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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー12

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「……それがさ、…………」

 表情を曇らせた彼は、ようやく事の成り行きを話しはじめた。
 早朝にアオイの体調が悪いと聞きつけたカイ。そのまま幾度となく彼女の様子を見にキュリオの寝室を訪れていたが、騒がしくしていたために入室を制限させられてしまったというのだ。

(ほんと成長しないな……僕が思うくらいだからキュリオ様は相当お怒りのはず……)

「事情はわかったよ。……けど。たぶんっていうか、絶対無理」

「えーっ! 諦めるのかっ!? "天才"の名が泣くぞ!!」

 力説する彼を横目に見ながらアレスは言いきかせるように声をあげる。

「……あのさ。君はまず魔法がどういうものか少し勉強したほうがいいと思うよ」

「!? 俺は頭使うの苦手なんだって! 
剣ならこう……体が自然に動くっていうかさ!!」

 そう言いながらカイは頭を抱えてジタバタと足踏みを繰り返す。
 その様子を見ながら”どうせすぐ忘れると思うけど”と、付け加えながら簡潔に説明する。

「キュリオ様の寝室はもちろん、アオイ姫様の部屋にも結界が張られているんだ。それくらい君も知っているだろう?」

「ま、まぁなんとなくは……」

「剣術と違って、魔法はまぐれで強弱が逆転することなんてほとんど有り得ないんだ」

「ん? なんか馬鹿にされてる気がすんのは気のせいか……?」

「馬鹿にしてるわけじゃないよ。剣術や体術はその時の精神や相手を甘くみることで生まれる”油断”が勝敗を左右させることがあるだろ? 昔よく君がブラスト先生にやってたやつ」

「あっ……! 隙ありぃいいい!! のなっ!」

 幼い頃を思い出し、”してやったり顔”でニカッと笑ったカイ。
 身に覚えのある例えはとてもわかりやすく、快く耳を傾けた彼は手に馴染んでいたらしい木刀の感触を思い出しながら両手を握りしめている。

「もちろん魔術にも多少はあるけど、使い手から離れて独立した魔法はそれに該当しないからね。完全に術者の実力に依存するんだ」

「……仕掛けた悪戯が高度だと見破れないのと一緒か?」

「ねぇ、カイ。……君のせいで剣士がすごく頼りなく思えてしまうんだけど……」

 冷やかなアレスの視線をダメージもなく受け止めたカイは”お前も習ってみるか?”と鍛えた腕を誇らしく見せつけてくるが、アレスはそれを丁重に断りながら話をすすめる。

「高度だと見破れない……、それもあるだろうね。キュリオ様やガーラント先生しか使えない術もたくさんあるだろうし、見たこともない魔法を突破できる自信はないよ。それか、知識があっても実力は足元にも及ばないから……どうすることもできないだろうね」

「ふーん。魔法って奥が深いんだな。皆頭良さそうだもんなー……」

「……」

 いままでの説明から”魔導師が頭良さそう”に行きついたカイの頭脳がどうなっているのか解明するには、彼の生い立ちから育った環境に至るまでを調べる必要がありそうだとアレスは結論付けた。

 キュリオが外出してからしばらくの後――。

「…………、っ……」

 急激な喉の渇きに襲われたアオイはゆっくり目を開いた。

「…………」

(お水……)

 さらさらと流れる心地良い風がカーテンを揺らし、その中に混じった緑の香りがいつもより強く漂っている気がするが、アオイの目に映る窓の外はまだ薄暗いままだった。

「……?」

 水の入ったグラスを傾けながらカーテンを覗くと暗がりのなかで数人の侍女が花の手入れをしている様子が伺えた。

(……どうしたんだろう……こんな早朝に……)

(最近学校に通っているせいであまり見なかった光景……)

 城からあまり出ることなく過ごしていた幼少期、ゆっくりめの朝食を終えてキュリオと庭を散歩しているとよく目にした映像がそこに広がっていた。

「……いま、何時……?」

 よほどの客人が来る予定がない限り、城に従事する者たちの時間が早まることはないとアオイはよく知っている。
 一抹の不安を抱え、むやみに室内を歩き回る。

「そうだ……お父様、お仕事を済ませたら戻ってくるって……」

(……お仕事? なんの……?)

 寝間着のままパタパタと扉へ駆け寄り、廊下へ飛び出す。

「……姫様っ……! そんなにお慌てになって、いかがなさいました?」

”熱があるのでは……”と心配した侍女の白い手がこちらに伸びてくる。

「ううんっ……そうじゃないの、寝坊したんじゃないかって焦っちゃって……」

「まぁ……体調のお悪いときはそんなことお気になさらずにお休みになってくださいませ」

「え?」

(体調が悪いって……私、そんな顔してる?)

 目を丸くしているアオイを見て、大事はないと判断した彼女はクスリと笑みを零した。

「ご気分がよろしければ、軽めの朝食をお持ち致しますので、キュリオ様のお部屋でお待ちくださいませ」

「お、お父様はどこ? 
早朝に顔を合わせたきりお戻りになっていないみたいだけど……」

「お急ぎの御用でございますか? 
姫様のお呼びだしであればお受けするようにと仰せつかっておりますので、直ぐにでも……」

(私の考えすぎなのかな、やっぱりお父様はお仕事中なんだ……)

「ううん、……なんでもない……」

 こんなことで邪魔してはいけないと大人しくキュリオの部屋へ戻るアオイ。

(学校へ行くときには声をかけてくれる、……よね?)

 ひとまずキュリオの寝室に置いてある制服をクローゼットから取り出し、いつでも出かけられるよう準備を整える。やがて着替えが終わると、再びカーテンの隙間から窓の外を覗いて空を仰いだ。

「……まだ薄暗いなんて……」

 アオイの経験から合致する記憶がひとつ浮かび上がる。

 ――いつもは昼寝の時間だというのに、カイやアレスと遊ぶことが楽しくてしょうがない幼少期。こうしてキュリオの寝室へ連れてこられて暗幕のカーテンを閉めても、わずかながらに差し込む日の光が眠気を連れて行ってしまう。そしてエネルギーに満ち溢れた光が恋しくてたまらない幼いアオイのことを十分に理解していたキュリオは、魔法の力で一瞬にして部屋を闇で包んだ。

『アオイ、幼子は寝ることも大切な仕事だ。いまはゆっくりおやすみ』


「もしかして……お父様の魔法?」

 一抹の不安にアオイは焦る。キュリオが会いに来てから随分と時間は経っているはずだ。

 キュリオが王としての仕事を優先するのは当たり前であり、しかし先ほどのキュリオの話からは仕事の内容まではわからない。だからと言って寝過ごしてしまったことを、起こしてくれなかったキュリオや皆へ当たるのはお門違いだ。それだけは自分の責任に他ならないため、急いで自室へ向かい鞄を手に部屋を飛び出した。

(いまやるべきことは……っ学校へ向かうことっ! 連帯責任のテストがあるんだもの!)

 長い階段を飛ぶように駆け降り、鞄でバランスをとりながら手摺を軸に遠心力に耐える。やがて途中の階で食事を手にした先ほどの侍女と連れだって飲み物を運ぶカイと出くわしたアオイ。

「アオイ姫様! そんなまさか……学校へ行かれるおつもりですか!?」

 制服に鞄、そんな姿の彼女が療養する意志のないことは明白でカイは諌めるが……しかし、気持ちを汲んだ隣りの侍女はアオイを宥めるような言葉を発する。

「……姫様、お気持ちはわかりますが……無理をなされてはお体に障ります」

「私、……大丈夫だよ? 心配されることはなにも……ほら、この通り!」

「……っ危ない!」

 階段の上でジャンプしたアオイは見事に足を踏み外し、盛大な尻餅を……つく前にカイが抱きとめた。

「ご、ごめんっ……!」

 予想外の出来事にアオイの心臓はバクバクと異音を奏で背中に冷たい汗が流れると、頭上で安堵のため息をついたカイに強く抱きしめられる。

「はぁー……っこんなおぼつかない足取りでどうするおつもりです? 途中でお倒れでもしたら、俺……」

「……っ! カイ、お願い! 学校まで連れて行って!」

「え、……で、ですがお体は……」

(やっぱり皆、私が具合悪いと思ってるんだ……でも今は否定するより認めたほうが早い! ごめんカイ!)

「う、うん……! ゆっくり休んだからもう大丈夫。無理はしないって約束する」

「……お、俺! アオイ姫様をお送りしたら、授業が終わるまで学園の外で待機しておきますから! また馬で帰りましょう!」

「そ、そこまでしなくていいよ? 帰りは途中までミキやシュウと一緒だし」

「じゃあ……離れてついて行くなら問題ないですよね?」

 すこし寂しそうに言葉を紡いだカイは、どうあっても引き下がるつもりはないらしい。

「え、えっと……」

 ナイト役を買って出てくれたカイの腕と眼差しは強く、頷くまで離さないという強い意志がひしひしと伝わってくる。

「そうだね、それなら……」

 苦笑いしながら渋々了承したアオイの前で、騒ぎを聞きつけて来た別の侍女がカイの放り投げた飲み物の後始末をしながら微笑む。

「では、姫様は馬のご用意ができるまでお食事を召し上がっていてくださいませ」

「……うんっ!」

 とりあえず快く送り出してもらえることにほっと胸を撫で下ろしたアオイが頷くと、笑顔のカイは”では後ほど!”と嬉しそうに軽快な足取りで階段を下りて行った。


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