上 下
173 / 208
悠久の王・キュリオ編2

《番外編》バレンタインストーリー5

しおりを挟む
 アオイは、とあるミニ薔薇を探して中庭を歩き回るとすぐにそれは見つかった。

「あ、あった!」

 目の前に広がったのは美しく手入れされたミニバラの園だ。

「この箱に薔薇は大きすぎるもの。ミニ薔薇がちょうどいいよね」

 アオイは持ち出した小さなナイフで棘を丁寧にそぎ落としていき、小箱に見合った飾りのブーケを作る。

「……痛っ」

 突然訪れた痛覚に完成しかけたブーケが手元からこぼれ、慌てて手を伸ばした。

「ふぅ……」

 何をするにもあまり器用ではないアオイは人一倍時間がかかってしまう。だからこそ準備は念入りに時間も余分にとる必要があるのだ。

 そして箱の数だけの小さなブーケを造り終えたころ彼女の指は傷だらけになっていた。

「急がないと。お父様が起きる前に部屋に戻らなきゃ」

 城のほうを振り返るといくつもの足音がせわしなく動き回っているのが伝わってきた。給仕を任されたものたちが朝食の準備や掃除に追われているのかもしれない。

 アオイは急ぎ足で城へ戻り、元来たガラス戸をくぐる。

「姫様!」

 パタパタとこちらに向かってきたひとりの女官が慌てたように声をかけてきた。

「どうしたの?」

 血相を変えて近づいてきた女官に何かあったのでは……とアオイも彼女に駆け寄る。それもそのはず、彼女は昨夜キュリオから逃れるために手助けしてくれたよく知る女官だったからだ。

「……た、大変ですわ! キュリオ様が姫様のお部屋にっ!!」

「えっ!?」

「姫様の”真心”は手筈通りに致しますので、何食わぬ顔でお部屋にお戻りくださいませっっ!!」

「う、うん……っ!!」

 アオイは彼女にいくつもの小箱を渡すと礼を言いながら自室へと向かった。

「……」

(なんて言おう……この奥お父様がっ……)

 自分の部屋にも関わらず入るのをためらうアオイ。


 ――コン、コンコン……

 
 なぜか緊張のあまりノックしてしまった自分に深いため息がでる。

(ぎゃっ! ばかばかっ!! 
なんで自分の部屋に入るのにノックなんて……っ!!)

 動揺が伝わってしまったと肩を落としていると、案の定内側から声が返ってきた。

『入りなさい』

 普段のキュリオよりも低い声にアオイは飛び上がった。

(怒ってるっっ! お父様絶対怒ってるっっ!!)

 目の前に広がる"男子禁制!!"の文字はもはや意味をなさない。
 そしてそれすらもキュリオの怒りを煽るものになっていようとはアオイは気づかない。

「し、失礼します……」

 恐る恐る扉を開くと――
 一瞬暗くなった視界に首を傾げたアオイは顔を上げる。

「……?」

 すると目の前には無表情のままこちらを見下ろしているキュリオの顔があった。

「……っっ!!」

 まさかすぐそこにいるとは思わず、飛び上がったアオイの言動がどんどんおかしくなっていく。

「ご、ご機嫌麗しゅうございます……お父様、こちらにいらっしゃったんです……ね?」

「……私がいると知っていたからノックしたのだろう?」

「え゙っ!? い、いいえ!?
私はいつも自分の部屋に入るときノックをするのが癖で……」

「私はお前よりよほどお前のことを知っているつもりだが……そのような癖は一度も見た事がない」

「……っい、いま初めて出た癖なもので……」

「それは癖ではない。もっとまともな嘘が用意出来ないのなら……」


「しばらく部屋から出ることを禁止しなくてはいけないな」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...