【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー14

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 体調が万全ではないことを理由に、授業が終わるまで近くで待機していると馬で走り去ったカイ。空元気な彼の後姿に、先ほど言われた言葉が胸に響く。

『……誰の目も気にすることなく……』

(私は学校に来ればそれは叶うけど、カイとアレスは違う……私ばかりがお願いを叶えてもらうんじゃなく、叶えてあげたい)

 ――授業中の廊下は教師の声が響き渡り、時折聞こえるのは受け答えする生徒の声。
 笑い声が聞こえれば、面白い先生が教壇に立っているのだろうと自然に想像が膨らんで頬が緩む。
 そしてようやく自分の教室へたどり着き、やや緊張しながら後ろの扉を開くと――

「あ、れ……?」

 一斉に注目を浴びると覚悟していたが、教室には誰もおらず静まり返っていた。

「もうこの時間じゃ三時限目……あ、体育だ」

(うーん、遅刻した理由なんて言おう……やっぱり体調が悪いっていうのがもっともらしいかな)

 時間的に着替える余裕もなく、体調不良が理由であれば制服で見学していてもおかしくはないはずだ。

「グラウンドは使われていなかったから体育館かな?」

 鞄を置き、体育館へ向かう途中。

「……アオイ?」

「あ……」

 体育館へ続く渡り廊下で涼んでいたらしいひとりの少年が驚いたように目を見開いて声をかけてきた。

「おはよう、シュウ」

「おはようって……お前、今日休みじゃなかったのかよ」

「え?」

「アランが言ってたぜ、アオイの親父さんから連絡あったって。……顔色悪いけど大丈夫か?」

「私、顔色悪い?」

「ああ。具合悪いのに無理して来たのバレバレだぜ?」

 立ち上がった彼は心配そうに顔を覗きこみながら”ミキはあっち”と、男子と女子が別々の運動をしていたことを教えてくれる。

「アラン先生来てるの……?」

(でも、お父様はお仕事だって……)

「いるぜ、ほらあそこ。……げっ! こっち来やがった!!」

 アオイの手を引いて逃げようと模索するシュウだったが、それより早く威圧的なオーラを放ったアランが迫る。

「……おはようございます、アラン先生」

 上着を脱ぎ、白いシャツを腕まくりした彼は首元からシルバーのホイッスルを下げており、もうひとりの体育教師とともに生徒の指導にあたっていたようだ。

 無意識のうちに後ずさりしてしまいそうになるのを必死に堪えながら挨拶するも。

「おはようアオイさん。……おうちの人の目を掻い潜ってきたのかい?」

 腕を組みながら首を斜めに傾け口角を上げるアラン。
 だが、その瞳はまったく笑っておらず、声は氷のように冷たかった。

「いえ、それは……」

(快く送り出してもらった、なんて言ったら皆に迷惑がかかっちゃう)

「おいアラン! 病人責めてんじゃねーよっ! いこうぜアオイ!」

 口籠ったアオイを守るようにアランの目の前に立ちながら、肩を抱いてそのまま立ち去ろうと試みるシュウ。
 しかし……

「彼女を気安く連れまわすのはやめてくれたまえ。体調不良のアオイさんは私と保健室へ……いいね?」

「……っ」

 有無を言わせない彼の強い口調にアオイは俯くことしかできない。
 素早くシュウの手を払ったアランが身を翻したかと思うと、一瞬にして姿を消してしまったふたりにシュウは呆気にとられている。

「あれ? アオイ……?」

「シュウ? あんた誰としゃべってんの?」

 水分補給に現れたミキが、ひとりで喚きたてている親友のもとへやってきた。

「アオイがいまさっきそこに……けど、アランが来たとたん居なくなっちまって……」

「んん? 話がみえないんだけど。アオイは今日休みってアラン先生言ってたじゃん。それとも……会いたいばっかりにとうとう幻覚でも見た?」

 豪快に笑い声をあげながらシュウの肩をバシバシと叩くミキ。
 しかし動体視力が異常に発達しているシュウ。その彼が見失うほどの動きをアランがどう繰り出したのかはわからないが、まさかアオイの姿が蜃気楼だったとでもいうのだろうか?

「……見間違いなわけ、ねぇよ……」

 手のひらに残る柔らかい感覚だけが、その真実をひっそりと物語っていた。

 保健室へ入り後ろ手で鍵を閉めたアラン。彼は伊達メガネを胸ポケットにしまうと、長い髪を解きながらアオイにベッドへ座るよう促す。

(お父様、学校で魔法を使うことに躊躇いがなくなってきているみたい……)

 魔術の知識がほとんどないアオイは突然自分の姿を見失ったらしいシュウに驚いたが、傍にいる人物がアランだけに異常事態にも納得するしかなかった。

「……」

 大人しく言われたとおりベッドへ腰かけるアオイ。硬めのマットが緊張した体へ更なる筋を通す。
 アランはその動作を監視するように保健医不在のデスクへ寄りかかり、流し目でこちらを見ている。

「……わざわざ学校で体を休ませる理由が見当たらなくてね。
お前を置いてきたつもりだったのだが……私の想いはどうやら伝わらなかったらしい」

(お父様はやっぱり私を心配して……)

 先ほどシュウにも言われた、顔色が悪いというのはやはり本当なのだろう。
 それなら思い当たることはひとつしかない。

「ごめんなさい、ご心配をおかけしました。
でも、ちょっと寝不足だったかなっていうくらいで……」

 置き去りにされたことを恨んではいけないと思いながら、過度に気を遣わせてしまったことと、少しの思い違いがあることに謝罪を込めて弁解を図った。
 しかし――

「その顔色で言われても説得力がない。私の目には睡眠不足が引き起こした体調不良以外の何ものでもないのだから」

「それは……」

(……言い返したいのに言葉で勝てる自信がない……)

 強い口調で責めるアランの手が伸びて、ひんやりとした指で顎を掴まれてしまった。

「……っ!」


「故に判断を誤る年端もいかない子供を管理するのは親の役目だ」


『アオイどこいっちゃったんだろうね。アンタの言った通り学校には来てるっぽいけど……』

 四時限目が始まり、制服に着替えた生徒たちが黒板に目を向けながら静かに自席についている。そのなかでミキとシュウの視線だけがアオイの席の鞄へとむけられていた。

『……』

(絶対アランがなにかしたに決まってる……っあいつが来てから変なことばっか起きてるって誰も気づかないのかよ!?)

 先ほど体育館にいたクラスメイトでさえ、アオイの姿を見た者は誰ひとりとしていなかったのだ。

『……ねぇシュウ。こんなこと言いたくないんだけどさ……』

 視線を落としたミキは言いにくそうに言葉を紡ぐ。
 その理由が授業中だからというわけではないとすぐにわかった。

『なんだよ』

 頬杖を付きながらそっけなく返した彼にミキは眉をひそめて。

『……アンタに勝ち目はないと思う』

『なに勝手に戦わせてんだよ……って相手は誰だ?』

 王に仕える剣士や魔導師ならば話は別だが、ただの人間相手にシュウが負けるはずがない。
 楽に勝てると思ったセンスイとの戦いでその力を発揮したシュウだったが、あればかりは相手が悪かった。彼はキュリオと互角の力を持つ超人だったからだ。
(※センスイ編での話となりますので、こちらではまだお目見えしていない先話となります。申し訳ございません)

 ――その記憶すら、いまは謎の力により消え失せて――。

『アラン先生だよ』

『あ? なんでアイツが出てくんだよ』

『ダメだこりゃ……ほんと鈍い。十中八九、アラン先生はアオイのことが好きだって言ってんの』

『……冗談だろ? 教師の分際で生徒に手だす気かよ』

『まあ……そのへんはアオイの”お父様”が許さないと思うけどさ……』

 ふたりは知らない。
 アランと"お父様"が同一人物であることを。
 そして、その彼が悠久の王であるということを――。

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