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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー25

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 顔を見られぬよう、そして涙声にならないよう平静を装って部屋の扉を目指し駆け出した……つもりだった。
 
 踏み出した瞬間アオイの体は背後から抱きしめられ、感情を押し殺した吐息がこめかみ辺りの髪を揺らす。
 月の光が映し出したふたつの影は足元で重なり、現状を把握するのに時間を要しているアオイの視線がそこへ留まった。

「……アオイ、なぜ泣く? お前が望んだ自由だ」

(アオイが私を名前で呼ぶなど……待ち望んでいたことだが、喜びなど感じるわけがない……)

「……っ、キュリオ様がいない自由なんて、それを望んでいるわけではないんですっ!」

 アオイは離れて行こうとするキュリオに縋るように言葉に熱を込めて想いの丈を叫んだ。
 感情を高ぶらせるアオイに対し、冷静に諭すように穏やかに告げるキュリオ。

「子供はいつか巣立つものだ。それが早まっただけだと考えれば打倒だろう」

 回された腕がゆっくり離れていく。キュリオの心と引き留めるにはまだまだ言葉が足りないのだとアオイは痛感させられる。

(本当のことを言わなきゃ……。私が不安に思っていること……)

 キュリオの腕がぬくもりを残し、アオイから遠ざかるその刹那。
 離れていく腕を追うようにしてその腕へ触れながらアオイは意を決して口を開いた。

「……わたし本当は怖いんです。
……先代の、セシエル様に言われたことが……」

「……っ!」

 キュリオの呼吸が一瞬止まり、離れていきつつあった腕に力がこもって再び強く抱きしめられる。
 当時五大国第一位だった先代セシエル王がキュリオとアオイの夢に現れ、ふたりが惨状に巻き込まれた結果……それは目を覆うほどに悲惨なもので、アオイは絶命しかけたのだ。
 
 自身の心音が早鐘を打つ。呼吸が乱れるのを感じながら、アオイの命がこの手からすり抜けてしまわぬようキュリオは胸の中に深く掻き抱く。
 キュリオの不安が背中越しにアオイにも伝わってくるが、アオイは夢の後半をはっきり覚えていないのだ。
 重苦しい沈黙が続き、すこし腕を緩めたキュリオがようやく口を開いた。

「……セシエル様がなんと?」

 アオイは背後から抱きしめられたまま、当時を思い出すように静かに語り始めた。
 
 
『アオイさんが人を愛せないないのは生まれつきなのかい?』


 目を閉じれば鮮明に彼の姿や声がよみがえる。
 聡明な若葉色の瞳。キュリオによく似た銀髪の優しい青年の纏う光はとても神々しく、金色にも銀色にも見える美しい輝きを放っている。
 しかし、キュリオに似ていたのはその容姿だけだったのかもしれない。
 
 その心は悠久の国と民のためなら手段を選ばない迷いのない王だった。
 強く、時に厳しく……守るべき世界のためなら犠牲を厭わないひと。それが彼の強さであり、信念であるが故に……アオイの存在に疑問を持ち、狂った歯車の本体であると見抜いた最初の王だった。

 だが、先代セシエル王の真意を知っているのは現千年王エクシスのみであり、キュリオとアオイには知らされぬまま時は穏やかに流れていた。

 ――セシエルの言葉をそのまま口にしたアオイは、不安に駆り立てられる気持ちに抗うようにキュリオの手に手を重ねて続ける。
 
「わたし、最初なにを言われたのかわからなくて……あの時はあまり深く考えていなかったんです。
 でも、……そうなのかな、やっぱりそうかもって思えることがいくつもあって……」

 消え入りそうな声で呟いた言葉からは、さぞかし悩んだであろうアオイの葛藤が垣間見える。
 
「気にすることはないさ。セシエル様が万能であっても、お前のすべてを知っているわけではない。……それにあれは夢だ」

 キュリオは思い出したくもない悪夢を払拭するように、そして目の前にいるアオイがもう誰にも傷つけられてしまわないよう重ねられた手に指を絡めながらそう言い聞かせた。

「……わたしもそう思いたいです。だけど……」

 同時にふたりが同じ夢を見ることなどあるのだろうか?
 そして夢から覚めたときに見たあの花びらの魔法。
 恐らくあれは夢の中の幼いキュリオが発動させた魔法で、アオイへの贈り物だったに違いない。

(……小さなお父様。一緒に居られた日々は、宝物だった……)

 思い出して頬を緩めるアオイと、思い出したくもないキュリオの想いが交差する。

 あまりにもリアル過ぎたこの夢の結末はセシエルでさえ予想できぬ事態まで発展し、アオイの生死がわからぬままキュリオは目覚めを迎えたのだ。 
 ――そして、それがただの夢ではないことをキュリオは知っている。

(あれは紛れもなくセシエル様の魔法だ……)


『……キュリオ、よく聞きなさい。この夢で死んではならない。この世界は私が作り出した……云わば”異空間”の一種だ』
 

 セシエルと幼きキュリオが居た時代に今のキュリオとアオイ、そしてあの者たちを呼び寄せたのはセシエルであったのは彼の言葉から明白だった。
 己が尊敬してやまない先代王セシエル。彼の目的のためならば力を惜しまないキュリオだったが、アオイが巻き込まれるとなれば話は別だ。

(……セシエル様の目的は一体……)

 眉間に皺を寄せたキュリオが顔を上げ、アオイの体を向きなおさせる。 

「セシエル様の言葉に心当たりがあると言ったね?」

 視線を合わせるように、アオイの頬を撫でながら上を向かせる。
 涙に濡れ、不安げな顔がこちらを見つめると、月の光を映した物悲しい瞳からはまた一筋の涙がこぼれた――。

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