けていることを岸井に告げるけれど、反応が薄い。
若槻のアプローチで奪われてしまう前に、岸井と経験したいりかは、作戦を考える。
岸井にはいくつかの秘密があり、彼と経験とするにはいろいろ面倒な手順があるようで……。
岸井を手放すつもりのないりかは、やや強引な手を取るのだけれど……。
岸井がシテくれる日はくるのか?
一皮剝いだらモンスターの二人の、恋愛凸凹バトル。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる