青いチェリーは熟れることを知らない①

逢生ありす

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ふたりで辿る足跡

瑞貴の夢

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 抵抗する余力もない瑞貴は三浦に腕を引かれながら個室席へ戻った。
 懐石料理が有名らしいこの店は至るところに間接照明がなされ、雰囲気も料理も完璧で上品なものばかりが出される。
 畳の上に立ち尽くした三浦理穂に座るよう促され、自分の意志とは無関係に腰をおろした瑞貴。そんな彼を横目で見ながら知的美人で女子力最強と言われている完全無欠の女性は艶やかな動作で日本酒を注いで渡す。

「出張先でまで若葉さんが気になるなんてホントいい”お兄さん”なのね桜田くん。……もしかして社会に出てからもずっと連絡とってたの?」

探るような視線に気づかぬ瑞貴は、まるで思い出を語るようにポツリポツリと話しはじめる。

「……大学卒業後、地元に就職しようとしたんだ。俺……」

「……え? そ、それで?」

 彼の口から初めて聞く若かりし頃の”桜田瑞貴”に三浦は一字一句を聞き逃すまいと全身系を集中し瑞貴に向き合う。

「それなりの会社で働いて、実家の近くに真っ白な家建てて……って素朴な夢があったんだ」

「……家族のため? 本当に優しいのね。こっちに就職したのは何か理由でもあったの?」

(真っ白な家って、……憧れとかそういうもの?)

 どことなく気になるフレーズが引っかかる。
 女性が言うのはわかるが、瑞貴のような独身男性が語る夢には具体的過ぎるような気がしたからだ。そして叶わなかった理由がなんにせよ、瑞貴が今の会社に就職していなければ決して出会うことはなかったため三浦にとっては好都合だった。

(桜田くんは長男だったわよね……いずれ実家に戻ることも大有りだわ。妹が小姑じゃなければ良いけれど……)

 三浦理穂が瑞貴の身の置き方に自身を当てはめるのは、やはりそういうことだろう。いずれそうなりたいと願う彼女の密かな欲望は”若葉ちえり”の登場によって炙りだされてしまったのだ。
 しかしそんな望みは彼の一言で無残にも打ち砕かれる。

「……家族っていうか、家族になって欲しい女性ひとに……男がいたんだ。一人前になってから伝えようと思ったのが仇になっちゃってさ。連絡先だって妹に聞けばわかるけど、声聞いたら会いたくなるだろ……?」

 震える声で自嘲気味に笑う瑞貴に嫌な予感が胸に圧し掛かる。
 自分の予感が外れていて欲しいと願いながら、そこを確かめずにはいられない三浦。

「……っい、妹さんと若葉さんって確か幼馴染だったわよ、ね……?」

「それをいうなら俺もだよ。ずっと、ずっと一緒だったんだ俺たち……」

 寂しそうに呟きながら、それ以上言葉の続かない彼に予感は的中したのだと思い知らされる。

「……っ!」

(……あんなっ……なんの取り柄もない子が桜田くんの想い人だっていうのっ……!?)

 金魚の糞のように瑞貴の後をついてまわり、無条件に彼の優しさを与えられる若葉ちえりのヘラヘラした(?)緩んだ顔が憎らしく浮かんでは消える。

「……って、三浦にこんな話するなんてどうかしてるな……ごめん。俺やっぱもう部屋戻るわ。明日も早いしな」

「ねぇ桜田くん」

「……?」

 腰を上げようとした瑞貴に三浦が問いかける。

「その話、若葉さんには……?」

「まさか。……せっかくまた一緒に居られるってのにギクシャクしたくないんだ」

「……私に話してくれたのはどうして?」

「どうしてかな、やっぱ同期で付き合いが長いからかな……」

「じゃあ……"付き合いの長い同期"から、いい提案があるの。聞いてくれる?」

 ここから始まる三浦理穂の姑息な逆襲にまだちえりは気づかない。


「やぁだ瑞貴センパイ……パンツ裏表逆ですよぉ~~むにゃむにゃ……」

「……なんつー夢見てんだか、まったく……」

「うへへ……」

「うへへって……女の言うことか? ホント面白いやつ」

 ツンツンと指先で頬を突かれるものの、爆睡したちえりは一向に目を覚まさない。ベッドに寝ると言いながらも、ちえりの傍のソファへ横たわる彼は安眠を妨げられ迷惑そうだが、眠ってからも口数の多い年上の同期に自然と笑みが零れる。

 この夜、また付いてしまった小さな嘘。
 鳥居式で言えばこれは”秘密”なのかもしれない。

 瑞貴を心配させたくないがために、もっともらしい嘘を述べてしまったちえりは翌日、死ぬほど後悔するのだった――。

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