【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

文字の大きさ
上 下
195 / 209
悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー14

しおりを挟む
 体調が万全ではないことを理由に、授業が終わるまで近くで待機していると馬で走り去ったカイ。空元気な彼の後姿に、先ほど言われた言葉が胸に響く。

『……誰の目も気にすることなく……』

(私は学校に来ればそれは叶うけど、カイとアレスは違う……私ばかりがお願いを叶えてもらうんじゃなく、叶えてあげたい)

 ――授業中の廊下は教師の声が響き渡り、時折聞こえるのは受け答えする生徒の声。
 笑い声が聞こえれば、面白い先生が教壇に立っているのだろうと自然に想像が膨らんで頬が緩む。
 そしてようやく自分の教室へたどり着き、やや緊張しながら後ろの扉を開くと――

「あ、れ……?」

 一斉に注目を浴びると覚悟していたが、教室には誰もおらず静まり返っていた。

「もうこの時間じゃ三時限目……あ、体育だ」

(うーん、遅刻した理由なんて言おう……やっぱり体調が悪いっていうのがもっともらしいかな)

 時間的に着替える余裕もなく、体調不良が理由であれば制服で見学していてもおかしくはないはずだ。

「グラウンドは使われていなかったから体育館かな?」

 鞄を置き、体育館へ向かう途中。

「……アオイ?」

「あ……」

 体育館へ続く渡り廊下で涼んでいたらしいひとりの少年が驚いたように目を見開いて声をかけてきた。

「おはよう、シュウ」

「おはようって……お前、今日休みじゃなかったのかよ」

「え?」

「アランが言ってたぜ、アオイの親父さんから連絡あったって。……顔色悪いけど大丈夫か?」

「私、顔色悪い?」

「ああ。具合悪いのに無理して来たのバレバレだぜ?」

 立ち上がった彼は心配そうに顔を覗きこみながら”ミキはあっち”と、男子と女子が別々の運動をしていたことを教えてくれる。

「アラン先生来てるの……?」

(でも、お父様はお仕事だって……)

「いるぜ、ほらあそこ。……げっ! こっち来やがった!!」

 アオイの手を引いて逃げようと模索するシュウだったが、それより早く威圧的なオーラを放ったアランが迫る。

「……おはようございます、アラン先生」

 上着を脱ぎ、白いシャツを腕まくりした彼は首元からシルバーのホイッスルを下げており、もうひとりの体育教師とともに生徒の指導にあたっていたようだ。

 無意識のうちに後ずさりしてしまいそうになるのを必死に堪えながら挨拶するも。

「おはようアオイさん。……おうちの人の目を掻い潜ってきたのかい?」

 腕を組みながら首を斜めに傾け口角を上げるアラン。
 だが、その瞳はまったく笑っておらず、声は氷のように冷たかった。

「いえ、それは……」

(快く送り出してもらった、なんて言ったら皆に迷惑がかかっちゃう)

「おいアラン! 病人責めてんじゃねーよっ! いこうぜアオイ!」

 口籠ったアオイを守るようにアランの目の前に立ちながら、肩を抱いてそのまま立ち去ろうと試みるシュウ。
 しかし……

「彼女を気安く連れまわすのはやめてくれたまえ。体調不良のアオイさんは私と保健室へ……いいね?」

「……っ」

 有無を言わせない彼の強い口調にアオイは俯くことしかできない。
 素早くシュウの手を払ったアランが身を翻したかと思うと、一瞬にして姿を消してしまったふたりにシュウは呆気にとられている。

「あれ? アオイ……?」

「シュウ? あんた誰としゃべってんの?」

 水分補給に現れたミキが、ひとりで喚きたてている親友のもとへやってきた。

「アオイがいまさっきそこに……けど、アランが来たとたん居なくなっちまって……」

「んん? 話がみえないんだけど。アオイは今日休みってアラン先生言ってたじゃん。それとも……会いたいばっかりにとうとう幻覚でも見た?」

 豪快に笑い声をあげながらシュウの肩をバシバシと叩くミキ。
 しかし動体視力が異常に発達しているシュウ。その彼が見失うほどの動きをアランがどう繰り出したのかはわからないが、まさかアオイの姿が蜃気楼だったとでもいうのだろうか?

「……見間違いなわけ、ねぇよ……」

 手のひらに残る柔らかい感覚だけが、その真実をひっそりと物語っていた。

 保健室へ入り後ろ手で鍵を閉めたアラン。彼は伊達メガネを胸ポケットにしまうと、長い髪を解きながらアオイにベッドへ座るよう促す。

(お父様、学校で魔法を使うことに躊躇いがなくなってきているみたい……)

 魔術の知識がほとんどないアオイは突然自分の姿を見失ったらしいシュウに驚いたが、傍にいる人物がアランだけに異常事態にも納得するしかなかった。

「……」

 大人しく言われたとおりベッドへ腰かけるアオイ。硬めのマットが緊張した体へ更なる筋を通す。
 アランはその動作を監視するように保健医不在のデスクへ寄りかかり、流し目でこちらを見ている。

「……わざわざ学校で体を休ませる理由が見当たらなくてね。
お前を置いてきたつもりだったのだが……私の想いはどうやら伝わらなかったらしい」

(お父様はやっぱり私を心配して……)

 先ほどシュウにも言われた、顔色が悪いというのはやはり本当なのだろう。
 それなら思い当たることはひとつしかない。

「ごめんなさい、ご心配をおかけしました。
でも、ちょっと寝不足だったかなっていうくらいで……」

 置き去りにされたことを恨んではいけないと思いながら、過度に気を遣わせてしまったことと、少しの思い違いがあることに謝罪を込めて弁解を図った。
 しかし――

「その顔色で言われても説得力がない。私の目には睡眠不足が引き起こした体調不良以外の何ものでもないのだから」

「それは……」

(……言い返したいのに言葉で勝てる自信がない……)

 強い口調で責めるアランの手が伸びて、ひんやりとした指で顎を掴まれてしまった。

「……っ!」


「故に判断を誤る年端もいかない子供を管理するのは親の役目だ」


『アオイどこいっちゃったんだろうね。アンタの言った通り学校には来てるっぽいけど……』

 四時限目が始まり、制服に着替えた生徒たちが黒板に目を向けながら静かに自席についている。そのなかでミキとシュウの視線だけがアオイの席の鞄へとむけられていた。

『……』

(絶対アランがなにかしたに決まってる……っあいつが来てから変なことばっか起きてるって誰も気づかないのかよ!?)

 先ほど体育館にいたクラスメイトでさえ、アオイの姿を見た者は誰ひとりとしていなかったのだ。

『……ねぇシュウ。こんなこと言いたくないんだけどさ……』

 視線を落としたミキは言いにくそうに言葉を紡ぐ。
 その理由が授業中だからというわけではないとすぐにわかった。

『なんだよ』

 頬杖を付きながらそっけなく返した彼にミキは眉をひそめて。

『……アンタに勝ち目はないと思う』

『なに勝手に戦わせてんだよ……って相手は誰だ?』

 王に仕える剣士や魔導師ならば話は別だが、ただの人間相手にシュウが負けるはずがない。
 楽に勝てると思ったセンスイとの戦いでその力を発揮したシュウだったが、あればかりは相手が悪かった。彼はキュリオと互角の力を持つ超人だったからだ。
(※センスイ編での話となりますので、こちらではまだお目見えしていない先話となります。申し訳ございません)

 ――その記憶すら、いまは謎の力により消え失せて――。

『アラン先生だよ』

『あ? なんでアイツが出てくんだよ』

『ダメだこりゃ……ほんと鈍い。十中八九、アラン先生はアオイのことが好きだって言ってんの』

『……冗談だろ? 教師の分際で生徒に手だす気かよ』

『まあ……そのへんはアオイの”お父様”が許さないと思うけどさ……』

 ふたりは知らない。
 アランと"お父様"が同一人物であることを。
 そして、その彼が悠久の王であるということを――。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Another Chronicle -アナザークロニクル-

黒緋みかん
ファンタジー
緑の国ミストルテインの王家に生まれたジストは、女性でありながら王子として生きていた。 ――18歳の誕生日と新しい国王としての即位を目前に控えていた前夜。 ミストルテイン城は突如、業火に包まれる。 一夜にしてすべてを失くしたジストは、大切な故郷と民のために、犯人捜しの長い旅に出たのだった。 しかしその旅は、彼女の18年間の人生を作り上げた陰謀に至る道でもあった……。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...