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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》バレンタインストーリー6

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「言い訳があるなら聞こう」

 銀縁のソファへと腰掛けたキュリオに監視されるように向かい側へ座るアオイ。
 キュリオの視線を痛いほど感じならがも顔を上げることの出来ないアオイは、両ひざで握りしめられた傷だらけの自分の手をひたすらに見つめ続ける。
 早朝から部屋におらず、なにかを隠し続けようとするアオイにピリピリとした空気がキュリオの苛立ちを伝えてくる。

「……」

(調理場に居たことがばれたら計画が台無しになっちゃう)

 身を挺して計画に協力してくれた女官や侍女たちのことを想えば、ここで詳細を明らかにすることは絶対にできない。

「……ごめんなさいお父様。実は……部屋に飾るお花を摘みに出ていたんです」

 寝室を出たキュリオが寝間着のまま行動することはほどんどなく、バスローブにガウンを羽織った彼がだいぶ前から自分を探していたことは容易に察しがついた。アオイは心苦しく思いながらも、あまり詳しく言えないため嘘にはならない程度の嘘を口にするが、キュリオの疑いの眼差しは一層鋭くなる。

「摘んだ花はどこにある」

「……っ!」

(……あ、いけないっ……)

 咄嗟に両手を広げて空を掴んだ手元を見つめてしまったアオイにキュリオの表情はさらに曇る。

「……」

「……それは……」

 次の言い訳を考えていなかったアオイは口を噤み、気まずそうにキュリオを見上げた。
 言いようのないピリピリとした空気がふたりの間に流れると――

 ――コンコン

『キュリオ様、アオイ姫様。失礼いたします』

「入れ」

 キュリオはアオイを見つめたまま扉の向こうの人物へと言葉を返す。

 ――ガチャッ

「おはようございますキュリオ様、アオイ姫様。朝食の準備が整いましたが、こちらに運ばせますか?」
 
 常にキュリオがどこにいるかを把握している家臣たちは、アオイの部屋にいるキュリオにさほど驚いた様子も見せず恭しく一礼して入室してきた。

「ああ、そうし……」

 と、キュリオが目を閉じて頷くところで別の声が割ってはいる。

「わ、私……っ! 広間で食事がしたいです!!」

 キュリオに問い詰められ、ションボリとしていたアオイが急に声に張りを持たせてキュリオの発言に異議を申し立てた。

「……」

 未だかつてアオイがキュリオに楯突いたことなどほとんどなく、互いに優先順位を一位とした行動に疑いなどなかった。それ故、キュリオの抱く初めての猜疑心には複雑な感情が入り混じっている。

「……参りましょうお父様っ! 食事が冷めてしまいます!」

(……ごめんなさいお父様……)

 目的達成はもうすぐそこに迫っている。逸(はや)る気持ちを抑えながらアオイは勢いよく立ち上がった。有無を言わせず扉に駆け寄ったアオイの背へと、ますますキュリオの疑心にまみれた視線がからんだ。

  途中、キュリオとアオイの姿を見かけた女官と侍女が互いの顔を見合いながら小さく頷く。

『わたくしたちも準備に取り掛かりますわよ!』

『かしこまりました!』

 なるべくキュリオの目に触れぬよう秘密裡に動き始めた彼女らは素早い身のこなしで厨房へと向かった。
 いつもより華やかにテーブルへ飾られた可愛らしい花々やテーブルクロスがその場の空気を和ませようと努力するが、凍てついた銀髪の王の顔は一行に和らぐことはない。

「あの、お父様……食後にスイーツはいかがですか?」

 アオイにそう問われたキュリオの手が止まり、不機嫌そうな空色の瞳がスッと細められた。

「私が甘いものを好まないのは、お前が一番よく知っているだろう」

 愛娘の提案にそっけなく言葉を返したキュリオの怒りが収まらないのはその口調と冷やかな視線でよくわかる。

「は、はいっ……」

(ここで引き下がっちゃだめっ!)

「わ、私! 今日とても甘いものが食べたくて……このあと出してもらおうかな、なんて……」

 アオイの意気込みなどキュリオのひと睨みで跡形もなく崩れ去ってしまう。弱り切った語尾が視線とともにテーブルを彷徨い、行く当てもなく宙に消える。

「なにもお前に食べるなとは言ってはいない。好きにするといい」

「……はい……」

 絶望感で顔面蒼白になるアオイは次の手はどうしようかと、そのことに頭がいっぱいで目の前の美味しそうな食事さえうまく喉を通らない。

 キュリオは丁寧な動作でナイフとフォークを置くと、横から現れた侍女が空になった皿を片付けていく。
 さらに、なんとタイミングの悪いことか――


「キュリオ様、お食事中失礼いたします」

「どうした」

 深く一礼した家臣の男が今年も決まった言葉を並べに参上した。
 そしてキュリオの回答もまた同じであることはわかりきっていたが、報告を怠ることは念頭にない。

「はっ! 
本日もまた女神様方を始め、貴族や町娘らから献上品が山のように届いております」

「もうそんな時期か……」

 キュリオはややうんざりした様子で背もたれに身を預けると、いつものように指示を出す。

「ひとつ残らず孤児院へ。例外はない」

「かしこまりました。ただちに」

「……」

(……ひ、ひとつ残らず…)

 "例外はない"という言葉にさらにショックを受けるアオイ。
 もしかしたらキュリオは"この日"をただの面倒な一日と思っているのかもしれない。
 するとそこへ別の声が届いて――。


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