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悠久の王・キュリオ編2
《番外編》ホワイトデーストーリー23
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腕の中で緊張のあまり体を強張らせているアオイ。初めてのこの経験にどう反応すれば良いかわからず、わずかな隙を狙ってはキュリオの腕から逃れようと抵抗の意志を見せる。
しかし、その都度キュリオの広い胸がのしかかり、上体を起こそうとする小さな体はあっけなくベッドに沈んで息苦しそうな声が口の端から漏れるばかりだった。
「ま、まっ……!」
唇が離れるわずか数秒にも満たない刹那、制止する言葉さえままならないアオイの目尻には涙が浮かぶ。
アオイにしゃべらせればそれは拒絶の言葉に他ならない。そんな言葉など聞きたくはないとでもいうようにキュリオはアオイの唇を己のそれで角度を変えては何度も塞ぎ続ける。
アオイよりも少し低めの体温のキュリオの唇。幼い頃、この繊細で品のあふれる端正な顔に触れたことなど何度もある。絶対的な父親の愛に包まれ、恐れるものは何もないと教えてくれたキュリオ。それらはアオイにのみ許された特権だということなど知らずに育った幼少期。
しかし血の繋がらない彼は皆にとって特別な存在であり、普通の人とは違うことを意識してからは何となく触れることにためらいを感じた年頃のアオイ。
そして、溺れるほどの愛を注がれることに息苦しさを感じ始めた近頃のアオイは、そうやって父親の傍を自然に羽ばたく日がやってくるのだろうと感じ始めていた。それが普通なのだろうと――。
だが、キュリオはそんなことを許すつもりは毛頭ないのだと知った今夜のアオイ。
(なんでっ……私たち親子なのに……)
強張っていた体がやがて小刻みに震えだすと、ようやく唇を離したキュリオの息がわずかに上がっている。
顔を背け、目の前の出来事を直視できないアオイはきつく目を閉じて涙を流していた。
「お前がこんなことを望んでいないのはわかっていた。私を父としか見ていないことも」
「……」
アオイは言葉を発しなかった。
ただ全てを忘れたい。いつものように親子の愛にあふれた日々に戻って欲しいと心から願っているようだった。
「……もう私は……、お父様の娘では……いられないのですか……?」
静寂の中、ようやくアオイが口にした言葉にキュリオは眉をひそめる。
愛を囁いた当人に対してそのような言葉を告げるのは、やはり望まない展開だったからだろうか。それとも――
「娘としても愛している。
だが、私の心はお前をひとりの女人として欲している。
生涯誰にもお前を見せることなく、私の胸の中に閉じ込めておきたいくらいに」
アオイの顔の横に手をつき、涙に濡れた頬を唇で拭って目元へ口づける。
ビクリと震えたアオイの背を落ち着かせるよう柔らかく抱きしめる。
「……わ、わたし、は……お父様が、怖い……」
アオイは近づくキュリオの胸を押し返そうと力をこめる。その手さえも震えてうまく力が伝わらずキュリオに絡めとられてしまう。
「ああ、性急過ぎたな」
(こうなることはわかっていた。しばらくは私を避けるアオイが容易に想像できる)
すこしの後悔と寂しさがキュリオの胸に渦巻く。
アオイの成長を待つべきだったという気持ちと、この想いをいっそ口にしてしまいたいという複雑な心境にキュリオはもはや限界が来ていたのかもしれない。
「ゆっくりでいい。親子ではない私たちが共に未来へ歩む道を考えて欲しい」
「……」
アオイはその言葉を聞いて尚、静かに涙を流すばかりだった。
やがて、キュリオの腕はやんわりと解かれ、それを待っていたようにベッドの端へ移動したアオイの行動にキュリオは小さなため息を零す。
(なかなか堪えるな……)
こうなることは想定済みだったが、やはり時期尚早だったと思わずにはいられない。
だが、アオイが外の世界へ興味を抱いてからというもの、キュリオの胸にはいつも不穏な風が吹いて心休まる日はどんどん無くなっていった。そしていつまでも想いを告げぬまま日々を過ごしていても、ふたりの距離は縮まるどころか離れていく一方であることもこの数か月で嫌というほど実感させられた。
或いは、アオイがキュリオと同じ気持ちで直ぐに想いに応えてくれるかもしれないという淡い期待を抱いた瞬間もあった。
だが、此度の彼女の反応を見る限り、共に歩む未来を拒絶する答え出してきても不思議ではない。
アオイが成熟するまで今夜のことは忘れさせるべきかと、しばらく思い悩んだキュリオは首だけを動かしてベッドの隅で丸まるアオイへと視線を向けた。
(……愛しいな。
これほどアオイを悲しませるくらいなら初めから娘として育てるべきではなかったか……)
キュリオの後悔はアオイと出会ったその日にまで遡っていた。
しかし、親子だったからこそ見れる素顔のアオイも山ほどある。それに代わるものなどあるわけがなく、例えこの先別々の道を歩むとアオイが決断しても、自分は諦めるしかないという考えがほんの少し芽生えては消え、彼女を自分のものにしたいという独占欲がすべてを覆いつくして膨れ上がっていく。
「……お父様、起きていらっしゃいますか?」
「……!」
まさかアオイから話しかけてくれるとは思わず、キュリオは大きく目を見開いて頷く。
「ああ、起きているよ」
「ここじゃ眠れる気がしないんです。自分の部屋へ戻ってもいいですか?」
「だが、私が扉を破壊してしまった。扉のない部屋にお前を寝かせるわけにはいかない」
「……じゃあ、カイの部屋へ行きます」
「私が許すと思うか」
「許されなくても行きます」
暗闇の中、ゆっくり身を起こしたアオイを視界に捉えたキュリオの口調がじわりじわりと強くなっていく。
「また口づけされたいか? ……それとも、それ以上のことをしなければわからないか?」
「っ!!」
身の危険を感じたアオイが天蓋ベッドの幕を押しのけて外へ飛び出そうとするのをキュリオは手首をつかんで引き寄せる。
「……や、やめっ!」
また口づけを迫られると覚悟したアオイは恐怖に身を固くしながらキュリオの腕の中で震えていた――。
しかし、その都度キュリオの広い胸がのしかかり、上体を起こそうとする小さな体はあっけなくベッドに沈んで息苦しそうな声が口の端から漏れるばかりだった。
「ま、まっ……!」
唇が離れるわずか数秒にも満たない刹那、制止する言葉さえままならないアオイの目尻には涙が浮かぶ。
アオイにしゃべらせればそれは拒絶の言葉に他ならない。そんな言葉など聞きたくはないとでもいうようにキュリオはアオイの唇を己のそれで角度を変えては何度も塞ぎ続ける。
アオイよりも少し低めの体温のキュリオの唇。幼い頃、この繊細で品のあふれる端正な顔に触れたことなど何度もある。絶対的な父親の愛に包まれ、恐れるものは何もないと教えてくれたキュリオ。それらはアオイにのみ許された特権だということなど知らずに育った幼少期。
しかし血の繋がらない彼は皆にとって特別な存在であり、普通の人とは違うことを意識してからは何となく触れることにためらいを感じた年頃のアオイ。
そして、溺れるほどの愛を注がれることに息苦しさを感じ始めた近頃のアオイは、そうやって父親の傍を自然に羽ばたく日がやってくるのだろうと感じ始めていた。それが普通なのだろうと――。
だが、キュリオはそんなことを許すつもりは毛頭ないのだと知った今夜のアオイ。
(なんでっ……私たち親子なのに……)
強張っていた体がやがて小刻みに震えだすと、ようやく唇を離したキュリオの息がわずかに上がっている。
顔を背け、目の前の出来事を直視できないアオイはきつく目を閉じて涙を流していた。
「お前がこんなことを望んでいないのはわかっていた。私を父としか見ていないことも」
「……」
アオイは言葉を発しなかった。
ただ全てを忘れたい。いつものように親子の愛にあふれた日々に戻って欲しいと心から願っているようだった。
「……もう私は……、お父様の娘では……いられないのですか……?」
静寂の中、ようやくアオイが口にした言葉にキュリオは眉をひそめる。
愛を囁いた当人に対してそのような言葉を告げるのは、やはり望まない展開だったからだろうか。それとも――
「娘としても愛している。
だが、私の心はお前をひとりの女人として欲している。
生涯誰にもお前を見せることなく、私の胸の中に閉じ込めておきたいくらいに」
アオイの顔の横に手をつき、涙に濡れた頬を唇で拭って目元へ口づける。
ビクリと震えたアオイの背を落ち着かせるよう柔らかく抱きしめる。
「……わ、わたし、は……お父様が、怖い……」
アオイは近づくキュリオの胸を押し返そうと力をこめる。その手さえも震えてうまく力が伝わらずキュリオに絡めとられてしまう。
「ああ、性急過ぎたな」
(こうなることはわかっていた。しばらくは私を避けるアオイが容易に想像できる)
すこしの後悔と寂しさがキュリオの胸に渦巻く。
アオイの成長を待つべきだったという気持ちと、この想いをいっそ口にしてしまいたいという複雑な心境にキュリオはもはや限界が来ていたのかもしれない。
「ゆっくりでいい。親子ではない私たちが共に未来へ歩む道を考えて欲しい」
「……」
アオイはその言葉を聞いて尚、静かに涙を流すばかりだった。
やがて、キュリオの腕はやんわりと解かれ、それを待っていたようにベッドの端へ移動したアオイの行動にキュリオは小さなため息を零す。
(なかなか堪えるな……)
こうなることは想定済みだったが、やはり時期尚早だったと思わずにはいられない。
だが、アオイが外の世界へ興味を抱いてからというもの、キュリオの胸にはいつも不穏な風が吹いて心休まる日はどんどん無くなっていった。そしていつまでも想いを告げぬまま日々を過ごしていても、ふたりの距離は縮まるどころか離れていく一方であることもこの数か月で嫌というほど実感させられた。
或いは、アオイがキュリオと同じ気持ちで直ぐに想いに応えてくれるかもしれないという淡い期待を抱いた瞬間もあった。
だが、此度の彼女の反応を見る限り、共に歩む未来を拒絶する答え出してきても不思議ではない。
アオイが成熟するまで今夜のことは忘れさせるべきかと、しばらく思い悩んだキュリオは首だけを動かしてベッドの隅で丸まるアオイへと視線を向けた。
(……愛しいな。
これほどアオイを悲しませるくらいなら初めから娘として育てるべきではなかったか……)
キュリオの後悔はアオイと出会ったその日にまで遡っていた。
しかし、親子だったからこそ見れる素顔のアオイも山ほどある。それに代わるものなどあるわけがなく、例えこの先別々の道を歩むとアオイが決断しても、自分は諦めるしかないという考えがほんの少し芽生えては消え、彼女を自分のものにしたいという独占欲がすべてを覆いつくして膨れ上がっていく。
「……お父様、起きていらっしゃいますか?」
「……!」
まさかアオイから話しかけてくれるとは思わず、キュリオは大きく目を見開いて頷く。
「ああ、起きているよ」
「ここじゃ眠れる気がしないんです。自分の部屋へ戻ってもいいですか?」
「だが、私が扉を破壊してしまった。扉のない部屋にお前を寝かせるわけにはいかない」
「……じゃあ、カイの部屋へ行きます」
「私が許すと思うか」
「許されなくても行きます」
暗闇の中、ゆっくり身を起こしたアオイを視界に捉えたキュリオの口調がじわりじわりと強くなっていく。
「また口づけされたいか? ……それとも、それ以上のことをしなければわからないか?」
「っ!!」
身の危険を感じたアオイが天蓋ベッドの幕を押しのけて外へ飛び出そうとするのをキュリオは手首をつかんで引き寄せる。
「……や、やめっ!」
また口づけを迫られると覚悟したアオイは恐怖に身を固くしながらキュリオの腕の中で震えていた――。
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