上 下
175 / 208
悠久の王・キュリオ編2

《番外編》バレンタインストーリー7

しおりを挟む

「お茶をお持ちいたしましたわっ♪ キュリオ様、アオイ姫様♪」

 にっこりと麗しい笑みを湛えた女官だが、その想いは若き愛娘の恋を応援する母親のような心境だった。
 いまさっき広間へと足を踏み入れた彼女だが、アオイの沈んだ表情からおおよその事態を把握出来ているようだ。頑なな王が姫君の努力を台無しにしている可能性大有り! と、判断した彼女は強行突破に出る。いまにも席を立ってしまいそうなキュリオの前に可愛らしい皿と、小ぶりなスイーツ用の銀のフォークを並べていくと……

「……なんの真似だ。私はいらないぞ。私は執務室へ……」

 仕事へ向かおうとする王を制止し、さらにキュリオの嗜好を把握しているはずの女官が彼の意志と真逆の行動に出たため、王の眉間には深い皺が寄っている。

「たまには甘い物が食べたいとおっしゃる姫様にお付き合いくださいませっ♪」

 キュリオへ満面の笑みで答えながら、アオイへ向かってウィンクする女官へアオイは声に出さず”ありがとう”と口の形のみで礼を伝えた。

 こちらをちらりと見たキュリオと目が合うと、緊張に背筋を伸ばしたアオイ。
 キュリオの怒りをひょいとかわしてしまった女官の精神力の強さが並大抵ではないと感心しながらも、とりあえずキュリオが退出してしまうという最悪な事態を回避できたことに安堵せずにはいられない。

「ごめんなさいお父様、すぐ済ませますので……」

 それでも尚、自信の無さを隠しきれないアオイは眉をハの字にさげ、忙しい王の時間を拘束してしまったことを心から詫びた。

「……謝らずともよい」

 気落ちした様子のアオイを不憫に思ったのか、キュリオは椅子へと深く座りなおし、運ばれてきた紅茶へと口をつける。

  様々なスイーツが運ばれてくるなか、目の前のアオイはせわしなく何かを探しているように見えた。

「……」

(赤いリボンの小箱は……)

「……」

(アオイ……一体なにを探している?)

 すると、愛しい娘の瞳が輝いて。

「お父様っ! こちらですっ!」

「……?」

 キュリオが怪訝な顔をするのは無理もない。甘い物が食べたいと言う割に、アオイはその話題をこちらに振ってきたからだ。大事そうに女官の手によって運ばれてきた銀のトレイの上には、なにやら可愛らしく飾り付けされた小箱がひとつ乗っている。

「…………」

(ピンクのミニバラ? ……この花びらは……)

 悠久の城に咲くバラには些か特徴がある。
 その中心はやや色が濃く、外側にいくにしたがって日に透けるような淡い色へと変化しているからだ。それも歴代の悠久の王たちがバラをこよなく愛し、いつかの時代に品種改良されたという噂もあるくらいだ。その証拠に他では咲かないバラが城の中庭にはたくさんあった。

 もちろんそのことを知らないアオイは、ここで見たバラを何も変わらない普通の品種だと思い込んでいる。

「ここのお店のチョコレートが食べてみたくて……」

「……」

 バラをじっと見つめていたキュリオが疑いの眼差しを今度はアオイへと向けてきた。

「……お父様?」

(うそ……もうバレた? まさか、そんなっ……)

 アオイの意志とは無関係に冷たい汗がその背を流れていく。

『姫様ファイトです! どうぞキュリオ様にお手渡しくださいませ!!』

 キュリオの後方で待機してい小声で声援を送る女官にアオイはこくりと頷く。

「お、お口に合うかどうかはわかりませんが……」

 わずかに頬を明らめたアオイ。
 そして両手で大事そうに差し出された小箱だったが、キュリオの興味は他にあった。

「……アオイ、その手の傷は?」

「……っ!?」

 まさかそんなところを見られているとは思わずにアオイは弾かれたように顔を上げた。

「これはっ! 部屋に飾ろうとした花を切った時にナイフで……!」

「ナイフの傷ではないだろう」

 誰がどう見てもアオイのそれは切り傷ではない。小さく血の滲んだ刺し傷や、薄皮をなぞるかすり傷にも似たものがいくつも見受けられる。

「えっ!?」

 いよいよキュリオの探る視線がアオイの瞳の奥へと狙いを定めたようだ。
 それからの彼は、まるで砂のオブジェに隠された宝石を探すように、いとも簡単にアオイの核心へと迫っていく。

「大丈夫ですっ! なんでもないんです! もう一週間も前の傷ですからっっ!!」

「……」

(私がアオイの怪我を見過ごすはずがない。そしてその程度の傷、湯殿に入れば治るというものを……)

 アオイの苦し紛れの言い訳がここでも炸裂するが、見事に的を外しているためキュリオの疑問はやがてひとつの仮説を立て始めた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

【完結】おはなしは、ハッピーエンドで終わるのに!

BBやっこ
恋愛
乙女ゲームにようにわたしとみんなの幸せ!を築き上げた、主人公。 その卒業パーティと結末は? ハーレムエンドと思われた? 大人の事情で飛んだ目に。卒業パーティ

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

転生キッズの魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜

西園寺わかばEX
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。 辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。

処理中です...