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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー22

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「この空間、って……な、なんのご冗談かはわかりませんが……、そんなの無理に決まって……」

「それが嫌なら拒むな。お前が隔たりを持つようなら私は容赦しない」

 深い悲しみがアオイの胸を締め付ける。まるで翼をもがれたかのように絶望の淵に立たされたアオイは、奈落の底へ落ちていくような感覚に囚われながら唇を噛み締める。なにを言っても伝わらないキュリオの瞳を見つめ返すも、込み上げる涙で美しい父親の姿はどんどん歪んでいく。
 そして意に添わぬアオイの言葉に語尾を強めるキュリオの声は低く、腹の底に響くように暗く重い。震え上がりそうになる体を必死に抑えながら、これ以上話しても無駄だと判断したアオイはベッドから降りようと向きを変えた。

「……もう、いいです……」

 すると勢いよく腕を引き寄せられ、前に崩れた体をキュリオに抱きとめられる。
 いがみ合い、有無を言わさない強い口調だったにも関わらず、背に回された腕はいつものように優しくアオイを包み込む。

「……っ!?」

「なぜ逃げる……なぜ私の想いがわからない……」

 切に訴えるキュリオの声もまた震えている。
 こんな父を見たのは初めてだったアオイは、自分と同じくらいキュリオも懇願しているのだとようやく気づいた気がした。

(……お父様の愛が伝わってくる……。
私が同じ気持ちだったら……こんなに苦しまずにすむのかな……
私が……お父様の御心に寄り添わないから……)

 お互いが納得できる道はないものかとアオイは考えた……が、己の心の声にはっとして目を見開く。

”……お父様、お願いです。お城の中でワガママはもう言いません……だから、それ以外のところでは……もう少し自由にさせて頂けませんか?”

(わたし、自分が譲歩できることばかり提案して……お願いを叶えてもらうことばかり考えてた……)

 しかもそれだけではない。
 ワガママを言わないと言った城の中でも反発し、キュリオを避けるように部屋に閉じこもってしまったのだから身も蓋もない。

(……大切なのはお父様の御心に寄り添うこと……)

 呪文のように唱えた言葉を噛みしめていると体から力が抜けていくのがわかる。そして親友のミキが言っていた”反抗期”を受け入れたら少し素直になれる気がした。

(お父様が変わってしまったんじゃない。変わってしまったのは私なんだ……)

 学園へ通い始めてからというもの、キュリオやカイ、アレスたちの笑顔が少なくなった気がする。それは単に顔を合わせる時間が減ったからではなく、自分の意識が外ばかりを向いていると感じさせてしまったからかもしれない。

 そう考えるとキュリオが譲歩してくれている部分が多々あることに気づく。学園への入学から始まり、理由のある帰宅時間の遅れもそうだ。そればかりか王としての激務の中、大部分の時間を教師として費やしてしまっているのだから、むしろ拘束されているのはキュリオの方なのだとはっきりわかる。

「……お父様、愛しています。本当に心から――。……私がお父様に出来ることはありますか?」

 キュリオが自分に費やす時間の恩返しをしたい。
 時間を戻すことは出来なくとも、その時間にやりたかったことを手伝うことは可能なはずだ。

「なにを考えている」

 諦めるにしても、急に手のひらを返すような発言をしたアオイに疑いの眼差しが向けられる。 あれだけ反発していたのだから裏があると思われても仕方なく、その疑惑を晴らすには態度で示していかなければと深く呼吸を繰り返す。

「……ずっと自分のことばかりでごめんなさい。お父様を苦しめていたのは私なのに……」

「……」

 キュリオは何も言わない。
 その代わりにアオイの頬へ手を添え、視線を合わせるよう上を向かされる。まるでこれから告げる己の言葉をアオイへ深く埋め込むかのように――。

「私の愛はお前が想像するものと少し違う」

「……?」

「私が求めるのは……この愛だ」

 アオイの理解が追いつく前にキュリオの顔が近づき、鼻先が触れたと思うと……唇に柔らかな感触が押し当てられる。

「……」

 状況が飲み込めず一度は目をパチクリしたものの、合わさった唇のぬくもりからようやく理解したアオイは動揺のあまりキュリオの胸を強く押し返す。

「……お父さ、まっ……んんっ!」

 腕を掴まれ、いとも容易く組み敷かれてしまったアオイは呼吸ごと飲み込まれるように唇を奪われ続ける。そしてもがけばもがくほどに噛み付くような刺激の強い接吻を浴びせられ、息苦しさから苦痛の呻き声を漏らした――。

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