141 / 208
悠久の王・キュリオ編2
サイドストーリー1
しおりを挟む
「もういいのかい?」
朝日に照らされ清々しい空気に包まれた城のテラスでは、銀髪の見目二十代前半の美しい青年が己の膝にまだ二歳ほどの愛らしい幼子を座らせながら、小さめにカットされたフルーツをフォークに刺して口元へと運んでやっていた。
自身の食事がおろそかになろうとも、この幼子に食事を与えることを一日とて欠かしたことのない彼はこの国で唯一無二の王であり、またこの幼子の血の繋がらない父親である。
「……うん、……」
そして俯きがちの幼子の名はアオイ。
見るものすべてが輝いて、朝日とともに羽ばたく小鳥のように元気いっぱいに育った彼女がこうして何不自由なく過ごせているのは、この銀髪の王の力に他ならない。
親のいない彼女は一度は命の危機にあったところをキュリオや他の王に助けられた過去を持ち、現在では父親となったキュリオより溺れるほどの愛を受けながら健やかな毎日を過ごしていた。
どことなく声に力のないアオイを心配し、後ろから彼女の顔を覗き込もうと前かがみになるキュリオだがいつものようにスムーズに視線が絡まず首を傾げる。
「アオイ?」
フォークを置いたキュリオはアオイを抱きなおし向かい合わせると再び顔を覗き込む。
心配したキュリオの真っ白な手の平がアオイの小さな額にそっと触れるも、いつも感じるそのあたたかさに違いは見られない。
(具合が悪いわけではなさそうだな)
「気分が乗らないのであれば部屋へ戻ろうか」
「……」
キュリオらの後方ではアオイが食事を終えるのを今か今かと待ちわびている少年がふたり。
アオイの教育係兼、遊び相手のアレスとカイである。
そして見慣れた姿がもうひとり。
「……キュリオ様、そろそろお時間でございます」
近頃のキュリオは都心部の式典に出向くことが増え、朝食も終わりに差し掛かるとこうして大臣が迎えに現れるのである。
「少し待ってくれ」
肩越しに従者を見やったキュリオがそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた彼は一歩下がる。
「アオイ、私はそろそろ出掛けなくてはならない。なるべく早く戻るつもりだが、私に伝えたいことがあるときはアレスに伝言を頼むんだ。わかるね?」
「……あい」
消え入りそうな声のまま、最後までその視線が合わせられることなく別れの時間は近づいてくる。
「…………」
(こんなアオイを見るのは初めてだな……)
「キュリオ様、姫様はわたくしたちにお任せください」
穏やかな表情でアオイを受け取ろうと手を伸ばしてきた女官。
だが、キュリオはアオイを手放すことなく彼女を抱きしめたまま立ち上がった。
「あの……、キュリオ様……?」
公務へアオイを連れて行くことは決してしないキュリオの行動に女官や侍女らはおろおろしている。
そうなってしまったのも、アオイはキュリオに好意を寄せる女神一族に命を狙われた悲しい経験があるためである。
キュリオは目を離した隙に愛娘が危険に晒されることを懸念しており、……ではどうするつもりだろうか? と皆の視線がそう訴えている。
「城を出るまではこのままでいい」
「あ……」
ハッとした女官らがキュリオの後をついていく。
いつもとは違う行動にアオイの瞳はようやくキュリオへと向けられ、ふたりの視線が重なると少し安心したようなキュリオはアオイに優しく微笑んだ。
「ようやく私を見てくれたね。もっとお前のぬくもりを感じていたいところだが……あまり時間がない」
優しく頬を撫でる指先が名残惜しくもアオイから離れていく。
そして離れがたいのは互いに同じようで、キュリオの首元に腕を回したアオイがキュリオにすり寄ってきた。
「おとうちゃま……」
「アオイ」
あまりにも小さく柔らかな感触にキュリオはもどかしさを募らせる。
強く抱きしめてしまえばあっという間に壊れてしまう……比類なき愛しい存在。
(……アオイをこのようにさせてしまっているのは私自身だな……)
キュリオはアオイの髪を撫で、耳元で「またあとで」と安心させるように囁くと、アオイを女官へ託し待機させていた馬車へ乗り込んだ。
「いってらっしゃいませ! キュリオ様」
王や大魔導師を乗せた馬車の周囲を数多の従者が馬で囲み、その後列に大臣らが乗り込んだ。
アオイたちは馬車が見えなくなるまでその場に留まり、やがて城内へと足を向けようとする女官が胸元にしがみつく幼い姫君の異変に気づく。
「……っ! ……姫様、……」
朝日に照らされ清々しい空気に包まれた城のテラスでは、銀髪の見目二十代前半の美しい青年が己の膝にまだ二歳ほどの愛らしい幼子を座らせながら、小さめにカットされたフルーツをフォークに刺して口元へと運んでやっていた。
自身の食事がおろそかになろうとも、この幼子に食事を与えることを一日とて欠かしたことのない彼はこの国で唯一無二の王であり、またこの幼子の血の繋がらない父親である。
「……うん、……」
そして俯きがちの幼子の名はアオイ。
見るものすべてが輝いて、朝日とともに羽ばたく小鳥のように元気いっぱいに育った彼女がこうして何不自由なく過ごせているのは、この銀髪の王の力に他ならない。
親のいない彼女は一度は命の危機にあったところをキュリオや他の王に助けられた過去を持ち、現在では父親となったキュリオより溺れるほどの愛を受けながら健やかな毎日を過ごしていた。
どことなく声に力のないアオイを心配し、後ろから彼女の顔を覗き込もうと前かがみになるキュリオだがいつものようにスムーズに視線が絡まず首を傾げる。
「アオイ?」
フォークを置いたキュリオはアオイを抱きなおし向かい合わせると再び顔を覗き込む。
心配したキュリオの真っ白な手の平がアオイの小さな額にそっと触れるも、いつも感じるそのあたたかさに違いは見られない。
(具合が悪いわけではなさそうだな)
「気分が乗らないのであれば部屋へ戻ろうか」
「……」
キュリオらの後方ではアオイが食事を終えるのを今か今かと待ちわびている少年がふたり。
アオイの教育係兼、遊び相手のアレスとカイである。
そして見慣れた姿がもうひとり。
「……キュリオ様、そろそろお時間でございます」
近頃のキュリオは都心部の式典に出向くことが増え、朝食も終わりに差し掛かるとこうして大臣が迎えに現れるのである。
「少し待ってくれ」
肩越しに従者を見やったキュリオがそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた彼は一歩下がる。
「アオイ、私はそろそろ出掛けなくてはならない。なるべく早く戻るつもりだが、私に伝えたいことがあるときはアレスに伝言を頼むんだ。わかるね?」
「……あい」
消え入りそうな声のまま、最後までその視線が合わせられることなく別れの時間は近づいてくる。
「…………」
(こんなアオイを見るのは初めてだな……)
「キュリオ様、姫様はわたくしたちにお任せください」
穏やかな表情でアオイを受け取ろうと手を伸ばしてきた女官。
だが、キュリオはアオイを手放すことなく彼女を抱きしめたまま立ち上がった。
「あの……、キュリオ様……?」
公務へアオイを連れて行くことは決してしないキュリオの行動に女官や侍女らはおろおろしている。
そうなってしまったのも、アオイはキュリオに好意を寄せる女神一族に命を狙われた悲しい経験があるためである。
キュリオは目を離した隙に愛娘が危険に晒されることを懸念しており、……ではどうするつもりだろうか? と皆の視線がそう訴えている。
「城を出るまではこのままでいい」
「あ……」
ハッとした女官らがキュリオの後をついていく。
いつもとは違う行動にアオイの瞳はようやくキュリオへと向けられ、ふたりの視線が重なると少し安心したようなキュリオはアオイに優しく微笑んだ。
「ようやく私を見てくれたね。もっとお前のぬくもりを感じていたいところだが……あまり時間がない」
優しく頬を撫でる指先が名残惜しくもアオイから離れていく。
そして離れがたいのは互いに同じようで、キュリオの首元に腕を回したアオイがキュリオにすり寄ってきた。
「おとうちゃま……」
「アオイ」
あまりにも小さく柔らかな感触にキュリオはもどかしさを募らせる。
強く抱きしめてしまえばあっという間に壊れてしまう……比類なき愛しい存在。
(……アオイをこのようにさせてしまっているのは私自身だな……)
キュリオはアオイの髪を撫で、耳元で「またあとで」と安心させるように囁くと、アオイを女官へ託し待機させていた馬車へ乗り込んだ。
「いってらっしゃいませ! キュリオ様」
王や大魔導師を乗せた馬車の周囲を数多の従者が馬で囲み、その後列に大臣らが乗り込んだ。
アオイたちは馬車が見えなくなるまでその場に留まり、やがて城内へと足を向けようとする女官が胸元にしがみつく幼い姫君の異変に気づく。
「……っ! ……姫様、……」
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話
嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。
【あらすじ】
イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。
しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。
ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。
そんな一家はむしろ互いに愛情過多。
あてられた周りだけ食傷気味。
「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」
なんて養女は言う。
今の所、魔法を使った事ないんですけどね。
ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。
僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。
一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。
生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。
でもスローなライフは無理っぽい。
__そんなお話。
※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。
※他サイトでも掲載中。
※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。
※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。
※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
お妃さま誕生物語
すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。
小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。
【完結】おはなしは、ハッピーエンドで終わるのに!
BBやっこ
恋愛
乙女ゲームにようにわたしとみんなの幸せ!を築き上げた、主人公。
その卒業パーティと結末は?
ハーレムエンドと思われた?
大人の事情で飛んだ目に。卒業パーティ
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる