207 / 208
悠久の王・キュリオ編2
《番外編》ホワイトデーストーリー25
しおりを挟む
顔を見られぬよう、そして涙声にならないよう平静を装って部屋の扉を目指し駆け出した……つもりだった。
踏み出した瞬間アオイの体は背後から抱きしめられ、感情を押し殺した吐息がこめかみ辺りの髪を揺らす。
月の光が映し出したふたつの影は足元で重なり、現状を把握するのに時間を要しているアオイの視線がそこへ留まった。
「……アオイ、なぜ泣く? お前が望んだ自由だ」
(アオイが私を名前で呼ぶなど……待ち望んでいたことだが、喜びなど感じるわけがない……)
「……っ、キュリオ様がいない自由なんて、それを望んでいるわけではないんですっ!」
アオイは離れて行こうとするキュリオに縋るように言葉に熱を込めて想いの丈を叫んだ。
感情を高ぶらせるアオイに対し、冷静に諭すように穏やかに告げるキュリオ。
「子供はいつか巣立つものだ。それが早まっただけだと考えれば打倒だろう」
回された腕がゆっくり離れていく。キュリオの心と引き留めるにはまだまだ言葉が足りないのだとアオイは痛感させられる。
(本当のことを言わなきゃ……。私が不安に思っていること……)
キュリオの腕がぬくもりを残し、アオイから遠ざかるその刹那。
離れていく腕を追うようにしてその腕へ触れながらアオイは意を決して口を開いた。
「……わたし本当は怖いんです。
……先代の、セシエル様に言われたことが……」
「……っ!」
キュリオの呼吸が一瞬止まり、離れていきつつあった腕に力がこもって再び強く抱きしめられる。
当時五大国第一位だった先代セシエル王がキュリオとアオイの夢に現れ、ふたりが惨状に巻き込まれた結果……それは目を覆うほどに悲惨なもので、アオイは絶命しかけたのだ。
自身の心音が早鐘を打つ。呼吸が乱れるのを感じながら、アオイの命がこの手からすり抜けてしまわぬようキュリオは胸の中に深く掻き抱く。
キュリオの不安が背中越しにアオイにも伝わってくるが、アオイは夢の後半をはっきり覚えていないのだ。
重苦しい沈黙が続き、すこし腕を緩めたキュリオがようやく口を開いた。
「……セシエル様がなんと?」
アオイは背後から抱きしめられたまま、当時を思い出すように静かに語り始めた。
『アオイさんが人を愛せないないのは生まれつきなのかい?』
目を閉じれば鮮明に彼の姿や声がよみがえる。
聡明な若葉色の瞳。キュリオによく似た銀髪の優しい青年の纏う光はとても神々しく、金色にも銀色にも見える美しい輝きを放っている。
しかし、キュリオに似ていたのはその容姿だけだったのかもしれない。
その心は悠久の国と民のためなら手段を選ばない迷いのない王だった。
強く、時に厳しく……守るべき世界のためなら犠牲を厭わないひと。それが彼の強さであり、信念であるが故に……アオイの存在に疑問を持ち、狂った歯車の本体であると見抜いた最初の王だった。
だが、先代セシエル王の真意を知っているのは現千年王エクシスのみであり、キュリオとアオイには知らされぬまま時は穏やかに流れていた。
――セシエルの言葉をそのまま口にしたアオイは、不安に駆り立てられる気持ちに抗うようにキュリオの手に手を重ねて続ける。
「わたし、最初なにを言われたのかわからなくて……あの時はあまり深く考えていなかったんです。
でも、……そうなのかな、やっぱりそうかもって思えることがいくつもあって……」
消え入りそうな声で呟いた言葉からは、さぞかし悩んだであろうアオイの葛藤が垣間見える。
「気にすることはないさ。セシエル様が万能であっても、お前のすべてを知っているわけではない。……それにあれは夢だ」
キュリオは思い出したくもない悪夢を払拭するように、そして目の前にいるアオイがもう誰にも傷つけられてしまわないよう重ねられた手に指を絡めながらそう言い聞かせた。
「……わたしもそう思いたいです。だけど……」
同時にふたりが同じ夢を見ることなどあるのだろうか?
そして夢から覚めたときに見たあの花びらの魔法。
恐らくあれは夢の中の幼いキュリオが発動させた魔法で、アオイへの贈り物だったに違いない。
(……小さなお父様。一緒に居られた日々は、宝物だった……)
思い出して頬を緩めるアオイと、思い出したくもないキュリオの想いが交差する。
あまりにもリアル過ぎたこの夢の結末はセシエルでさえ予想できぬ事態まで発展し、アオイの生死がわからぬままキュリオは目覚めを迎えたのだ。
――そして、それがただの夢ではないことをキュリオは知っている。
(あれは紛れもなくセシエル様の魔法だ……)
『……キュリオ、よく聞きなさい。この夢で死んではならない。この世界は私が作り出した……云わば”異空間”の一種だ』
セシエルと幼きキュリオが居た時代に今のキュリオとアオイ、そしてあの者たちを呼び寄せたのはセシエルであったのは彼の言葉から明白だった。
己が尊敬してやまない先代王セシエル。彼の目的のためならば力を惜しまないキュリオだったが、アオイが巻き込まれるとなれば話は別だ。
(……セシエル様の目的は一体……)
眉間に皺を寄せたキュリオが顔を上げ、アオイの体を向きなおさせる。
「セシエル様の言葉に心当たりがあると言ったね?」
視線を合わせるように、アオイの頬を撫でながら上を向かせる。
涙に濡れ、不安げな顔がこちらを見つめると、月の光を映した物悲しい瞳からはまた一筋の涙がこぼれた――。
踏み出した瞬間アオイの体は背後から抱きしめられ、感情を押し殺した吐息がこめかみ辺りの髪を揺らす。
月の光が映し出したふたつの影は足元で重なり、現状を把握するのに時間を要しているアオイの視線がそこへ留まった。
「……アオイ、なぜ泣く? お前が望んだ自由だ」
(アオイが私を名前で呼ぶなど……待ち望んでいたことだが、喜びなど感じるわけがない……)
「……っ、キュリオ様がいない自由なんて、それを望んでいるわけではないんですっ!」
アオイは離れて行こうとするキュリオに縋るように言葉に熱を込めて想いの丈を叫んだ。
感情を高ぶらせるアオイに対し、冷静に諭すように穏やかに告げるキュリオ。
「子供はいつか巣立つものだ。それが早まっただけだと考えれば打倒だろう」
回された腕がゆっくり離れていく。キュリオの心と引き留めるにはまだまだ言葉が足りないのだとアオイは痛感させられる。
(本当のことを言わなきゃ……。私が不安に思っていること……)
キュリオの腕がぬくもりを残し、アオイから遠ざかるその刹那。
離れていく腕を追うようにしてその腕へ触れながらアオイは意を決して口を開いた。
「……わたし本当は怖いんです。
……先代の、セシエル様に言われたことが……」
「……っ!」
キュリオの呼吸が一瞬止まり、離れていきつつあった腕に力がこもって再び強く抱きしめられる。
当時五大国第一位だった先代セシエル王がキュリオとアオイの夢に現れ、ふたりが惨状に巻き込まれた結果……それは目を覆うほどに悲惨なもので、アオイは絶命しかけたのだ。
自身の心音が早鐘を打つ。呼吸が乱れるのを感じながら、アオイの命がこの手からすり抜けてしまわぬようキュリオは胸の中に深く掻き抱く。
キュリオの不安が背中越しにアオイにも伝わってくるが、アオイは夢の後半をはっきり覚えていないのだ。
重苦しい沈黙が続き、すこし腕を緩めたキュリオがようやく口を開いた。
「……セシエル様がなんと?」
アオイは背後から抱きしめられたまま、当時を思い出すように静かに語り始めた。
『アオイさんが人を愛せないないのは生まれつきなのかい?』
目を閉じれば鮮明に彼の姿や声がよみがえる。
聡明な若葉色の瞳。キュリオによく似た銀髪の優しい青年の纏う光はとても神々しく、金色にも銀色にも見える美しい輝きを放っている。
しかし、キュリオに似ていたのはその容姿だけだったのかもしれない。
その心は悠久の国と民のためなら手段を選ばない迷いのない王だった。
強く、時に厳しく……守るべき世界のためなら犠牲を厭わないひと。それが彼の強さであり、信念であるが故に……アオイの存在に疑問を持ち、狂った歯車の本体であると見抜いた最初の王だった。
だが、先代セシエル王の真意を知っているのは現千年王エクシスのみであり、キュリオとアオイには知らされぬまま時は穏やかに流れていた。
――セシエルの言葉をそのまま口にしたアオイは、不安に駆り立てられる気持ちに抗うようにキュリオの手に手を重ねて続ける。
「わたし、最初なにを言われたのかわからなくて……あの時はあまり深く考えていなかったんです。
でも、……そうなのかな、やっぱりそうかもって思えることがいくつもあって……」
消え入りそうな声で呟いた言葉からは、さぞかし悩んだであろうアオイの葛藤が垣間見える。
「気にすることはないさ。セシエル様が万能であっても、お前のすべてを知っているわけではない。……それにあれは夢だ」
キュリオは思い出したくもない悪夢を払拭するように、そして目の前にいるアオイがもう誰にも傷つけられてしまわないよう重ねられた手に指を絡めながらそう言い聞かせた。
「……わたしもそう思いたいです。だけど……」
同時にふたりが同じ夢を見ることなどあるのだろうか?
そして夢から覚めたときに見たあの花びらの魔法。
恐らくあれは夢の中の幼いキュリオが発動させた魔法で、アオイへの贈り物だったに違いない。
(……小さなお父様。一緒に居られた日々は、宝物だった……)
思い出して頬を緩めるアオイと、思い出したくもないキュリオの想いが交差する。
あまりにもリアル過ぎたこの夢の結末はセシエルでさえ予想できぬ事態まで発展し、アオイの生死がわからぬままキュリオは目覚めを迎えたのだ。
――そして、それがただの夢ではないことをキュリオは知っている。
(あれは紛れもなくセシエル様の魔法だ……)
『……キュリオ、よく聞きなさい。この夢で死んではならない。この世界は私が作り出した……云わば”異空間”の一種だ』
セシエルと幼きキュリオが居た時代に今のキュリオとアオイ、そしてあの者たちを呼び寄せたのはセシエルであったのは彼の言葉から明白だった。
己が尊敬してやまない先代王セシエル。彼の目的のためならば力を惜しまないキュリオだったが、アオイが巻き込まれるとなれば話は別だ。
(……セシエル様の目的は一体……)
眉間に皺を寄せたキュリオが顔を上げ、アオイの体を向きなおさせる。
「セシエル様の言葉に心当たりがあると言ったね?」
視線を合わせるように、アオイの頬を撫でながら上を向かせる。
涙に濡れ、不安げな顔がこちらを見つめると、月の光を映した物悲しい瞳からはまた一筋の涙がこぼれた――。
10
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
侯爵夫人は子育て要員でした。
シンさん
ファンタジー
継母にいじめられる伯爵令嬢ルーナは、初恋のトーマ・ラッセンにプロポーズされて結婚した。
楽しい暮らしがまっていると思ったのに、結婚した理由は愛人の妊娠と出産を私でごまかすため。
初恋も一瞬でさめたわ。
まぁ、伯爵邸にいるよりましだし、そのうち離縁すればすむ事だからいいけどね。
離縁するために子育てを頑張る夫人と、その夫との恋愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる