177 / 208
悠久の王・キュリオ編2
《番外編》バレンタインストーリー9
しおりを挟む
(アオイが隠そうとする理由は私か……)
二月十四日のこの日、毎年変わらず孤児院送りにしている数多の献上品の話を女官や侍女らに聞いていたのだろう。昨夜の彼女らの行動を見るからにそれは間違いなかった。
ふっと笑ったキュリオだが、それと同時にアオイへ気を遣わせてしまったことへの罪悪感が芽生え始める。
コソコソと動いていたアオイの事情を知らなかったキュリオは、ただその秘密を暴こうと躍起になり苛立ちさえ覚えていた。
(随分可哀想なことをしてしまったな……)
ようやく合点のいったキュリオは傷ついたアオイの指先を見つめると、小箱を持つ彼女の両手を慈しむように覆い、滑るような手つきで箱を受け取る。
「せっかくだ。頂こう」
「……あっ……」
指先を駆け抜けるくすぐったさに小さく声を上げたアオイは背後に控える女官の顔をちらりと見やり、嬉しそうに目を細めながら口角を上げて頷いた。
そして、極めて平静を装ったキュリオは小箱をテーブルに置くと銀のフォークに手を差し伸べる。が……
「アオイは私が甘いものを好まないのは知っているね?」
「は、はい……」
嬉しそうな表情が一変、とたんに悲しみの色へと染まってしまったアオイの顔を見ているとキュリオの心は不思議な感覚に囚われていく。
すると、意味深な笑みを浮かべたキュリオの口を突いて出た言葉は――
「このままではとてもじゃないが、食す気にはなれない」
「……っ、そう……ですか……」
俯きながら薄らと涙を浮かべてしまったアオイに本来ならば胸が痛むはずなのだが、それさえも自分へと向けられた特別な感情だと思わずにはいられない。
「しかし」
「……?」
潤んだ瞳でこちらを見つめてくるアオイの目を見返しながらキュリオはこう提案する。
「お前が私に食べさせるというのなら考えなくもない」
「…っわ、わたしがお父様に?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったアオイは女官を振り返りながら戸惑いの表情を浮かべている。
(私も意地が悪いな)
自嘲気味に笑ったキュリオは全ての出来事を把握してからは心に余裕が出来たようだ。
まるでアオイの反応を楽しむように次の行動を今か今かと待ちわびている。
『姫様、キュリオ様とどうかお幸せな時間をお過ごしくださいませっ♪』
にこりと聖母のような笑みを浮かべた女官が離れた場所からアオイを応援する。
『で、でも…っ…』
まだキュリオにバレていないと思い込んでいるアオイだが、女官はすでにキュリオの思惑に気付いて安堵しているようだ。もう悪い方向には進まないと判断した彼女は一礼しながら広間を出て行ってしまった。
「あっ……」
すがる思いで女官の背を見つめていたアオイに注がれる別の視線。
「そろそろ時間が押しているな……」
「え……」
キュリオの声にドキリとしたアオイがキュリオを振り返ると……
「アオイせっかくだが……」
今にも立ち上がろうとしているキュリオの姿が目に入った。
もちろんこれも彼の”演出”である。
「ま、待って下さいっ!」
大慌てしたアオイが懇願するような眼差しでキュリオの腕にしがみついた。
「……」
(どうしてこうも私のアオイは可愛いのか……)
なるべく顔に出さぬよう平静を装うキュリオ。
必死に自分を引き留めようとするアオイのその手を取って、愛の言葉を囁きたい衝動に駆られる。
「い、いま心の準備、をっ……」
まさか”アーン”をさせられるとは思っていなかったアオイの心臓は激しい律動を繰り返している。
キュリオの傍らに佇み、前かがみとなって自分の作ったチョコレートと対峙するアオイ。
「それではっ……」
意を決してフォークに手を伸ばそうとすると――
「待ちなさい」
突如キュリオの声に遮られ、アオイの体が宙に浮いた。
「きゃっ」
「そのままの姿勢では辛いだろう?」
軽々とアオイの体を抱き上げたキュリオはその身を自分の膝へと運ぶと、満足したような笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「……お父様っ……?」
とたんに近づいた父親の美しい顔が間近に迫る。
どうしても胸の高鳴りが抑えられないのは血のつながらない親子だからなのだろうか?
「これでいい。さあアオイ、好きなようにするといい」
キュリオの濡れた眼差しがアオイを捉えて離さない。
「……は、い……お父様……」
まるでキュリオの魅惑の魔法にかかってしまったようにアオイの手は彼の思惑通りに動いてしまうのだった――。
二月十四日のこの日、毎年変わらず孤児院送りにしている数多の献上品の話を女官や侍女らに聞いていたのだろう。昨夜の彼女らの行動を見るからにそれは間違いなかった。
ふっと笑ったキュリオだが、それと同時にアオイへ気を遣わせてしまったことへの罪悪感が芽生え始める。
コソコソと動いていたアオイの事情を知らなかったキュリオは、ただその秘密を暴こうと躍起になり苛立ちさえ覚えていた。
(随分可哀想なことをしてしまったな……)
ようやく合点のいったキュリオは傷ついたアオイの指先を見つめると、小箱を持つ彼女の両手を慈しむように覆い、滑るような手つきで箱を受け取る。
「せっかくだ。頂こう」
「……あっ……」
指先を駆け抜けるくすぐったさに小さく声を上げたアオイは背後に控える女官の顔をちらりと見やり、嬉しそうに目を細めながら口角を上げて頷いた。
そして、極めて平静を装ったキュリオは小箱をテーブルに置くと銀のフォークに手を差し伸べる。が……
「アオイは私が甘いものを好まないのは知っているね?」
「は、はい……」
嬉しそうな表情が一変、とたんに悲しみの色へと染まってしまったアオイの顔を見ているとキュリオの心は不思議な感覚に囚われていく。
すると、意味深な笑みを浮かべたキュリオの口を突いて出た言葉は――
「このままではとてもじゃないが、食す気にはなれない」
「……っ、そう……ですか……」
俯きながら薄らと涙を浮かべてしまったアオイに本来ならば胸が痛むはずなのだが、それさえも自分へと向けられた特別な感情だと思わずにはいられない。
「しかし」
「……?」
潤んだ瞳でこちらを見つめてくるアオイの目を見返しながらキュリオはこう提案する。
「お前が私に食べさせるというのなら考えなくもない」
「…っわ、わたしがお父様に?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったアオイは女官を振り返りながら戸惑いの表情を浮かべている。
(私も意地が悪いな)
自嘲気味に笑ったキュリオは全ての出来事を把握してからは心に余裕が出来たようだ。
まるでアオイの反応を楽しむように次の行動を今か今かと待ちわびている。
『姫様、キュリオ様とどうかお幸せな時間をお過ごしくださいませっ♪』
にこりと聖母のような笑みを浮かべた女官が離れた場所からアオイを応援する。
『で、でも…っ…』
まだキュリオにバレていないと思い込んでいるアオイだが、女官はすでにキュリオの思惑に気付いて安堵しているようだ。もう悪い方向には進まないと判断した彼女は一礼しながら広間を出て行ってしまった。
「あっ……」
すがる思いで女官の背を見つめていたアオイに注がれる別の視線。
「そろそろ時間が押しているな……」
「え……」
キュリオの声にドキリとしたアオイがキュリオを振り返ると……
「アオイせっかくだが……」
今にも立ち上がろうとしているキュリオの姿が目に入った。
もちろんこれも彼の”演出”である。
「ま、待って下さいっ!」
大慌てしたアオイが懇願するような眼差しでキュリオの腕にしがみついた。
「……」
(どうしてこうも私のアオイは可愛いのか……)
なるべく顔に出さぬよう平静を装うキュリオ。
必死に自分を引き留めようとするアオイのその手を取って、愛の言葉を囁きたい衝動に駆られる。
「い、いま心の準備、をっ……」
まさか”アーン”をさせられるとは思っていなかったアオイの心臓は激しい律動を繰り返している。
キュリオの傍らに佇み、前かがみとなって自分の作ったチョコレートと対峙するアオイ。
「それではっ……」
意を決してフォークに手を伸ばそうとすると――
「待ちなさい」
突如キュリオの声に遮られ、アオイの体が宙に浮いた。
「きゃっ」
「そのままの姿勢では辛いだろう?」
軽々とアオイの体を抱き上げたキュリオはその身を自分の膝へと運ぶと、満足したような笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「……お父様っ……?」
とたんに近づいた父親の美しい顔が間近に迫る。
どうしても胸の高鳴りが抑えられないのは血のつながらない親子だからなのだろうか?
「これでいい。さあアオイ、好きなようにするといい」
キュリオの濡れた眼差しがアオイを捉えて離さない。
「……は、い……お父様……」
まるでキュリオの魅惑の魔法にかかってしまったようにアオイの手は彼の思惑通りに動いてしまうのだった――。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
悪役令嬢に転生出来なかったので、フォローに回ります。
haru
ファンタジー
夢にまで見た異世界転生!
スマホもコンビニも、テレビも冷暖房もないけど、
この転生を求めてたのよ!
ストーリー通りに逆ハーレムで素敵な日常を過ごしちゃう?
悪役令嬢になって、ストーリーを変えちゃう?
それとも何か特殊な能力を持っちゃう?
……って夢を見てたんだけどね。
現実は転生したとて、モブはモブでした。
モブは何をしても世界は変わらない。
はずだった、はずだと思ってた。
だって、ここは、物語のなかでしょ?
なのに何で……何が起こってるの。
※ふんわりサスペンス要素が含まれる為、R15指定に変更いたしました。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】反逆令嬢
なか
恋愛
「お前が婚約者にふさわしいか、身体を確かめてやる」
婚約者であるライアン王子に言われた言葉に呆れて声も出ない
レブル子爵家の令嬢
アビゲイル・レブル
権力をふりかざす王子に当然彼女は行為を断った
そして告げられる婚約破棄
更には彼女のレブル家もタダでは済まないと脅す王子だったが
アビゲイルは嬉々として出ていった
ーこれで心おきなく殺せるー
からだった
王子は間違えていた
彼女は、レブル家はただの貴族ではなかった
血の滴るナイフを見て笑う
そんな彼女が初めて恋する相手とは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる